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手を伸ばすのが遅すぎた Hiyoshi side
宿が半強制的に終わり、俺は家にいた。
言わずもがな、俺のせいだ。

布団の中でうずくまり、目を閉じればこびりついて離れない紅。
あいつの…このんの流した残酷なほど綺麗な紅だった。

側にあるひよこのリュックに手を伸ばす。

日「…こいつに触れるのは簡単なのにな……」

ボロくなった小さなひよこ。
合宿に参加すると知った当日、こいつを背負って現れたこのんにあの時の俺は呆れていた。
まだ持ち歩くのか、と

だが、今思い出せば嬉しかったのかもしれないな…

俺がやった初めての誕生日プレゼントを未だに肌身離さずにいてくれることに。
大切にしてくれていることに。


うそつき


そんなあいつを裏切ったのは俺だった。
全て覚えている。
桃百合姫華を好いてこのんとの稽古を忘れた。

泣きじゃくるこのんを見下して否定した。

何より、あいつを傷つけた。


日「……馬鹿なのは俺だな…」

夢で毎回掴みかかってきた幼少期の俺……
約束をした俺があんなに言っていたのにな
抗おうとしなかったのは己の弱さ故だ。

麻薬のように甘い誘惑に心地よさを感じ、全てを失った。

自分の手を見た。
豆の消えかけている手を
テニスに夢中になって、跡部さんに下剋上すると誓った手ではもうなかった。

このん簡単に平伏された自分の身体。
あいつは弱点を克服して、全てで挑んできた。
自分は見下してあいつを嘗めた。
強くなっていた、このんは…

俺が弱くなったのもあっても、あいつは段違いに強くなっていた。

このんは本気で俺を倒す気でいた。
師匠と弟子という関係を捨てる気で
今までのあいつはいなかった……
皮肉にも、それが自分が招いた結果なのだが。

ハァ…と無意識に零れた息。

見舞いに行くにしても、謝るにしてもそれが無意味に終わることはわかっている。
自分がどうするべきなのか……それは考え始める前に部屋に入ってきたかあさんによって終わった

若母「……若、着替えなさい
今からいかなきゃいけないところがあるから、黒のスーツに……」

普段の母さんとは思えない弱々しい声だった。
布団から出てみた母の顔は、涙でぬれていたる。

どうしたのか聞く前に、母さんは襖の向こうに消えた。
そのときに聞こえた嗚咽の意味がわかったのは、1時間後……


『暁来家』と書かれた看板がある葬儀場に着いた時だった。

当たり前だが中にいる人々は全員黒。
皆、泣いたり悲しみの表情を浮かべている。

呆然とした。

遺影に写る二人が、このんの親である真人さんと寿羽さん
その二人が……花に囲まれた冷たい箱に横たわっていた。
綺麗な…今にも起きそうな顔で眠って

日「……なんで…」
親戚「あれは……娘さんの…」

二人の親戚らしき人物が声を上げた。
皆がみた方向を俺も見た。


点滴の管を腕につけ、車椅子に座り、従兄弟である木更津兄弟に押され、黒いワンピースを着て、……
ーー泣くことなく真っ直ぐとした視線でいるこのんがいた。

双子は俺に気づき睨んできたが、このんは真っ直ぐ式場の中を見ていた。

凛としていた。
誰も寄せ付けないほど

そのまま、周りの視線を奪ったまま式場に入り、やがて始まる五分前の声がした。
皆が急いで入って行く。
俺が入ったのは兄貴に引かれてからだった。

日「……なんで」

今度のなんでは違った。

ーー何故、あいつは泣かない?

式の間、このんはずっと遺影を見つめていた。
啜り泣きと嗚咽、お坊様のお経、司会の声が響く場所で二人の娘であるあいつは泣きもせずにそこにいる。

喪失した顔すらなかった、花を添える時までは

あいつは最初に二人のもとに行った。
木更津亮に押されて。
二人を見ながら花を添えた時だった……


「……幸せだった…?わたしが生まれて…
わたしは幸せだったよ……」


このんの声が、響いた。
参列者全員が声を潜めあいつの言葉に耳を向けたのだった。
言葉は紡がれていく


「ッ…、おとーさん、おかーさん……生んで…くれてありがとっ……
あいしてくれて、ありがとぉッ……!
ぜったいっ…ぜったいしあわせ、なるから…!
おとーさんおかーさんも…しあわせ、なって……ッ」

やっと流した涙。

亮「……このん……」
「ゆめかなえるから……ぜんぶ終わらせるからッ…
みてて…」

泣きじゃくり、叫ぶように言う。
車イスから滑り落ち、二人の手を握っていた。
……『全部終わらせる』…その意味はわかっている。

恐らく、俺だ。

いきなり、あいつの表情が変わった。
驚いているような…嬉しそうな顔に……
会場の空気が、澄んだ気がした。

このんは精一杯の笑みを浮かべた。


「また、ね……!
おとーさん、おかーさん…」

誰に、返事をするように

その意味は、双子の片割れが出てきてから確信に近づいて行った。

亮/淳「「僕たちで支えます」」

嗚呼、もう、あいつは…このんを支える役は俺じゃなくなったんだな……。
合宿の途中まで当たり前のようにお前の側にいて、お前が近寄って来てくれて…
…俺は、当たり前を壊したのか……

温かな声が、頭の中で響いた。

『ごめんね…、若君……』

優しい、その声に俺は目を閉じた。

ーー貴方たちが謝る理由なんてないんです…

ーーあの日、お二人に約束したことすら、守れなかった俺を……赦さないでください



寿『クスクス、若君になついちゃったのね…』
真『べったりくっついて……もっと寂しがってくれてもいいのにな』
『…う?』
寿『クスクス……いいのよ
若君…、こんな子だけどおねがいね』
日『…わかりました。
まことさんとことはさんが、このんといっしょになれるまでまかせてください』
兄『なーにいってんだか。』
日『うるさいな
やるったらやる』
真『頼んだよ、若君。
僕達がこのんを幸せにできるようになる日まで…側にいてくれ』









夕陽の眩しい丘の上。
毎年見慣れた暁来家の墓
昼間に降った雨でキラキラと光っていた。

あいつが徹夜で作った二人の人形も、このんや俺たち参列者が添えた花も、
あの優しい人たちも……
全て…このんの腕に抱かれた木箱の中の壺におさまってしまった。

今はもう、二人の家族の側に消えた。

泣き虫だったあいつは、もう涙を流しておらず静かに手を合わせていた。
何を思っているのか、今の俺にはもうわからない。

あいつも、変わったのだから……
それはわかった

この距離が、何よりの証拠だ。

手を戻し、車椅子に乗ってこちらに向かってきた。
やはり、俺を見ることはなかった。

通りすぎて数歩……


「ーーかくれんぼ、終わってないよ」

はっきりと、俺に言った。

俺は…、まだ隠れているのか……


振り返るのに、時間がかかった。
もう、手を伸ばしたって届きやしない。


このんがもう俺の家に帰ってこないということを知ったのは、数週間後だった……

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あきゅろす。
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