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創作
さよなら友達


夕方、淡いオレンジ色に染まる部屋。
目の前で眠っている人を見る。
規則正しい寝息を立て、安らかな顔をしている。何か夢を見ているのか、瞼の下で眼球が時折動くのが分かる。
病的に白く血の気の無い頬にそっと触れ、ゆっくりと撫でていく。僕の体温より少し低い。滑らかで綺麗な肌ではあるが、色だけを見ると不健康極まりない。
そのまま首まで滑らせ、重さを掛けないようにひたりと手のひらを付ける。
細い。必要最低限の筋肉しか付いていない、頼りない首筋。鍛えても筋肉がつかないのだと言っていた。本当の所は分からない。
自分が思い切り力を込めれば、簡単に頸骨まで砕けるだろう。
それ位自分は鍛えているし、それ位彼は、脆いだろう。
手のひらを付けたまま親指で首を撫でる。まだ起きない。
年齢のわりにあまり飛び出していない喉仏を少し押す。軽く身じろぐだけ。
手を離し、また顔をじっと見つめる。ふ、と笑顔が浮かび、すぐに消えた。
自分には向けられる事の無い、柔らかい、幸せそうな笑顔。

仰向けに床に転がる体を跨ぎ、両手を首に触れる。
軽く当てるだけから徐々に力を込めていく。

どんな夢? 楽しい? 誰かと一緒?

頭の中で問い掛けながらゆっくり力を込める。眉間に皺が寄ってきた。構わずに絞める。

幸せ? 暖かい? 僕は、そこに居る?

顔色が鬱血してきた所で目が覚めた。充血した目を見開き、僕の腕を掴む。何か言いたげに口を開くが、声は出てこない。
頸骨が軋んだ音を立てた。腕に彼の爪が食い込んで、袖に薄く血が滲む。
手を離した。一気に咳き込む。鬱血した顔から血の気が引いていく。それでも幾分かいつもより健康的な顔色に見える。

大分落ち着いて、涙目でまだ馬乗りでいる僕を睨み上げる。文句や問いを言いたげだが、多分喉が痛むのだろう。
聞きたい類の事は大体分かるので、声を待たずに答える。

「特別理由とかは無いよ。何となく絞めたくなったから」

笑みを含んで言うと、ぎゅっと眉間の皺が深くなる。別に見下している訳では無いのだけど、どうにも彼には気に食わないらしい。
どこか非難するような瞳に少し腹が立って、頭を押さえて唇を塞いだ。
意外にあっさり入り込んだ舌を動かしていく。
最初にびくりと震えただけで、特に抵抗はされない。珍しい。
いつも彼は僕に触れられるとすぐに逃げてしまう。
応えるでも無くただ成すがままに蹂躙を受け入れている。
人の事は言えないが、真意が分からない。抵抗しても無駄だと思っているのだろうか。それとも、不快感が無いのだろうか。
後者なら、嬉しいけど。

肩を叩かれて顔を離したら横を向いて噎せた。重力に従っていた唾液が気管に入ったらしい。
しばらくまた咳き込んで、恨めしげに睨まれた。垂れ気味なのにきつい目で睨まれると少し居心地が悪い。

「……お前は……どんだけ、人の気管、に攻撃すりゃ、気が済む……」

整いきらない息で、起きてから初めて聞いた言葉が酷く予想外で、思わず少し呆けてしまった。
手酷く罵倒されると思った。それだけの事をした。でも、それ以上何も言わずに口元を拭ったり首をさすったりしている。

「なあ」
「なに」
「トイレ」

黙って避けた。
結構切羽詰まっていたのかふらつきながらも急ぎ足で部屋を出て行く。
彼と居ると、何故だか緊張感が続かない。悪い事じゃ無いのだけど、調子が狂う。
ソファに座ってテレビを着ける。夕方のニュース番組が入った。内容は頭に入って来ない。

彼が戻って来た。顔色はいつもの生気の無い白だ。僕の隣に座って少し俯く。僕はテレビを見る。
「多分」

僕の声に顔を上げる。彼から声は掛からない。横顔に視線を感じる。

「多分、どれだけやっても足りないと思うよ」

怪訝な顔をして口を開く。言葉を待たずに続ける。

「気管以外も。多分一生変わらない」
「……で」

少し険しい顔で真っ直ぐ見つめられる。普段はなるべく目を合わせない癖に、ちょっと、卑怯だ。

「まあ、だからさ。取り敢えず、……横に居てよ」

彼に見えない様に顔を背ける。暑い、多分真っ赤になっているだろう。
柄じゃ無い。でも、今言わなきゃいけない気がした。

「……好きにしたら良んじゃねえの。嫌、じゃ無いから」

言うが早いか、転げる様にして二階に上がって行った。僕はさっきの言葉がまだ信じられなくて固まっている。
受け入れられたって事なんだろうか。そうだよな、聞き間違いじゃないよな。
さっきの比じゃ無いくらい顔が熱い。火が出る、という表現は正しいんだなあ、なんて思った。

取り敢えず、友達からはさようなら、で良いのかな。
明日からはなんだろうか。まあ、なんだって良い。彼が、側に居るんなら。

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