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* しあわせって?(前編)
[これは十年後設定の話です。日吉落ちを許せる方はスクロール] 
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久々にイギリスから日吉家に帰ってきたこのん。
幼かった顔立ちは少ししか残っておらず、柔らかな優しい女性になっていた。

だが、大好きな日吉家に帰ってきたというのにこのんの笑みにはどこか影があった。

道場から胴着のまま戻ってきた日吉も、それを感じとっていた。 

「久しぶり、若くん」
日「……久しぶりだな、このん
おかえり」
「、……うん。ただいま
……たった一年なのにさらに男前になってないかな」

華奢だった体つきは大人らしいしっかりとしたものになり、元々整った容姿ではあったために美青年へと成長していた。
茶化すように言えば呆れられる。

日吉は汗をタオルで拭っていたが、ふと何かに気づいてこのんに近寄る。

日「……、やっぱりな
目の下、うっすらだが隈が出来てる
仕事ばかりでまともに休んでないんじゃないか」

頬に手をあてこちらに顔を向けさせて確認していればこのんは目を反らず。

「……新人社長は忙しいの
プロジェクトだって、成功させないと下手するとみんなを路頭に迷わせちゃうもの」  
日「お前が倒れたって意味がないだろ。
こっちにいる間はちゃんと休めよ」

心配してくれる日吉に、このんは小さく微笑む。
日吉は十年前のことを引きずっているかのように僅かなこのんの変化に逸早く気づく。
時々心配性過ぎるときもあったりする。

「くすくす……大丈夫だよ。
こっちにいる間はゆっくりするから」
日「……ならいい。
いつまでいる?」
「来週の木曜日まで。10日はこっちにいるかな」
日「……珍しいな
毎年一週間も居られないのに」
「そうだね……
秘書の森さんがいいって」
  
他のみんなと会えるかな、と笑っているこのんに日吉は黙って頭をわしゃわしゃと撫でる。
髪形が乱れるが、このんは大人しくそれを受け入れていた。

しばらく撫でていた満足したのか手を離される。
それから手櫛で直す。

このんの髪は腰まで伸びていて若干直すのに手惑う。

日「……伸びたな」

直し終わりさらりと髪を撫でた。
昔のフワフワした髪質はあまり残っていないが代わりにさらさらとした肌触りになっていた。

「頑張って伸ばしてるの
…………でも、もう切っちゃおうかな……」
日「……?……何か言ったか?」

後半の聲が遠く聞き取れなかった。
このんはフルフルと首を横にふってなんでもないよ、と応えた。


このとき、その言葉を聞き取っていれば……

それはいまの日吉には気づくことができない。









[Hiyoshi side]

このんが戻ってきて一週間。
ちょくちょく越前や幸村さんたちに会いに行っているみたいだ。
仕事から帰ってきたある日、いつもなら出迎えるこのんがいなかった。

……遅くなるとは聞いていないが、あいつも社長だ。
日本の支店に顔を出すことがあるからそれだろうと思っていた。

……、母さんがその話を持ち出すまで

母「あ、ねえ若
このんちゃんのこと聞いたかしら?
よかったわねぇ」

歳の割に幼い笑みを浮かべ、食事中に言ってきた。
『よかった』?
何がだ?

日「……なんか祝うことがあったか?」
母「え?あら……
もしかして、若聞いてないの?」

何を聞いてないのかと箸を置いて聞く。
店舗拡大やらでかい会社との取引が出来たとかそういうやつかと思っていた。

母「このんちゃんが







結婚する話よ 」

日「っ!……あいつが……結婚?」
母「本当に聞いてないのね
今日はそのことで出てるのよ。
優しい人だって言ってたけど…………
……それなら、若にも伝えるはずよね」

嬉しそうな笑みが母さんから消えた。

母「…………ねえ若
こういうことに、このんちゃんの親でもない私が口を挟むものじゃないと思うから……
お願い……
このんちゃんと話をして」

深刻な表情で懇願する母親に俺は頷く。
……俺の予想と母さんの予想が合ってるなら……



「ただいま」

このんが帰ってきた。
リビングに入ってきたこのんは、女性らしくいつもより少し洒落ていた。

母「おかえり、このんちゃん
ご飯は食べてきた?」
「うん。ごめんね、茜さん
せっかく私の好物作るって張り切ってたのに」
母「気にしないでちょうだい。
それに、一応残してるから明日食べて?」
「ありがとー。
……若くんただいま。」

笑みを浮かべるこのんは、どこか疲れているように見えた。

日「……ああ
さっさと風呂入ってこい。一番風呂だぞ」
「あ、ほんと?
入ってくるね」

荷物を片付けに部屋に向かったこのんを目で追う。
……はっきり言って、あれが近々結婚する女性には見えない。
普通は幸せそうに見えるはずだ。

──あいつが望んだ結婚なら

風呂に向かう途中のこのんを掴まえる。

日「……あとで俺の部屋にこい」
「……、うん……わかった」

一瞬驚いた顔をしたが、俺の目をみて静かに頷いた。
だいたい理解しているのだろう。俺がそう言った理由を。

部屋で本を読んでいればノックの音がしてこのんが入ってきた。

「失礼します」
日「適当に座ってろ。もうすぐキリがいいとこになる。」
「ん……」

座る気配がする。
あと2、3ページ読み進めれば章が終わった。

本を閉じて振り向けば押し入れの近くに座っているこのんと目があった。
こっちをずっと見ていたようだ。

日「……相変わらずそこに座るのが好きだな」
「癖かも。
よく若くんが本を読んでいる間ここに座ってたっけ……」
日「浴衣で座っているから座敷わらしにしか見えなかったがな」
「くすくす、幸運はよばないよ」

くすくすと笑っているこのんは懐かしそうだ。
……いや、懐かしんでいるんだろう

幼馴染みのその言動に俺の考えいることは確信に近づいていく。
だが、こいつの口から聞かないと意味はない。
 
こっちにこい、と手招きをすればゆっくり歩み寄ってテーブルの俺の真正面に座った。

「……なあに?若くん」

俺が呼び出した理由をわかっていながら聞いてきた。
俺は口を開く。

日「…………結婚するというのは本当か?」

このんは琥珀の目を俺の目からそらさずに細められた。
頷く代わりに。

「……ほんと。
私、結婚するよ」
日「母さんから聞いて初めて知った。
……いつから決まっていたんだよ」

少しきつめな口調になったが、このんの表情は変わらず、数回瞬きをして応える。

「前月の月末。」
日「……相手は?」
「日本人で次期社長。
……有力な取引相手で私を気に入ってくれたみたい。
報告遅れたの、怒ってるのかな?」

肩をすくめて力無く笑っているこのんの手を掴む。
当たり前だが、小さな手だ。
今つかんでいるのは左手…………

そこに銀色のやたら装飾がされた指輪があった。
──所謂、婚約指輪が

それを見つめていれば、このんの顔から笑みが消えた。
どこか悲しげに揺れている。

日「……それは、お前が望んだものなのか?」
「…………そうだよ」
日「したくてするのかよ」
「…………、そう」
日「言わなかった理由は?」
「……っ、……」

目が初めて反らされた。
……言いたくない、ということだろう。

「……もう、部屋に帰っていい?
明日も打ち合わせあるから……」

握っている手が離れようと動く。
立ち上がろうとした時、俺は無意識に手を引き寄せた。

「っ!」

バランスを崩したこのんを受け止めるように抱き締める。
相変わらず小柄なこのんは俺の腕の中にすっぽりとおさまり、しばらく沈黙した。





日「…………
お前はそれで幸せなのか?」
「……っ!離して……ッ」
日「もし、
もし政略結婚なら止めろ。
お前が一番望んでいた結婚は、」
「離してッ!!」

俺の言葉を聞くまいと暴れて離れようとするこのんを意地でも離さない。
離したら駄目だ。
直感がそう訴えてくる。

抱き締める腕に力を籠める。
このんの身体がビクッと跳ねた。
暴れる力が同時にだんだんと弱まっていく。


「っ……離してよ……」

やがてもたれ掛かるように俺の胸板のあたりに顔を埋めた。
……肩が小刻みに震え、抵抗する声もよわくなっている。

泣いていた。


「っ、これでいいのにっ……
若くんは、おめでとうって……言ってくれるだけでいいっ……
止めないで……止めないでよ……!」
日「……」
「若くんの言っている幸せって何っ?
私は……私は……っ」

苦しげに子供のように泣きじゃくりながら吐露するこのん。
相当溜めていたのかもしれない。

両親の跡を継ぎひたすら勉強と仕事ばかり知らない土地で繰り返していた。
帰ってきても安らぎはあっても捌け口はなかっただろうな。
俺らといる間でも楽しみたい、こいつはそういう奴だ。

……俺は、苦しんでいるこのんを助けられるか……?
親の会社を守るために身を粉にしてまで頑張り続けるこいつを

日「……式は、いつだ?」

俺なりに優しく問いかける。
しばらく嗚咽を漏らしていたが落ち着いたのか口を開く。

「っ……一週間、後
…………お願い……、こないで」

その言葉は懇願だった。
何故来てほしくないかは聞くつもりはない。
今のこのんは『何故言わなかったか』を話せないのと同じだろうしな。
だから俺はそれを承諾する。

日「……行かねぇよ
場所は聞くつもりはない

……待ってろ。お前は」

──お前は俺が守る

守られたから、守るわけじゃない。
恩を返すためじゃなく、俺らの『約束』を果すために……



嗚咽だけが部屋に響く。
やがて、泣き疲れたのかこのんの身体が少し重くなる。
倒れないようにゆっくり畳に座り、タオルで涙で濡れた頬を拭いてやったら赤くなった目がだんだん閉じられていく。

日「……おやすみ、このん」
「……わか……し……く…………」

目が一瞬だけ合う。

懐かしい、目だった。
イジメられていて俺が助けに入った時の…………
困惑と安堵が混ざった目

降りていく瞼がその目を完全に覆ったらぐったりと落ちる。


日「いくな……このん」

訳のわからない男になんかくれてやるか。
このんに似合わねー指輪を付けさせやがって……
指輪が目に入るだけで苛つく。
今の俺は超絶機嫌が悪い。

このんを抱き上げて部屋に連れて行きベッドに寝かせる。

そっと頬を撫でてから自室に帰った。


かつての氷の王に電話をかけるまであと2分……






(もしもし、日吉です)
(……、頼みがあります……)

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あきゅろす。
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