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もういちど、名前をよんで

どんどん時間が迫ってきた。
部員たちは最初こそはこのんを心配する眼差しを向けていたが、だんだんそれはなくなった。

彼女が、やってみせると笑っていたのだ。
だから、自分たちはこのんを信じていつも通りに過ごすだけだった。
いつも通り、このんが見るのが好きだと言ってくれたテニスをして…

このん自身も、普段通りにマネージャー業をこなしていく。

…内心は、どこかそわそわした気持ちがあるが…


やがて、練習は終わった。
ドリンクボトルを片付けながら、フッと息を吐く。
外を見ればコートを整備している部員たちと、ちらつく粉雪が見えた。

また、桃百合が何かをしてくる可能性はいくらでもある。気をなかなか抜けない。
先ほど言われた言葉を思い出すとまた身体が震えそうになる。
日吉に何かをすると、桃百合が狂気混じりで言っていたのだから、彼を失うかもしれない…

「……、…わたしが、若くんを守らないと」

今度は、自分が守るのだ。
あの日、いじめから救ってくれた日吉のように

幼なじみで、兄貴分で、師匠の日吉を頭に浮かべる。
つんけんしてて時々叩いてきても、なんだかんだ優しく頭を撫でてくれる彼が、今はひどく懐かしい。

また一緒に稽古をしたい

また頭を撫でて欲しい

「……また、このんって…よんでほしーな…」

だから、勝ってみせる。
恐れている場合じゃないから

このんは少し伏せていた瞼を開き、小屋の電気を切れば寒さが滲む外に、皆のいる所へ出て行った。

メッセージの書かれた肩紐をギュッと握りしめて……








試合まで、あと15分…

このんはもう合宿所裏に来ていた。
他の部員たちも、練習再開まではまだ時間があるためこのんを見守っている。

まだ、日吉たちは来ていない。
軽くウォーミングアップや型の練習をしながら、待つ。
日吉との稽古を、彼のアドバイスを思いだしながら。

思い返せば、日吉に勝ったことなんてなかった。
型を磨き、日吉に挑んだりしてきたが。
それは、本気で勝ちたいなんて、こんなに思ったことがなかったから…

嗚呼、そっか…

「ししょーだち、こわかったから…」

小さく呟いた言葉は、誰の耳にとどかないままに消えた。
日吉に勝ってしまうと、もう師匠でいてくれなくなると思っていたんだと、このんは今、気づいた。
雪を眺めて、このんはほんとうの意味で決心できた。

日吉に勝ちたいという、決心が

師弟関係を壊すことになっても、『日吉若』に帰ってきて欲しい。

目尻に雪がつき、溶け、涙のように頬を伝った。
それはまるで、日吉の弟子としての自分が、サヨナラと泣いているかのようだった。



時間通り、日吉は来た。
桃百合が、自信満々な笑みを浮かべて横にいる。

自分の勝ちを、わかりきっていると言わんばかりに…

「日吉若さん、きてくれてありがとうございます…です。」
日「時間に間に合わなかったら負けと言われたら、来たくなくても来るに決まってるだろ
…寒いから早く始めろ
いつまでも姫華さんをこんな場所にいさせるわけにいかねーからな」 
桃百合「きゃあっ!若かっこいぃvv」

桃百合が媚びれば、日吉はこのんの嫌いな笑みを浮かべる。
部員たちの表情が険しくなった。
なら置いてきたらよかったのにと呆れながらふと、彼の発言からあることに気づく

「…準備体操、しないですか…?」

寒い、つまり身体を動かしていないということだ。
このんはある程度準備体操や型の確認で身体が暖まっている。
寒くては思うような動きができないから。
すると、彼は嘲笑うように吐き捨てた。

日「お前程度に本気を出すまでもない。
これくらいのハンデが必要だろ?」

…武道家としての日吉すら、消えたのか…
このんはもう絶望しなかった。

あるのは、純粋な怒り

軽く深呼吸し、震えそうになる声を抑えてゆっくり構える。
一瞬日吉の目が見開かれたのが、自分のそれに気づいてくれたからだとしても、このんは揺らいだりしない。

「なら、…わたしは全力で行く。
師匠から、たたき込まれたぜんぶで…」

ーーもう、あなたは私の師匠じゃない。

ただの敵だ、と睨み付ける。

このんの型は、日吉の型そのものだった
物心がつき、日吉が古武術を習い始めたときから、ずっと見てきた。

「しんぱんは榊かんとくにしていただきます。
試合は一回戦のみ。
どちらかが押さえつけられたら…まけ
方膝ついたら、まけ
…はっきりとした勝敗以外は試合続行」

淡々と告げているこのんの声には威圧があった。
日吉の頬に冷や汗が伝う。

目の前の少女が、頼りなく泣いていた少女と同じようには見えないためだ。

「…さっさとかまえて。
あなたのたいせつなその人がさむがってる、ですよ」
桃百合「っ、若早く終わらせてよぉ!!
こんなちび一捻りでしょぉ!?」桃百合の言葉にハッとし、日吉は構えた。
甲高い応援をする少女以外全員が真剣な面持ちで見守る。

榊監督が二人の間に立つ。

榊「両者準備はいいな?」
日吉「「はい」」

始まりの合図を待つ二人に、監督は目をふせてすぐに開く。

榊「始め!」


うっすらと雪の積もった地面を、蹴る音が響いた。

二人の距離が0になるまで、あと……


(このひとを・コイツを)
(絶対に………)


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あきゅろす。
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