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創作
揺れる、ゆれる


 ゆらゆら、ぴこぴこ。揺れる。
 おれの目の前、正確にはおれの頭ひとつと半分下のほう。
 ゆらゆら、しっぽ。
 正確には、しっぽみたいな髪の毛。

 襟足(で良いのかな)だけ随分長く伸ばして、細いみつあみにしている。
 きれいな黒い髪。ムチみたいだ。っておれの幼なじみは言っていた。

 揺れる、ゆらゆら。
 ……とても、気に、なる。

 しっぽみたいなみつあみの、あの子と話したことは無い。
 小学校も中学も、いまの高校もいっしょ。クラスもずっといっしょ。
 でも、名前と連絡網と、少しの情報しか知らない。

 あの子の名前、明日葉つぐみ。
 おんなのこみたい、って言うと、もれなく蹴られる。
 背がひくい。気にしてないみたいだけど、悪意をもってからかうと、もれなく投げ飛ばされる。
 成績はあんまし良くない。あたまは良いけど、よくさぼるから。
 耳とくちびるにピアスが沢山ついてる。
 喧嘩が強い。らしい。

「京、どうした?」

 ぼーっと考えてたら、声をかけられた。
 幼なじみの、坪井友貴。
 ずっといっしょの学校で、家もとなり。
 友貴のことは、どうでもいいことまで知ってる。

「べつに、なんも」

 思考をさえぎられるのはきらいだ。
 友貴はそれを知ってるから、そっけなく返したらすぐにだまる。うん、いい友人だ。


 学生食堂の、おれのななめ前の席。
 友達といっしょに話してる。じっと座ってないから、ゆらゆら、ぴこぴこ。

 そろそろ昼休みがおわる。ぞろぞろ教室にもどる生徒のなか。
 ゆらゆら、ぴこぴこ。
 掴んだら、確実にこぶしか踵が飛んでくる(得意技は回し蹴り。らしい)

 おれ達の教室から真逆にあるいていくから、午後の授業はさぼるらしい。


 放課後、あの子は教室には来なかった。とっくに帰ったかな。

 今日は日直だから、残って日誌をかく。友貴はバイトだから、先に帰った。
 文章はにがてだ。あたまの中をそのままかくと、みんな変なかおをする。

 がらり。教室の戸があいた。
 反射的にみる。あれ、だれも居ない。 ……幽霊?

「ん、笹原じゃん。何してんの遅くまで」

 ……違った。
 あの子だった。おれのふだんの視界よりも小さいから、見えてなかった。

「さーさはらー、聞こえてる?」

 笹原、おれの、名前。
 初めて、よばれた。

「おいってば!」

 !

 目の前に、かお。

 白くて、血の気のないほっぺた。うすい眉。まつげの長い、水色のひとみ。ひくめの鼻。うすい紅色のくちびる。

 すごく、しきんきょり。


 自分のかおがすごく熱い。
 ことばが出ない。返事、しないと――

 ……ぶはっ。

 ――ん?
 あの、明日葉くん。なにをそんなに笑ってらっしゃるの。

「あの、なん……、どうし、た?」
 しどろもどろ……なさけない。

「ど、したっ、て、お前っ、あは、あははは!」
 収まらないようで。


 ひとしきり大笑いして、みだれた息をととのえて。
 そして、にっこり。

「だぁってさァ、お前、すーごい顔真っ赤よ? やっと喋ったと思ったら噛み噛みだしさ」
 ……ぐっさり。

「そ、いえば、なんで教室に? もう、夕方だけど……」
 話をそらしてみましょう。

「あー、そうだ。忘れ物取りに来たんだよ」
 せいこうしました。

 つくえをあさって、ひっぱりだしたのは、文庫本だった。
 微笑んで、だいじそうに鞄に入れた。
 みたこと、無いかお。 明日葉くんが教室を出てく。戸に手をかけて、くるり。

「んじゃな。また明日」

 にこり、さっきとは違う、やわらかくて、きれいな、えがお。

 そのままぼーっとして、気がついたら、すっかり夜になっていた。



 ゆらゆら、揺れる、ゆれる。

 ゆれてるのは、しっぽみたいなみつあみと――

 おれの、きもち



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あきゅろす。
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