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試験管の子どもたち(モーツァルト)


「モーツァルト!なんか解脱した!俺がダ・ヴィンチであることには何の意味もない!」

そう思わないかい!と無駄に晴れやかな笑顔で問われて、あぁついにコイツも頭がイカれたかと楽譜へ目を戻した。5本の線の上にのたまうオタマジャクシは僅かな違和感を持って俺を見つめ返している。シャーペンの先でそれをつつきながら無視を決め込むと、のしりと背中に重い身体が張り付いて来る。

「俺は幼い頃から描くことを強要されて来たが、そんな俺だから言う。ダ・ヴィンチに美術家としての才能はない!彼は努力の人であり、科学の人だ!」
「重い。触るな。」

女と見紛うほどの中性的な顔立ちは、絶世の美男子と謳われたレオナルド・ダ・ヴィンチのクローンに相応しく美しい。が、「人魚姫は声を失ってこそ価値があった」とはフロイトの皮肉だ。

「ダ・ヴィンチ、お前の御託に付き合ってる暇は…」
「そもそも"ヴィンチのレオナルド"って名前を俺に当て嵌めるのもおかしくないか?俺はヴィンチ出身じゃない、出身は試験管だ。けどレオナルド・ダ・チューブ・ディ・プローヴァってのは些か皮肉っぽすぎないか?」

試験管のレオナルドか。お似合いじゃないかとにべもなく言えば、お前はそれでも芸術家か!と額を抱えてのけ反った。

「感性が死んでる!」
「お前も人のこと言えないだろ、"科学の人"」

皮肉を込めて言えば、ダ・ヴィンチは困ったように眉を寄せた。それからよよよと泣き真似をして、漸く離れたのにまたすり寄って来る。

「モーツァルトォ〜だから芸術家のお前に頼みに来たんだろぉ〜」

半泣きになりながら言うダ・ヴィンチに僅か、眉を寄せる。こいつは俺の部屋にくるなりいつも通り突拍子もない話を繰り返していたが、頼みごとなどひとつもされていない。

「俺に新しい名前付けてよ」
「……」

一瞬、どきりと心臓が嫌な具合に強く拍動する。

「芸術家の感性で俺の再誕に相応しい美しい名前をくれ!」

間抜け面でそう言う男の目を見て、俺は軽く後悔した。どうしてもっと早く気付かなかった?こいつは一見ただの能天気な馬鹿だ。この学園の中で何人がこいつの本性に気付いているかはしらないが…少なくとも、付き合いが長い分俺の方が他の奴よりもこいつの考えには機敏だった。

つまり…この馬鹿は、本気だ。

本気でクローンとしての…レオナルド・ダ・ヴィンチのクローンであることを否定しようとしている。しかも俺にその片棒を担げだと?狂ってやがる。

「頼むよ、ヴォルフ…」
「ッ…」

モーツァルト
俺の知る限り99.99%の人間は俺のことをファミリーネームでそう呼ぶ。それはオリジナルの輝かしい栄光の証だが、それゆえに本来のファーストネームは忘れ去られていた。
小さく毒づいて、俺はやけに真顔で俺を見るダ・ヴィンチの視線を拒絶する。

「オタマジャクシ」
「オタ…??」

聞き慣れない単語を拙い発音で繰り返して、ダ・ヴィンチはにっと笑う。

「サンキューモーツァルト!愛してる!」

ちゅっ!と頬にキスをして喜々揚々と部屋を出て行ったダ・ヴィンチに、ザマァミロと心の中で笑う。まぁ、どうせいつもの気紛れだ。明日になればいつも通り"神童"レオナルド・ダ・ヴィンチとしてキャンバスに向き合うだろう…

『あっ!ナポレオン、聞いてくれ!今日から俺はオタマ…』

「!!!」

はっ!と壁の向こうから漏れ聞こえて来た声に顔を上げる。

「待てダ・ヴィンチ!!」
「オタマ?」

怪訝顔のナポレオンの前から引き摺り連れて部屋に逆戻りしながら、俺はじとりとダ・ヴィンチを睨み付ける。

「なんだよ〜」
「………」

残念なことに俺はダ・ヴィンチの言う通り芸術家だった。この顔でオタマジャクシだと?行く末はカエルだとでも言うのか。そんなアンバランスが許されるはずもない!

「3日待て。即席じゃ決め兼ねる」
「マジで?やったー!んもー本気で!マジで!愛してるよモーツァルト〜お前になら抱かれても良い!」
「気色の悪いことを言うな」

べしりと唇を突き出しながら言ったダ・ヴィンチの顔を平手で打って部屋から放り出す。しっしっと手を振れば、おやすみー!と笑顔を振りまきながら私室へと退散していった。

「ったく…」

最悪のパターンとしては、俺が3日3晩の奮闘の末考え付いた名前を「何言ってんの、俺はレオナルドだよモーツァルト…」とまるで哀れなものを見るような瞳で斬り捨てられることだろう。この学園でレオナルド・ダ・ヴィンチとは、恐ろしく気紛れで自分勝手な男を示す名だった。
そんな気紛れに毎度毎度付き合ってやる俺も物好きというか何と言うか…

(やめよう、気が滅入る)

ぱらりと手にした辞書を捲りながらため息をつく。アイツの気紛れには、もう慣れた。


***


(実を言うと結構どうでも良かったんだけど…)

眉間に深い皺を寄せながら辞書の山に埋もれているモーツァルトを書架の影から見ながら、俺は申し訳無さ半分モーツァルトのツンデレに時めくの半分、って感じだった。

(モーツァルトのこう言う真面目なとこ、好きだなぁ…)

正直なところ、俺がどう呼称を変えようと俺はレオナルド・ダ・ヴィンチのクローンに変わりは無く周り…特に上の認識なんて変わらないだろう。俺は明るく楽しい優等生だ。それでもたまには無駄な抵抗をしてみたくなるのだ。

パタン、と軽い音を立てて辞書を閉じたモーツァルトは、まっすぐ俺に視線を向けて口を開く。

「****」




(あぁ、やっぱりお前が俺のモナ・リザだよ!)

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