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こわさないで

四天宝寺のコートが賑やかになった。
歓喜の声が挙がっているの、きっと二人が戻ってきたからだとこのんは表情を綻ばせる。

先ほどの青学も同じだった。
今桃城と菊丸の二人はランニング中だ。もちろん罰として。

どれくらい走るように手塚に言われたのかはわからないが、きっと今までで最高だと生意気なルーキーに聞いた。

それでも、時々走っている二人が見えるたび、楽しそうだとわかる。
お咎めナシの方が、二人には精神的にキツいだろう。
財前と謙也もお咎めはあるハズだ。

4人の分のドリンクを多めに作ろうと小さく笑って小屋に入った。

先ほどボールを当てられた肩の痛みは残り小さな行動一つでじんわりと響くも気にするのは止めていた。

日吉と決闘するときに痛むとしても、大丈夫だと思う。
これを言うのは二回目だが、日吉の祖父から与えられる稽古傷の方が痛かったからだ。


シャカシャカとボトルを一生懸命振る。

相変わらず桃百合は手伝いに来ないが、今来たところではっきり言って邪魔だろう。
チラッと時計を見た。
あと、1時間半後…

日吉との試合が、だ。

皆、仲間や家族のために頑張ったのだから、今度は自分の番…

不安がないわけではないし、怖くないわけでもない。
日吉の強さをこのんは最も身近で、と言っていいほど知っている。

だけども


「…今の日吉くんに負けたくない…
負けちゃ、ぜったいダメ…」

稽古もテニスもしなくなったあんな日吉なんかに、負けるわけにいかなかった。
自分のプライドとして、日吉の一番弟子として…
「下剋上等…ぜったい勝つの」
?「へぇー、あんたホンキで若に勝つつもりなのぉ?
ぜったい無理に決まってるのにぃ〜」

甘ったるく、毒々しい声と口調…
それに反応しバッとドアの方を向く。

ドリンク作りに集中し過ぎていたようだ
桃百合がドアの近くでひとを小馬鹿にしたような笑みを浮かべ立っていた。

「…なにか…ようですか?」
桃百合「何か用ですか?…じゃないわよっ!
アンタのせいで英二も桃も、謙也も光も姫華のそばから離れたじゃない!!
逆ハー主は姫華なのよ!?
モブで引き立て役で、嫌われ役のアンタがでしゃばんないでよッ!!」

甘ったるい笑みは直ぐに歪む。
憎悪に満ちた顔だ。

だが、吐き出された言葉は、全てこのんには無縁である。

「…わたしは、『もぶ』とか『ひきたてやく』とか『きらわれやく』なんかじゃない…です。
わたしは、氷帝学園中等部一年の…暁来##name_1##…です。」

今はそれ以上でも以下でもない、と真っ直ぐ見返す。

桃百合「っそういう、すました態度がムカつくって言うのよ!
姫華は神様に愛されてる特別な子なのよ!?
それなのに逆らうなんてとんだ命知らずよねぇ!!」

狂ったようにキャハハと高笑いをする桃百合。

このんにはその発言がよくわからなかった。
『神様に愛されてる特別な子』…?

「…じゃあ、なんでかみさまはあなたの近くにいないの…です…?
かみさまにあいされてるのに、あなたは“焦っている”のです…?」


ピタリと高笑いが止まった。
その次の顔は、憎悪を超え殺意すら表している。爪が掌に刺さるほど拳を握りしめ、わなわなと身体をふるわせたと思った時だ。


桃百合「アンタのせいでしょ!!?

金切り声と混ざった叫び。
これが外の部員たちに聞こえたかもしれないが、今はそちらに気を回せない。

何故なら、下手したら目の前の彼女に…
桃百合に殺されるかもしれないからだ。

酷い殺気と憎悪…

桃百合「アンタさえいなければ姫華の逆ハーは完成したのよッ!
神様だってアンタっていう欠陥品が世界に入ったから忙しくて姫華の側に居れないの!!
早く消えなさいよッ!!アンタの居場所なんてこれっぽっちも存在してないんだからッ…!」
「…あるもん
…あなたのいうこと…よくわからない…。
なんできえないとダメなの…?」
桃百合「そんなのも説明しないといけないの!?
どんだけ頭悪いのよ
ほんっとゴミクズよねぇ〜」

一方的に見下し、クスクスと下卑た笑みを浮かべる。
怒ったり笑ったり忙しい人だと、場に合わないことをひっそりと考えてしまったのは仕方ないことだろう。

桃百合「アンタはこの世界の異物なの
さっさと異物は消えないと王子様たちに不幸が起きるのは当たり前の話よ!
だから疫病神は今すぐ消えなさいよ!!」

あまりに滅茶苦茶な持論だ。

やはりこのんは桃百合の言葉を理解できない。
桃百合の都合のいい物語を聞かされているようにしか思えないのだ。

「…わたしは、ちゃんとここにる…です。
わたしが、異物ってしょーこ…あるです?」
桃百合「はぁ?
証拠なんていくらでもあるじゃない
王子様たちにちやほやされて、明らかに身長もおかしくて、この合宿に一人で参加してるっ!
こんなに証拠があるのにとぼけるなんて白々しいわよっ!
ほらほらぁ、反論してみなさいよぉ!!」
このん「…、
…いち、わたしはあなたの言ってる『おーじさま』にちやほやなんて、されてない…
に、しんちょーはおとなでもわたしと同じくらいの人、いるしわたしちゅーがくせーだからおかしくない。
さん、ひとりで参加のりゆーは、ひとりでどれくらいサポートできるかのしゅぎょーで女子テニス部ぶちょーさんに言われたから…。
はい、はんろん」
桃百合「なっ…」

眉一つ動かさずワラう桃百合に反論をした。
まさか反論されると思ってなかったからか桃百合は言葉を詰まらせた。
まっすぐな目を向けながら、今度はこのんが尋ねる。

「じゃあ、あなたはなんで合宿きたの…です?
さかきかんとく、あなたが来るなんて最初いってなかった、ですよ」
桃百合「姫華がお願いしたからに決まってるでしょ!
ホントは榊叔父様姫華のこと可愛くて可愛くて仕方ないからなかなか許してくれなかったけど、姫華は王子様たちに会う運命だったから可愛くお願いしたらOKくれたのよ。
いちいち聞かないでよウザいわね!!
…まぁ…もうすぐアンタも終わりよねぇ…
アンタが最強補正なんてつけてないなら若に勝てる筈ないもの」

恍惚とした表情だったがやがて不敵な笑みを浮かべる。
約束の時間はもうすぐだ。

このんは作り終えた最後のドリンクをカートに乗せ、カラカラと押しながら桃百合の横を通り過ぎドアの前に立ったところで振り返った。

「…、今の日吉くんに負けるわけに、いかない
絶対、負けない」

ひよこリュックの肩紐をギュッと握り締める。
桃百合の顔が歪む。

桃百合「そういう…ところが…ウザイのよッ!!」

ガッ…と胸ぐらを掴まれた。
ギリギリと持ち上げるように掴まれたため身長の小さなこのんは息をつまらせた。
軽く足が浮いている。

桃百合「あんたのせいで思い通りにならない!あんたのせいで愛されない!あんたのせいで王子様たちが不幸になるッ…!!
どっか行きなさいよッ!消えなさいよッ!死になさいよぉぉぉおおッ…!!!!」

唸り叫ぶ。
今にも首を絞め自分より小さな少女を殺しかねない勢いだ。
桃百合が手をこのんの首に近づけようとした時だった。

真「何をしているッ!!」

バンッとドアが開き真田が入ってきた。
休憩時間になってもこのんがドリンクをなかなか持って来なかったのと桃百合の叫び声が聞こえたことに部員達が不審に思ったから代表で来たのだ。

誰かが来るだろうと思っていたこのんはともかく、目の前しか見えていなかった桃百合は真田の登場に目を丸くし、ばつが悪いからかバッと手を離しすぐさま媚びるように笑みを浮かべた。

桃百合「な、なんでもないよぉ?
このんちゃんがちゃぁんとお仕事してないからちょっと怒っちゃってただけなのぉ」

誤魔化しているが、真田が好ましく思っていない少女の言葉を信じる筈がない。
念のためこのんに真意を確かめる。

真「それは本当か?」
「……よくわからないこと怒鳴られた、です…」
桃百合「っ、頭悪ぅい!
姫華ちゃぁんと説明したじゃない!
まぁ、いーや。姫華、若が待ってるから先行くねぇ?」

部が悪いと思ったのかそそくさとこのんを押し退けて出ようとした。 が、すれ違う瞬間ボソッと狂気が混ざった言葉を囁やいていった。

それに、このんは徐々に目を見開いていった。
ガタガタと、手を震わせて

「っ、や…だっ…
イヤだっ……」
真「!暁来、どうした!?」

尋常ではないほど顔を青ざめる少女にただ事ではない何かを感じとり真田は肩をつかむ。
が、何かに怯え、返事はない。

「やだ…やだっ、
壊さないでっ…こわさないでッ……!!」

囁かれた悪魔の言葉が、耳にこびりついて離れない。









桃百合『アンタの大切なものぜぇんぶ奪って、壊してあげる♪
若も…ね』




幸村たちが心配して小屋に来るまであと2分……


(大切なものをこわさないで)
(大事なひとをこわさないでっ…)


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