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もういいかい ※流血注意

歓声は、…なかった
音が…一瞬全て消えた

観戦者全員の目に映るものは、

地面に押さえつけられた日吉と、叩きつけているこのん。

榊も一瞬気圧されていたが審判を下した。

榊「勝者、暁来このん!」


切「チビッ子すげぇ…」

部員たちが感嘆する中、押さえつけられている日吉も、甲高い応援をしていた桃百合にも何が起きたのかわからなかった。
ただ、これだけはわかる。

日吉が、負けたのだと

桃百合「なっ………若なんで倒れているのよッ…?!
姫華の駒が負けていいと思っているのぉ!?
そんなちび女にッ……

…そうよ!ちび女がずるしたんでしょぉっ?
最低ね!若に何したのよ!?
薬?武器?
白状しなさい!」

ビシッと指さして得意気に言う桃百合に、部員や先生たちの目は冷ややかだ。
このんはゆっくりと日吉から身体を離し、目を向けた。

眠そうな瞳は凍てつくような鋭さが宿っている。

「…何のしょーこで?
薬がみえました?武器がみえました?」
桃百合「しらばっくれてんじゃないわよ!
そうじゃないと若が負けるわけないッ…!!
ほら、若さっさと立ちなさいよぉっ!」

立ち上がらない日吉をギッと睨み付ける。
このんは放心状態の彼にチラッと目を向けて、ぽつりと呟いた。


「……、わかしくんの方が強かったよ…『日吉若さん』」

それは、このんの知っている日吉のことだろう。
罵るわけでもなく、怒りをぶつけるわけでもないのに…
その言葉は静に響く。

滝「このんちゃん……」
跡「暁来…」

日吉の顔がやっと上がった。

悔しいような、悲しいような、怒っているような、驚いているような…
複雑に感情が混ざった表情だった。

このんはそれを見ていることができず目を反らす。

「『わかしくん』は跡部ぶちょーに負けても、そんななさけないかおしないの…
下剋上だって…挑もうとするんだよ」
桃百合「若ッ…!!
姫華の言うことを聞けないのっ!?
お姫様である私が命令してるんだから駒らしく動きなさいよぉ!!!!」

喚き叫んでいる桃百合の言葉は、いくつもの感情に襲われている日吉に届かない。
このんを見上げたまま、ガタガタと震えだしている。

何故震えているのか、恐らくは日吉自身もわかっていない。

芥「日吉…早く思い出してッ……」

祈るように芥川が呟く。
それは、皆が望んでいることだ。

皮肉な調子で、向上心が強く、努力家な日吉若

仲間の為に、幼い少女の為に…
帰ってきて欲しい。

「……、『日吉若さん』…
ーーーーあなたはだあれ?」

悲しげに、尋ねた。

日「っ………おれ…は………」















桃百合「役立たずはイラナイのよッ…
言うことを聞けないなら破棄してあげるわよぉッ…!!!!!!!」



桃百合の叫び声と突然の行動に、誰も動けなかった。


……ただ一人を除いて




日吉には、何が起きたか理解できなかった。



敵対していた少女が、何故自分に抱きついているんだ…?
敵対していた少女は、何故呻き声を漏らしているんだ…?
敵対していた少女から、何故……………

何故、朱イ…紅イ…赤イ…アカイ液体ガ流レテイルンダ………?!


越「暁来ッ…!!!!!」


越前が素早く駆け寄ってきた。

他の部員たちもそれに続く。
ゆらりと、近くにあった桃百合の身体が離れる。

手には………アカく染まった果物ナイフが握られていた。

桃百合「あ〜あ…全く役にたたない駒ね
この世界じたいダメね、ダメ。
…若破棄しようとしたらちび女が身代わりになるなんて、ほんと馬鹿よねぇ!
ま、イケニエとしてわぁ、やくに立つかも♪


きゃははっ!!!と笑い声を上げ、見下した目で二人を見つめる彼女は狂気の塊でしかなかった。
                                      
日「っ…あ」

日吉は、やっと状況を理解した。

桃百合が自分を殺そうとしたことと、自分がこのんに守られたということに

このんは激しく襲ってくる痛みを耐えながら震えながらも言葉を紡ぐ。

「っ…は……
ッ……も…、…ぃ……かぃ………」
日「?、なん…て…?」

聞き返したが、返事はなく……




だらりと、力なく腕が堕ちた

幸「このんちゃんッ…
、ダメだ気を失ってるッ…!」
竜「どきなっ!応急処置をするよッ!!
榊監督が救急ヘリを呼んだ。
頑張るんだよ!暁来さんッ…」

竜崎先生が日吉から引きかがし傷口を確認する。

傷は背中だが、心臓の位置を刺されている。
真っ白な雪に落ちて、赤黒く地面を染めていく…

地面とは反対にぐったりと血の気が失せて蒼白くなっていく幼い表情に、日吉は……

全て思い出した。
今、思い出してしまった……


日「このん………?」


自分は………

『守るって…約束しただろうがッ…!!』

幼い自分が、睨んできた気がした。

真「桃百合はっ!?」
丸「森に逃げやがったぜぃ!
忍足従兄弟と海堂と桃城、赤也、ジャッカルが追った!!」
白「はよ暁来さんを中に!
救急ヘリあと10分かかるらしいで!」

このんが運ばれていくのを見ていれば、強い衝撃が頬を襲った。
構えていなかったために雪に倒れこむ。

日「ッ…!」
向「跡部ッ…!?」

跡部が日吉を殴り飛ばしたらしく、彼の手は拳を作っていた。
その表情は険しく、怒りに満ちている。
再び殴ろうとする跡部を仁王が抑える。

仁「止めるんじゃ、跡部
コイツを殴り飛ばす権利はチビッ子にあるじゃろ」

抑えている仁王の表情も険しい。

跡「止めんじゃねぇ…!仁王
…おい日吉!自分のやってきたことを漸く理解したんだろ?
そんなんで下剋上なんぞ、出来るわけねぇだろうが」
日「っ…、俺が…このんを……」
跡「、馬鹿野郎…!」

仁王の拘束から逃れ、日吉の胸ぐらを掴み上げた。

跡「いいか、罪から逃れようなんざ考えるなよ。
アイツが…暁来が助からなかったら俺はお前を許さねぇ。
わかったな?」

パッと胸ぐらを掴んでいた手が離された。
跡部はもう日吉を見ることなく、走り去った。

残った仁王は、日吉に目をやることなく背中を向ける。

仁「あのピンク頭がだいたい悪い。
じゃが、暁来を傷付けたのはお前さんナリ。
…どうするべきかは自分で考えんしゃい。」

それだけ言って、彼も合宿所に消えた。


一人きりになった日吉は、雪に堕ちたこのんの血痕を見た。

あの時、自分が避けようとすれば…
あの時、催眠から逃れようと足掻けば…
あの時、このんを信じていれば………

後悔先に立たず

日「ッ……このん、なんでこんな俺を…」

ーーー守ったんだ……?

不意に目に入った黄色…
日吉は立ち上がり、覚束ない足取りでそれに近づいた。

木の下に置かれたヒヨコのリュック…
それは、自分が彼女にプレゼントしたものだ。
このんがいつも大切にしてくれていたリュックは、ボロボロで所々縫われている。

ギザギザでけして上手いとは言えない縫い目もあるが、上手く縫われているところもいくつもある。
それは、このんが7歳の誕生日からずっと壊れたら縫い、壊れたら縫いを繰り返したための縫い物の成長を表していた。

日「…なぁ、お前は…俺に絶望したんじゃなかったのかよ……」

ーーーこのん……

日吉の頬を、雫が伝う。


呻きながらも必死に呟いた少女の言葉が、まだ日吉を信じていることを物語っていた……


『もういいかい…?』



救急ヘリが到着するまで、
あと5分……


(『もういいかい?』)
(わたしがわかしくんを見つけてみせるから…)

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あきゅろす。
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