世界の最たる秩序
「天に翳すは己の意志、地に平伏すは屍の山。罪には罰を、真実には嘘を、普遍には矛盾を、世界には破壊を──ジャッジメント」
それは世界の審判員。最たる裁きの、矛盾が織り成す矛盾の審判。
それの意志により裁きは為され、それの意志により世界は胎動す。
しかれども、それは世界の常識を覆す。道徳的倫理観など不必要。あくまで審判員の意志により、あくまで審判員の箱の中。
意味の理解など必要なく、行為の許容など無意味なこと。
そのままをあるがままに見つめ続けるしか、出来はしないのだから。
「偽善者ばかりの世の中ならば、偽善は善になるだろ? 綺麗事ばかりでは生きられないけれど、綺麗事もなかなか的を得ている。世界の穢れを紡ぐのならば、君は世界の何を見た? 人間の愚かを嗤う時、君が世界を逃亡し、そして放棄したのだと。世界が君を見捨てたのではなく、君が世界の軌道を外れたのだ」
最悪最低な主人公──リアラ・ラストが世界を破壊す。
裏社会の裏の秩序であり、世界審判《ジョーカー》と謡われるその女。それは、自己中心的かつ自由奔放、傲慢で冷酷な、世界の礎。
誰もがその名に恐怖し、誰もがそれを欲す。誰にもなびく事無かれども、いつの間にか誰かについている──そう、彼女の意志のままに。
世界審判 act.001
世の中、完全な自由などありはしない。完全な創造などありはしない。私達人間は必ず、「寄生的」な概念に囚われる。
「創造」は必ず意識下にある何らかの規則や秩序を、無意識のうちに内包してなされる。
完全なる創造を造り上げるには、完全なる自由を要し、しかし完全なる自由は絶対的に有り得ないわけで。
ということはやはり、完全なる創造は不可能であると、容易に解を導き出せるだろう。
そこからすれば、完全なる創造をなせるのは、信じていようがいまいが、今ここで表現するのに的確な存在である「神」のみである。
という、未知なるそれに全てを預ける、おかしな愚かな考え方が生まれてくる。
例えば芸能人が新しい言葉を生み出したとしても、その言葉にまとわりつく意味には、これまで私達が経験してきた既知の全ての規則や秩序を含んでいる。
今まで聞いた事のない単語でも、それは「言葉」というある意味、絶対的秩序ある手段を必要とする――つまり創造のための自由には程遠い。
特に現代人が完全なる創造を行うには、既に多くの年を経すぎたように思う。
「シャルロア様っ、朝ですよーう!」
メイド服を着こなした1人の女が、ドッカーンという不吉な音と共にドアを開け、ある一室にやってきた。
やってくる気配を感じてはいたものの、思ったより大音量だったその破壊音に、一室の主は眉を寄せる。
「……うるさいですね」
「うへへー、おはようです、シャルロアさま! だいっすきでっす!」
「はぁ、少し静かにして下さい。朝っぱらからそんな大声で……頭にきます」
さて、この物語の主人公リアラにとって、意識下の秩序も意識上のそれも、全てがこの紅眼と黒眼という、珍しいオッドアイの男に預けられる。
そして彼女からすれば、この男から離れる事さえなければ、完全なる自由も完全なる創造も欲するに値しない。
人間というのはどうも、創造したがり自由を求めたがるが、その全てが不可能であると、私たち人間は知らなければならないだろう。
とは言えそれと同時に、創造と自由の中で生きている事も確かではある(勿論、寄生概念の上に成り立つ創造であり、不完全なもの)。
しかしリアラにとって、創造や自由などガラクタだ。彼女風に言えば「ティッシュで丸めてポイ」に値する。
そう、この目の前の男のみが彼女の全てであり、世界であり、寄生された概念そのもの、最も自分に近いそれこそ自身なのである。
「ご飯にしますかー、お風呂にしますかー、それともわ、た、」
「ご飯にします」
「あう、最後まで言わせてくださいよう……」
ぶつぶつ言いながら、身の回りの整理を始めていくリアラ。こんな女だが、一応この屋敷内のメイドであったりする。
カーテンを開けて光を注げば男──シャルロアが眩しげに目を細めた。
(あう、いまの表情すてき、つかエロ、やばい萌え! シャルロア様好き!)
1人頭の中がフィーバーし始めたリアラを知ってか、シャルロアがその端正な顔を歪め眉を寄せる。
すっかりリアラの視線は、掃除すべき場所へと移っていたが、シャルロアは爽やかに吹く風を感じながら、リアラを静かに、そのオッドアイを以てして眺めていた。
そんな時、
「にゃほぉぉぉおおおおお!?」
そんな奇声と共に、ガコーンという音が響いた。ゴミ箱が小さく宙を舞い、中身が勢い良く飛び出る。
あわわわわ、という声を耳でとらえながら、シャルロアはその現状に小さくため息をついた。
「シ、シャルロア様! わわわわわたし、ゴミ箱キックしちゃいましたぁ! うは、しかも中身バラバラ大事件っ、大変ですよーっ! しかーし、探偵リアラちゃんが今すぐ犯人を見つけ出」
「はいはい、犯人は貴女です。早くしまいなさい」
「あーう、だから最後まで言わせて下さいよう」
このー、い・じ・わ・る。
なんてゴチャゴチャ言い始めたリアラに、若干額に青筋を浮かべてしまったシャルロアだが、それよりも「またか」という気持ちの方が強かった。
いつもいつもなことで、最早日課となってしまっているのが毎朝の、これ。
いわゆる――ゴミ箱キック中身バラバラ大事件、だ(リアラが命名したため良いネーミングではないが、なにぶん頭が弱いためこれでも頑張った事にしてあげて欲しい)。
詳しく言えば、名前そのままではあるが、毎朝のようにゴミ箱にぶつかり中身を散らかす事件である。
だが、しかしながらシャルロアはそんなリアラの様子を、ただ見ているだけ。
「すてーきな朝でっせーい、うふふー」
ゴミ箱の中身が氾濫したこの状態の、どこが素敵な朝なんだ。
ツッコミを入れたい気持ちは多々あれど、構い始めるとまたイロイロ面倒なため、とりあえず何も言わずにため息を吐いた。
「あぅ、反応ナッシングベイビーですかー? そんなツンデレちゃんなところも、リアラは全力で愛しちゃってますのでい!」
「……バカですか」
「ひゃおーい、それに関しては氾濫できませぬー」
「氾濫したのはゴミ箱の中身で、正しくは反論です」
「……シ、シャルロアさま、せいかーい!」
何が「正解」だ、アホ。シャルロアは脳内で突っ込む。
ゴミ箱の中身を鼻歌混じりで片付け始めたリアラに、シャルロアはさらに大きなため息を吐くが、そんなことはお構いなしに「言葉って難しいなぁ」と言いつつ、リアラはシャルロアを突然振り返った。
「シャルロアさま!」
「何ですか」
「今日はお料理、ここにお持ちしますかー? それとも広間で私と食べるですますかー?」
にこにこ。リアラはシアワセいっぱいな笑顔で、メイドとしての仕事を開始する。
この女、黙っていれば顔は良いのだ、顔は。シャルロアはそんなリアラに、「……ここで」と小さく紡ぐ。
すると彼女はさらに笑顔を深めて、元気よく言葉を発した。
「はいです! では、さっそく準備して参りますですよーう」
変な敬語を撒き散らしながら、リアラはシャルロアに一礼してゴミをまとめ、すぐさまパタパタと音を響かせ部屋のドアまで移動して行った。
すぐに出ていくだろうというシャルロアの予想から、彼女が移動している間に服を脱ぎ始める。
が。
「、……リアラ」
シャルロアが静かにリアラを呼んだ。
しかし、それによってリアラの移動が停止したわけではない。
そう、リアラは見事にドアを開ける寸前で──恐らく部屋を出る前の一礼前だ──元々ピタリと静止しているのだ。
「リアラ、僕の声が聞こえていますか」
「……はう!」
視線はシャルロアをしっかり向いていたが、意識が遙か彼方に飛んでいたらしい。
そんな彼女はようやく彼の声に反応し、呼ばれた事に気付いた。
そんなリアラに眉を寄せながら、シャルロアは口を開く。
「涎たらしてこちらを見ないで下さい」
心底嫌そうな声色でそう告げたシャルロアの先には、確かによだれをたらしながらシャルロアを見つめる、1人の馬鹿なメイド――リアラの姿があった。
パジャマを脱ぎ始めていたシャルロアの姿を、彼女はじっと見つめていたらしい。
少し鼻息が荒いのも、まぁいつもの事である。「あ、あう、つい……」と言って頬を赤らめる彼女に、シャルロアの顔が引きつった。
「変態ですか、貴女は」
「うあ、はいっ!」
にーっこり。
爽やかかつ可愛らしい笑顔で、堂々と変態宣言をしたリアラに、シャルロアは呆れたように溜め息を吐いた。
が、それさえもリアラからすれば、桃色世界へのトリップ要素だ。ため息をはく姿さえ、リアラビジョンでは美しく素敵なもの。
リアラはにやける口がおさまらなかった。
しかし、今はメイドであるリアラにとって「任務中」なのだ。場をわきまえなければならない時にある。
裏社会最高峰の秘密組織ケルベロスのボス、シャルロア・ジェノスの専属メイドとして、きちんと果たさなければならない仕事。
彼女はなんとか理性を総動員させ、溢れ出る衝動を抑えこんだ。
──出来なかった。
「シャルロアさま、とっても麗しいですっ、素敵です、やべーです、抱き締めまぁぁあす!」
「っ、やめなさい」
リアラの0に等しい理性では、叫びたい衝動を抑えきれなかったようだ。
骨髄でものを考えるのはやめろと、よくシャルロアに注意されているのだが、何と言っても野性的な本能で生きる生物なため、その言葉も彼女の前では無意味となる。
少し落ち着いたらしいリアラが、むふふと笑いながらドアに手をかけた。
「んではでは、」
そう切り出したリアラに、こいつはようやく出ていくのかと、頭の片隅で思う。
「リアラは準備してきまっする。まっするまっする、ますまっする」
「意味が分かりません。早く行きなさい」
「アディオスですっ」
そう言って、その赤みがかった綺麗な黒髪をなびかせながら、彼女は部屋から去って行った。
そんな彼女の姿を一瞬目で追って、シャルロアは着替えを再開する。
その時、ドアの外から元気で煩わしい声が、室内にまで響くように入りこんできた。
「リアラは行くのー、タラッタラーン、……ひぎゃっ!」
バターンッ、なんて、ものすごい音が轟く。
しかし、シャルロアは気にも留めていないようで、そのまま着替えを続けた。
「お、おい、何事だ!?」
「気にすんな、いつものリアラだ」
「ああ、転けたのか。騒がしいバカだな本当に」
部屋の外でなされているそんな会話を耳の端で捉えながら、シャルロアは少しだけ室内で口元を緩めた。
こんな朝だが、これからシャルロアとリアラの1日が幕を開けるのである。
それは偽りか幻か真実か。
そこにあるのは、それであるという真実だけ。
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