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あと一歩のゆーき

賑やかな空気は、朝食終了後も変わらなかった。
ピリピリとしていた空気もほぼ和らぎ、皆楽しそうな表情を浮かべている。

練習開始30分前に皆が会議室に集まった。榊監督が収集をかけたのだ。

榊「賑やかなもとの部活に戻ってきたみたいだな。
私がいない期間、君たちには様々な迷惑をかけた」

榊監督はまだ少し悲しげな柔らかい笑みを浮かべて謝罪を口にした。
彼も、彼女を呼んでしまったことに後悔しているのだ。

手「榊監督、謝らないでください。
俺たちがしっかりと精神を保たなかった責任もあります。」
鳳「榊監督の期待を裏切る真似をしてしまい、本当に申し訳ありませんでした…!
榊監督は、俺たちを戻すためにいろいろしてくださっていたと跡部さんたちから聞きました。
俺たちも、早く皆さんとテニスができるよう尽力させてください!」

戻したい気持ちは皆一緒だ。
2人の言葉と皆の表情にふっとオサムちゃんが笑みを浮かべた。

渡「ま、今はテニスを一生懸命やっとけばいいんとちゃうか
テニスをやっとる姿がお前ららしいしなぁ…
マネージャーのことは、マネージャーで、師匠のことは弟子が決着つけるんやろ。なぁ?暁来さん」

ニカッと笑った先にいる少女に、皆目を向けた。
このんはいきなり話を振られてきょとんとした顔だったが、僅かに口元を緩めて笑ってみせた。

「あい!
下剋上、でっす…!」

堂々と笑ってみせた。
勝てるという見込みはない。
でも、戻してみせるという決意があるからだ。

宍「無茶はすんなよ
俺らはテニスしか出来ねーけど、フォローはできる」
大「タカさんから聞いたけど、昨日はかなり無理して稽古したらしいしね。」
乾「桃百合が暁来さんと日吉の決闘が始まるまでに何かしでかす確率は88.4%だ。
気をつけていた方がいい」
金「暁来ちゃんのためなら地球の裏側からでも駆けつけるで!」
幸「俺らはこのんちゃんの味方だから、安心して相談しなよ」

自分を心配してくれる人たちは、本当に温かかった。
それが嬉しくて、
信じていいんだと安心できて、
でもちょっぴり照れくさくて、
はにかんだように笑った。

あともう少し
みんなが揃って笑い合えるのは

少し色褪せた大事なひよこのリュックをぎゅっと抱きしめて今から始まる練習のサポートに頭を切り替えた。




練習が始まればやはり昨日と違うもっと賑やかな部員たちの声が響きわたった。
ふざけあって、笑顔で、でも真剣
そんな賑やかな雰囲気にドリンクを作る量が増えたってそれが喜びになる。

桃百合は相変わらず苛立っていた。

彼女の言う『王子様』が減り自分に構ってくれないから。

いや、構ってくれるのはテニスを放棄した日吉がいる。
本命に相手してもらえているから少なからず苛立ちを抑えているように見えるが、やはり不満は解消されやしない。

桃百合「姫華がこの世界のお姫様なのよ…!!
全部、みぃんな姫華のものじゃなきゃ世界は成り立たないのよッ…!!」

ギリィと愛らしいネイルが塗られた爪が噛まれ歪む。
彼女の偽物の青い目には憎悪・嫌悪・嫉妬・不満が混ざり濁った光を宿されていた。

自分の近くにいた5人の『王子様』とは今化粧と称して離れ、企みを抱く。
脳裏に浮かぶのはあの無表情で日吉と自分を見つめてきたこのん。
その真っ直ぐで自分に逆らう表情が気に食わないのだ。

桃百合「若が勝つに決まってるわ…
でも、もしあいつが最強設定を持ってたら…?
それだったら、姫華が若やみんなのためにあいつを*さないと…ッ!
大丈夫よ、だって姫華は世界に!神様に愛されているんだもの!!
あいつなんてぇ簡単に*せるわ…!」

少女はニヤリと紅を引いた口角を上げ嘲笑った。
桃百合「でもぉ、まずは試合前にいろいろやらないと
姫華は若たちの勝利の女神なんだからっ」

強欲な笑みを浮かべそのまま愛すべき『王子様(駒)』のもとへ向かう。

自分を嘲笑っている存在が近くにいたというのに…




練習開始から2時間ほど時間が経った。
皆が休憩に入ってこのんはドリンクを小屋へ取りに行く。

ちょうどドアを開けようとした時だった。

「、ぅあ゙ッ…!!?」

いきなり右肩に鈍痛が襲いかかり、濁った悲鳴を零す。
ボトッ、と肩に強い衝撃を与えたものが床に落ちた。

皆がいつも使っている、テニスボール。

背後から、誰かが強い力で当ててきたのだ。
右肩を押さえ、しゃがみこんで痛みをグッと我慢しながら振り返った。


逆立った髪、いつもなら強気な光を灯している目、青と赤のラインとSEIGAKUの文字が入ったジャージ

「っ…もも…しろ、さん…?」

光の灯っていない濁った目と合った。
そして、僅かに目を見開き自分のしてしまったことに今気付いたのかボールを放ったラケットを地面に落とした。

手が、震えている

桃「っち、がッ…
なん、で…ッ…俺ッ…が…?
俺が、やっ……!
ちが…違うッ…違う違う違うッ…!!
アイツがッ…先に、そうだ先に姫華さんに暴力をッ…
ッ違うッ…!!俺が…俺が…!!!」

桃百合によって支配された精神とこのんを自分の手で傷付けてしまったという過ちの狭間で彼は混乱し、泣いていた。

頭を抱え込み、違う違うと子供のように

このんはゆっくり立ち上がった。
酷い鈍痛に冷たい汗が流れるも、足を桃城のもとに歩ませる。

「…ももしろ、さん…
、…」

助けないと、彼は元に戻れない気がした。
肩を押さえていない腕を、手を桃城の手に重ねようとした。

財「桃城に触んなやクソチビッ…!!」

触れようとした手は、違う手に拒まれ衝撃で余計に肩に負担がかかってしまった。

「ッ…」
菊「桃ッ…!大丈夫かにゃー!?」

日吉とここにいる桃城以外の濁った目を持つ3人が駆けつけた。
だが、2人の様子を見ていたからか、彼らの手が震えているのが見える。
口調と態度は、嫌悪剥き出しにしていても

桃「お…俺がッ…傷付ッ…!!」
謙「大丈夫やッ!!お前は姫華の為にやったんやろ!
アイツが全部悪いんやから大丈夫やッ!!」
菊「桃は悪くないにゃー!」

次々と桃城を慰める声をかけているが、彼の涙は止まらない。

このんは黙ってその茶番を見ていた。
今の彼らに、なんの感情も抱けない。

強いて言うならば、『呆れ』だろう。

鈍く脈打っていた痛みは不思議と感じなくなり、ひたすら桃城にかける『お前は悪くない』『アイツが悪い』の言葉に言葉を被せた。

「いいかげんにしてくれ、です。」

冷たい言葉かもしれない。
でも、いま彼らに言えるのはその一言だった。

おかげで目の前にいる全員が息を飲み、濁った目を向けてきた。

謙「なっ…なんやッ!!
自分が悪いクセして口答えかいな!?」
「…いつ、わたしがあなたたちにわるいことした、です…?
故意に、ボールあててきたほーが、わるいおもわないです?」
財「ッ…アンタ、桃城になんかしようとしたやろ!
手を伸ばしてたクセにッ!!」
「ないてるひと、なぐさめるダメです?
あと、こたえになってない、なのです。」

そろそろドリンクを持って向かわなければ誰かが心配してこちらに来るだろう。
今の状態を見れば余計に面倒なことになるのは目に見えている。

だが、せめてはっきりこれだけは言って向かおうと心の中で呟く。

「みんな、待ってる。
おかしくなったじかく…あるならはやくかえってきて、です。
…いまなら、みんな、なおせます」

この際肩の痛みを気にするのは止めた。
痣ができていたとしても、この程度は日吉の祖父に食らった打撃よりよっぽどましだ。

「…ももしろさん…ないたら、かいどーさんに笑われて、越前くんにまだまだだねっていわれちゃうです」

泣いていた彼が、目を見開いた。
もう、涙は流れない。

このんはニッと歯を見せて4人に笑う。

「おばけやしきは、出ちゃえばこわくないです…!
ずっといるから、おばけさんがおどろかすですよ」

バイバイと手を振れば小屋に準備して置いていたドリンクなどの入ったカートをダッシュでコートに向かって行った。

このんがいなくなり、しばらく4人は茫然としていたが、やがて、桃城が口角を上げた。

桃「ハハッ…
海堂や越前に笑われたんじゃ…まともにテニスできねーな、できねーよ」

頬についた涙をグッと拭って立ち上がった彼は、やっと青春学園中等部テニス部の曲者、桃城武 だった。

俯いていた菊丸が、バッと顔を上げてテニスコートを真剣な眼差しで見る。
そして、笑った。

菊「コンビ解散になるのは絶対嫌だにゃー。
これ以上サボり過ぎたら手塚に外周何百周言われるか…」

2人は互いに顔を見合わせて笑えば、財前と謙也に顔を向ける。

菊「なんかお化けにビビってるのがバカバカしくなったにゃー。
先に出てるから、早く来てテニスしよーねーん」

背を向けて走り出した2人に、財前と謙也は見送るだけだ。

もう出口は目の前だと、わかってはいるのだ。
それでも走り出せないのは、ほんの一握りの勇気がないから。

財前「はよでてこいって…どないせぇっちゅうねん…
ほんま…今更やろ……」
下唇を噛み締め、泣きそうな声音でぽそりと呟く。
謙也からの返事はない。
彼も、同じだからだ。

2人のようにポジティブに考えることができたなら…真っ直ぐ仲間のもとに帰れた。

だが、昨日の夜、叫ぶ小石川、金色、一氏、千歳のに言われた言葉が、後悔とともに彼らを揺るがせていた。

自分たちを信じてくれていたからこそ、投げかけてきた言葉で

金『アンタら、うちらともうテニスしとーないんか!?
アホなことぬかすなや!!』
一『せや
だいたいなぁ…財前に金ちゃん!
お前らが四天宝寺をこれから引っ張っていくのになんでテニスせんのんや!?
白石ぃ…!お前は四天宝寺の聖書白石蔵ノ介やろうが!!
そんな姿を後輩らに晒すんかッ!?
つか個人的にムカつくわッ!!』
千『まだ間に合うばい
はよ戻ってき』
小『もし、戻るつもりがないなら…
テニス部から出て行きや
皆信じて待っとるんやで、白石らがまた俺らとテニスするために帰ってくるっちゅーて』

あの時、自分たちの仲間から差し出された手を、自分たちは握ることをしなかった。

桃百合から与えられるまどろみから抜け出すことを恐れたから、そのときは。

だが、小さな少女の強い意志、笑顔に桃百合のまどろみはすべて欲望の塊でしかないと悟った。

今更なのだ。二人にとって

もう自分たちを受け入れてくれるかわからない。

あの時握っていればという強い後悔に苛まれる。

石「…謙也はん、財前はん」

不意に、後ろから石田に声をかけられた。
まさかチームメイトに声をかけられるとは思っていなかったためビクリと二人は肩を震わせ、どこか怯えた表情で振り向く。

石田の普段から細められた目は二人をしっかりとみており、彼の手には何かが握られている。

…それは、
石田と二人の…財前と謙也のラケットと、テニスボール。

財前はそれを見て目を丸くし、謙也は見た瞬間一筋涙を流した。


―師範は…みんなは確かに自分たちを待ってくれ
そうわかった。

財「ッ…ハハッ…
ダサいッスわ…俺ら…」
石「皆財前はんや謙也はんを待っとる…
話は…また後や」
謙「っ…すまん…すまんなぁ…!」

グッと涙を拭って眉を下げたまま笑えば、石田からラケットを受け取る謙也。
財前も、ギュッと自分のラケットのグリップを握った。

握った感覚が久しぶりに感じるのはそれだけテニスに集中していなかったから。

やはり後悔は沸くが、不思議と足はテニスコートに向かう。

財「…後で暁来に礼と謝罪を言わんとな…」

それと報告をしなければと思った。
気味の悪いお化け屋敷から出てきたことを

あの笑いかけてくれた少女に。

三人がチームメイトのもとに戻って笑いあうまで、あと4分…

(『おかえり』と笑いかけてくれる仲間たち)
(小さな勇気が出せれば、ちゃんと戻れた)

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あきゅろす。
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