[携帯モード] [URL送信]
まだ届くなら Hiyoshi side

真人さんと寿羽さんの葬式から数週間たった。
俺は、ひたすら道場で稽古をしていた。

あのスパンはやはり響いていて、祖父に何度も床に平伏され、投げられ、どやされた。

祖父「お前の型はぼろくそになっておる!
やる気はあるのか!?」

床に仰向けに倒れ、息を整えながら見馴れている天井を見上げた。
あのとき、初めてこのんに伏せられた時に見たのは、灰色の空と今にも泣きそうなほど必死なあいつの顔……

グッと歯を食い縛り、立ち上がる。


日「やる気があるから頼んでいるんです。
……俺の気がすむまで手伝ってください」
祖父「……ふんっ。
叩きのめせれて頭冷せよ、若」


また取っ組み合い。
何度も投げられ、伏せられ、どやされ……


それでも………俺の気がすむことなかった。
呆れたじいさまはもう止めだと家の方に帰って行った。
しんと静まり返った道場できこえるのは息を吐く音だけ。
バタリ、と倒れこみまた天井を見る。

日「………テニスしてぇな…」


しばらくまともに握っていないラケットが懐かしく感じた。

そう思えば、テニスをしたい気持ちが強まった。
俺も大概テニスバカだったな……

氷帝には、帰れないかもしれない…
………それでも、

日「……跡部さんに、下剋上していない」

今の弱い身体じゃあ、相手にすらしてもらえないだろう。
俺は急いで道場を閉めて家に帰った。
軽く汗を流せば動きやすい格好に着替えてラケットバックを掴む。
そのまま家を飛び出した。

目指すは、近所のストテニ。

近所とはいえそれなりに離れているため、そこまでの道を走れば多少のランニングになるだろう。
とにかく走った。
この感覚さえ懐かしく思うほど、俺の体力は衰えているようだ。

……あいつがいたら、勝手に体力回復のメニューを作るんだろな…

そう考えても、あいつはもう俺の後ろにはいない。
前に、自分から走っていってしまったから。

ラケットバックを握る手が、強くなる。

そうしたのは自分だ。
女々しいくらい、俺は未練がましいな……


10分後、ストテニについた。

まだ誰も来ていないそこは、いつかこのんと打ち合った場所……。



『わっ…、…うまくできない…』
『もう1度、ボールをよくみろ。
ラケットは両手で持っていいからな』
『…、わたしもわかしくんみたいに片手でうちたいの!』
『おれのサーブ返してから、な
いいから、両手で持って』



『んやっ!
!………かえせたっ…かえせたよ…!』
『その調子だ。
ほら、おれと打ち合うんだろ?』
『あいッ!』


跡部さんのテニスに魅入って始めた…
ただ、打って返されてだけの技なんてないプレイでも、俺たちは笑ってテニスをしていた。
勝負にこだわるようになって、このんの相手をやることが極端に減った。


『わかしくん、わかしくん。
次のおやすみテニスしよー?』
『その日は鳳たちとストテニに行く。
また今度な』
『……あい』


日「…そのときのあいつ……どんな顔していたっけか…?」

あのときは…俺は背を向けていて、見てなかったな……
また今度、また今度と言って行くうちにこのんは一緒にテニスをしようと言わなくなった。
アイツが部活の方に力を入れ出したのは、確かその頃だ。

寂しい思いをさせていたのだと、今になって気付いた。

ぼんやりとそう考えながらラケットを握る。
……懐かしい、と思った。
それほどまともに握っていなかったのか……

自前のテニスボールを取りだし、軽く床でついてから壁に打ち付けた。
すぐに戻ってくれば打ち返す…
それは普通にできる

……だが、『テニス経験者のテニス』状態に下がっていることは確かだ。
俺の元のテニスは、できていない。

動きが鈍い、ボールのあたる位置が定まらない、ラケットの振りが遅いなど上げればきりがない。
自主練習だけでは、到底下剋上できないだろう。

日「…、クソッ…」

上手くいかない自分の身体に苛立ち、少し強く打ってしまった。
ボールは俺の真横を通り抜ける。

軽くため息をつく。

日「…やってしまったか…」

ボールを取りに向かおうと踵を返した時、目の前にボールがあった。
ボールの先をみれば、俺のよく知る先輩が無表情で立っていた。

日「……、滝さん…」

部活帰りなのか、ジャージ姿でテニスバックを肩にかけている。
滝さんからボールを受けとる。

黙っていた滝さんが口を開いた。

滝「……無様だね」

なかなかの辛辣な言葉だった。
だが、そう言われてもおかしくないほど今の自分が無様な姿なのは明白だ。
俺は苦笑しか出ない。

日「……自分が一番理解してますよ。
…後悔したらきりがない……」
滝「でも、後悔しなよ。
このんちゃんが例え君を許しても、俺は、このことだけは許さないから。
……一番近くにいた君があの子を理解しなくてどうするんだよ…」

滝さんの表情は辛そうだった。

この人は優しい。
だからこそ、俺とこのんの今の状態に悩んでくれているのだ。
日「…昔話してもいいですか?」
滝「いきなりだね
……いいよ」

ボールを握りしめ、俺はあの日を思いだしながら話し出す。

日「…このんと俺は幼稚園児のころから一緒にいました。このんにとっては物心がついたときからなんでしょうけど…
真人さんと寿羽さん…アイツの両親に、俺はこのんを頼まれてずっといました。
…幼稚舎に入ってから、アイツはいつの間にか虐められ出して毎日傷が絶えなかった…。
このんは虐められていることを俺や家族に言うことはありませんでした。」

虐められていたという言葉に、滝さんは驚いていた。
そりゃそうだ
今のあいつはどちらかといえば好かれ易い。

俺は続ける

日「今じゃ考え付かないかもしれませんが、あのときのこのんは酷く脆かった。
泣き虫で、周りに迷惑をかけることを恐れ、エスカレートする虐めにひたすら耐えていました。
…、俺は、真相をやっと掴んであいつが虐められている校舎裏に行って、やっと虐めを止めることができました。
その帰り、俺はアイツをおぶりながら約束したんです
………次は守ると……」
滝「……『結局、守ることなく今度は自分があの子を傷つけてしまった』なんて言いたいのかな。」

滝さんの言葉は、俺の昔話の核心を突いていた。
言い訳はない。
全てが全て、俺のやったことなのだから。

黙ってしまえば、滝さんはため息をついた。
呆れた、というように……


滝「あのさー、ここにきたのは日吉を探しにきたからで別にこう責めるために来た訳じゃなかったんだけどさ……
………とんだろくでなしだよね。
馬鹿なの?なにがしたいわけ?」

俺は目を見開く。
滝さんがここまで呆れながら怒っている姿は見たことがなかったからだ(自分がそうさせた訳だが)
滝さんは言葉を失っている俺を見ながら額に手をあてた。

滝「このんちゃんはさ、まだ日吉を探しているんだよ。
どんなに酷くあたられても、傷つけられても、否定されても
なのにさ、なんで自分から迷子になろうとするかなぁ…。
ドMなの?やるねー」
日「!?……迷子に…?」
滝「どう見てもそうでしょ。
逃げすぎてむしろ迷子になっているとしか考えられないよ」

…罵られているのは一先ず置いといて
『自分から迷子になろうとする』と言われ、気付いた。
…俺は、半場あきらめかけていることに。



ーーも…、…ぃ……かぃ………
ーーかくれんぼ、終わってないよ


ずっと探されているのに、アイツに

滝「…このんちゃんは、終えてないって言ってたよ…入院中
何だかんだ言ってさ…、俺たちも日吉を探してるから。
……探してる、じゃあないか…
待ってる、が正しいのかもね
見つけるのは鬼の仕事だから。
……日吉が鬼に見つけられて、かくれんぼが終わってから何の遊びをするか話ながら待ってる。

早く見つけられてよ
待つの、すっごく疲れてるんだから」

滝さんは、困ったように笑った。



……嗚呼、そうだ
あいつも俺を探しながら待っているんだ。

もう師匠じゃなくても……
兄貴分じゃなくても……

氷帝の跡部さんたちも、まだ俺を待っているのか……

『日吉 若』という1人の人間を
…今の俺は、成りかけと言えるだろうな…
ラケットを握りしめ、俺は滝さんを見る。

日「……前言撤回します」
滝「なにを?」

笑いながら聞いてくる滝さんは意地が悪い。
理解しているだろうに……

日「俺は何も理解していませんでした。
……まだ間に合うならば、頂を奪いにいきます。
いや、例え間に合わなくとも、道場破りをしますよ」

開かない門は抉じ開ければいい。

『日吉 若』はそうして来たじゃないか


滝「……、ふふ
精神は、帰ってきたみたいだね。
これからどうする?
今の日吉は準レギュラーの俺以下だろう?」

確かにそうだ。
毎日練習をしているであろう滝さんに、今の俺が勝てるか怪しい。

日「……一週間後のこの時間に、ここに来れますか?」
滝「…来れるよ」
日「その時俺と試合をしてください。
まずは、あなたから下剋上させていただきます」

そう宣言すれば、滝さんは不敵に笑った。
滝さんがレギュラーに入っていたときの、対戦相手に見せていたそれに俺を対戦相手と認めて貰えた気がした。
滝さんは一歩近寄ってくる

滝「楽しみにしてるよ、日吉
そんなテニスでどうやって挑んでくるか…ね」

俺も不敵に笑ってみせる。

日「楽しみにしていてください。」
滝「意気込みだけはいいよね
それでこそ、かな
…じゃあね」

表情を和らげヒラヒラと手を振りながら滝さんは去っていった。

再びひとりになり、空を見上げた。
もうすぐ夕日は落ちるだろう。
それまでに少しでも練習をしておこうと、俺はボールを茜色の空に投げた。

それから練習を終えるまで、あと一時間……






(まだ届くなら、俺にできることはひとつだろう)
(下剋上等、まずはあんたからだ…滝さん)

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!