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ふしぎなヒト


合宿所からかなり離れた木々の中に、このんはいた。
大木に登っていて、太い枝に座り込んで泣いていた。

「ヒック…うぅ…ひよしくん、ばか」

先ほどの日吉の言葉が頭から離れない。
何年も一緒にいた幼なじみから口にされた否定…
それは、このんの心に氷のように突き刺さっていた。

放棄してしまったことにも後悔しているが、どうしてもあれを思い出し、身体が硬直してしまう…。
行こうと思っては思い出しという悪循環で、このんはここに止まるしかなかった。

ふわっと、彼女の心情に合わない優しい風が吹いた。

このんは顔を上げた。

そこには…黒いロングファーコートに身を包み、フードをかぶった黒髪の青年がいた。

フードと長い前髪で目元は見えないが、口元に笑みを浮かべ、このんの隣の枝に立っている。

「……ぇ…」

このんは目を丸くして青年を見つめた。
弧を描く口元が開いた。

?「大丈夫か…?」
「あ…、…は、い。」
?「ククッ…そんなに固くなるな。
お前は【被害者】だ。何も悪くはないさ」

青年は、まるで何もかもを見透かしているような口振りでそう言った。

?「あの女によって居場所を奪われた…
あの女は強欲で傲慢にもほどがある……
……お前はどうしたい?」

サラリと彼の前髪が風で揺れた。
そのとき、金色の澄んだ目が見えた。

このんは、彼は普通の人でないように感じた。

神々しいわけではない、禍々しいわけではない…
何も感じないのだ…彼の存在が

「…どう…したい…?」

震える唇で尋ねる。

?「あの女や罵声を浴びせてきた奴らに復讐をしたいか?
それとも、あの女から居場所を奪い返したいか?
我はお前の味方だ…
手伝ってやろう」

金色の目を細めて、彼は手を差し出した。

?「何を戸惑う?
憎く無いのか?大切な幼なじみを奪い、己の日常を崩した桃百合 姫華が…
お前が望むなら、消すことは可能だ
さぁ…」

甘美な提案だった。
悪くないと言われ、味方と言われた。
あの時のこのんなら、その優しさに縋ったかもしれない。

−憎い?−
憎くなどない

−奪い返したい?−
したくない

−復讐をしたい?−
そんなの…やりたくない


「…、…だいじょーぶ。
わたしは……もうわかしくんの後ろに…かくれたくないの…」

横に首を振った。

青年は金色の目を見開いたが、柔らかい笑みを浮かべた。

?「ほう…自ら立ち向かうか…。
何故だ?」
「…わたしね…、こわかった。
わかしくんたちが、昔のイジメっ子みたいで…
つらかった、忘れ…られて」

でもね、

「おかーさんがいってたの。
『もし自分が嫌なことをされても、自分が嫌なことをその人にしたらダメだよ』って。
だから、にくんだり…ふくしゅー?…ふくしゅーしたりしない…です。」

このんは笑った。
どこか吹っ切れたように。

?「…強かなヒトの子だ…
だいたいのお前のように無意味な仕打ちを受けた娘共は我の力に縋ったが……
お前はよほど、守られてきたのだな」

青年は手を下ろし、このんのいる枝にまるで羽のようにふわりと乗り移った。
そして、彼女の頭に優しく触れた。
脆いものに触れるかのように

「、ぁ……」
?「あの女などに負けるな…。
…ひとつ、褒美として願いを叶えてやる」

何かないか?
と青年は聞いてきた。
このんはきょとんとしたが、おずおずと口を開く。

「じゃあ…おにーさんのおなまえ、教えて…ほしーです。」

今度は青年が固まる番だった。
まさか名前を聞かれるとは思っていなかったようだ。

?「ククッ…ハハハハッ…!!
面白いっ!まさか願いが我の名前を聞くことか…!」
「?…だめ…です?」
?「いや、いいだろう」

彼は笑うのを止め、フードを脱いだ。
艶やかな黒髪がサラリと風に靡く。

今までなかった彼の存在を初めて感じた気分だった。

?「特別に教えてやろう。我はシニガミ、死を司るモノなり」
「……しに…が…み?
シニガミって…神話…の?」

このんは琥珀の目を丸くしたが、次の瞬間、輝かせた。

「す…すごい…
ホントに、シニガミなんだっ…!」

羨望の眼差しを向けるこのんに、シニガミと名乗る青年は驚きながらも苦笑を零す。

シ「本当に珍しいヒトの子だ…。
恐れないのか?」

恐れる、という言葉に否定を示すように首を横に振る。
ただただ、すごいと口をにする。

「シニガミさんは、たましーを運ぶカミサマでしょ…?
こわくない、です」
「…まぁ…違いはない。
…ん…?お前を呼ぶヒトの子共がいるようだ。」

そう言われ、耳を澄ませば段々と近づいてくる声が聞こえた。

越前と切原だ。

このんは、あ…と漏らすも気まずそうな表情だ。

シニガミはそっと少女の背を押した。

シ「行くと言い
決めたのだろう…?」

彼の言葉に、一度俯くもすぐに顔をあげ、頷いた。

「…あい!
また、会えます…?」
シ「先になるだろうが、また会える。
我のことは、誰にも告げるなよ
さぁ…行け」

このんは木から飛び降り、自分の先ほどいた枝を見上げた。

しかし、彼はいなかった。

まるで、何事もなかったかのように…

このんは声のする方へ走った。
振り向かず、ただまっすぐ…


切「ちびっ子おぉ!
って…おい、越前!!」
越「!暁来ッ!」

2人は自分たちの方に向かってくるこのんを見つけ、走る。
そして、同時に彼女の肩を掴んだ。

切「やっと見つけたぜ!
ったく、心配させんなよ」

ほっとした表情で切原はこのんの髪をくしゃくしゃと撫でた。
越前も無表情ながらどこか安心したように小さく口元に笑みを浮かべる。
越「とりあえず、戻るよ。
不二先輩たち…元に戻ったみたいだしね
…けど大丈夫?」

先ほどのことを心配してくれているようだ。
だが、このんは小さな笑みを浮かべてしっかりと頷いた。

「だいじょーぶ、なの
きめたから…もうにげないって」

その様子に、2人もつられて笑う。

越「心配無用…だったみたいだね。」
切「次は俺も一緒だからな!
あんな部長は部長じゃねぇ…
俺らで部長たちを元にもどさねぇとな!!」
「あいさぁっ!」



3人で笑いあい、合宿所へ戻っていった。









シ「…あと数日だ…。
我の忠告を聞かずして、己の欲望のままにむさぼり尽くす愚かな小娘よ。
今のうちに足掻いて見せろ。」

黒いファーコートに身を包むシニガミは、コートのベンチでちやほやされる桃百合を見下していた。
それは、冷淡な嘲笑だった。

彼は先ほどいた森に金の瞳を向けた。

シ「…我の名を尋ねたヒトの子ならば、小娘の娯楽を壊してくれるだろう…」


嘲笑を消し、柔らかく微笑んでシニガミは消えた。


このんたちがコートに戻って来るまであと3分


(シニガミはワラう)
(さぁ…罪に溺れる小娘よ…
終焉はもうすぐだ)

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あきゅろす。
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