番外編 「白魔法使いのその後」
あの決別の日から一年後。ルーチェモンの元から去った私は、世界を渡り歩きながら見識を深めていった。
当然、先の大戦に関しても耳に入ってきていた。彼が行ったことも。
たびたび起こっていた争いに介入し、停戦を呼びかけていたことは別に批判しない。その最中に向かってきた輩を数名返り討ちにしたことも許せないというわけではない。……殺したことを容認するわけでは断じてないが。
それでも、戦争だったのだから熱い言葉だけで何とかなるとは思っていない。見せしめのために殺してその他大勢の心を折るというのことの有効性も理解している。戦意を喪失させたときにこそ、言葉は有効になるものだ。
――だが、彼は殺しすぎた。戦争を止めるための介入と称して双方を全滅させたのも二度や三度の話ではない。
表向きには平和裏に解決したことになっているが、その“裏”の部分の真実を知っているデジモンも多い。ただ、誰も大っぴらに話すことができないだけだ。
その彼がついに圧制を敷きはじめたのも耳に入れた。ほとんどの権力を掌握し、あえて恨まれるように帝王として思うがままに力を振るい始めたことも。
――これでは、まるで人型と獣型の間にある怨恨含めて、自分に不満の矛先をわざと向けているようではないか。
確かに、人型と獣型の軋轢は少なくなった。それ以上に憎むべき相手ができたから。
だが、これでは誰も幸せになどなれない。帝王として力を振るっている彼すらも。……あまりにも悲しすぎるではないか。
誰かが彼の望むとおりに救世主として彼を倒し、この世界を再び導かなくてはならない。だが、悔しいことに私には力がない。前世の記憶を引き継ぐ特異性を持っていたとしても、幅広い見識を持っていたとしても、私にはその力はないのだ。
ならば、私にできることは対抗できる救世主を見つけ出すこと。潜在能力は底知れぬ彼だが、きっとこの世界に彼に匹敵するだけの力を持つ者がいるはずだ。
数日後、私は予想だにしなかった再会を果たした。
私の目の前にいるのは、三人の完全体デジモンだ。一人は八つの羽を持つ大天使、ホーリーエンジェモン。一人は同じく八つの羽を持つ女天使、エンジェウーモン。一人はウサギのようなシルエットの長身の獣人アンティラモン。……完全体とはいえ、種族としての情報だけは知っていたので彼らにあったこと自体はさして驚くことではなかった。
ただ、一個体としての彼らは私を驚かせるには十分だった。
私ですら何もせずとも感じてしまう彼らの力はほかの完全体とは一線を画すもの。彼には及ばないが驚嘆に値する。
「お久しぶりです、ソーサリモン」
「……はい?」
ホーリーエンジェモンが荘厳な声で紡いだ言葉は私が己の耳を疑うには十分だった。久しぶりだと? 私には完全体の知り合いなど数えるほどしかいない。それも、これほどの力を持つ者ならなおさらだ。
そんな僕の動揺を悟ってか、エンジェウーモンがからからと上品に笑って補足する。
「無理もないです。そのとき私たちは“生まれたばかりの”成長期でしたから」
「まさか!」
その言葉で瞬間的に分かった。まさか、あのときルーチェモンと再開することになった彼らだというのか。
「ええ、そのとおりです。一年ぶりですか」
私が皆を言う前に、アンティラモンが肯定する。まるで私のリアクションをすべて予想したいたかのように。
それにしても驚いた。たった一年で完全体にまで進化。その潜在能力をトップレベルにまで押し上げるとは。これも一種の“フライング”とやらの恩恵か。……それとも、そうなるべくして生まれたのか。
彼らならば……いや、駄目だ。やはり、まだ心許ない。彼らはここでくたばってはいけない存在だと直感が告げている。
「どうかしましたか?」
「……ん? いや、なんでもありません」
不思議そうに覗き込むエンジェウーモンに空返事を返して、一度思考を打ち切る。
今更だが立ち話もなんなので、近くの飲食店に入ってそれぞれの近況を話し合う。
彼らがルーチェモンとともに暮らした目的。ルーチェモンが圧政を敷いたときの状態。そして、それに伴う彼らとルーチェモンの離別。
それを聞いて私は改めて確信した。――彼が本当に望んでいることを。その悲しさを。
彼が求めているものも世界の大多数の人々が求めているものも同じ。ただ、立場が違う。……それが何より滑稽で悲しくさせているのだ。
だったら、せめて彼の望むとおりにしてやろう。彼を倒しうる可能性を持つ救世主を見つけ出すこと。それが、私のなすべきことだ。
そんな会話の中で私が“それ”に気づいたのは偶然だった。
「あの……ちょっと失礼します」
「えっ……ちょっ、何を」
おざなりに謝って、エンジェウーモンの胸元を覗き込んで――私達には性別が存在しないので断じて変な気は起こしていない――確認する。……やはり見間違いではなかった。
「い、一体何をするんですか!」
「すいませんが、ホーリーエンジェモンとアンティラモンの体も確認させてください」
エンジェウーモンの言葉を無視し、残りの二人にも迫る。この事実が何を意味するのかは後々確認するとして、まずは存在を確認する。
結果的に言うと、予想通りあった。ホーリーエンジェモンにはビームシールドに隠れる左手の甲に。アンティラモンにはスカーフで隠れる首筋に。
「一体何だって言うんですか?」
「あなた方の体に小さく刻まれていたんですよ」
忘れることのないあのマーク。三日月の上に三つの三角形、下に雷をあしらったもの。どうみても彼が刻んだものだった。
「ルーチェモンの左胸に刻まれているあのマークがね」
「なっ……」
三人が絶句したのも無理はないだろう。彼にお気に入りか何かのつもりでつけられたのなら背筋が寒くなる。それでなくとも、何の意図があってどんな力を持っているか分からないぶん、不気味に感じても仕方ない。……言葉が足らなかったと今更ながら反省した。
「安心してください。詳しいことはさすがに分かりませんが、少なくともあなたたちに害をなすようなものではありません」
私自身魔術を扱う身である分、そういうものには詳しい。とはいえ、このマークに織り込まれた術式は内容を悟られないようにあえて複雑に組まれている。しかし、さわり程度しか分からなかったものの、それだけは断言できた。
「そうですか。……それにしても変な話ですね」
「何がですか?」
「いや、あんなふうにルーチェモンを突っぱねたあなたがそんな風に擁護したことがですよ」
私は返事を返さなかった。いや、返せなかった。……自分でも不思議だと思ったのだ。
――どうやら、私も記憶の中の“彼”がまだ彼の中に残っていることを無意識に望んでいたのかもしれない。
私が彼らのことを噂で聞いた瞬間、雷を打たれたかのような衝撃を受けた。あの三人が完全体のなかでもトップクラスというのなら、彼らは完全体という枠すらも超越した存在だろう。
いや、現にそうだった。慌てて、接触を図ろうと走り回ってなんとか対面を果たしたときに理解したのだ。――彼らがこの世界で初めて究極の領域にまで進化した存在だと。
「失礼を重々承知でお願いします。少々お時間をいただけませんか?」
足が竦みそうになったが、なんとか踏ん張って話だけでもと声をかけた。そこまでしておいて何なのだが、正直言って無理だろうなと思っていた。 私を見定めるような二十もの瞳に怖気づいていたのも事実だ。だが、後々本人達から聞いたとおり、彼らは気が短くはなかった。
「別にかまわない。個人的にそなたとは気が合いそうな気がするのでな」
緑の外蓑をまとった鏡の魔人――エンシェントワイズモンというらしい――がそう言ってくれたおかげで体中から力が抜けた。前世と私自身の記憶を振り返ればルーチェモンが私の前で本気を出したことは一度もなかったのだから、これほどのプレッシャーを感じたのは初めてだったのだ。
私もエンシェントワイズモンも学者肌だったため、自然と話が合った。成熟期にしては知識がある私の方が彼にとっては物珍しかったのだろう。
だから、私は「私以上に物珍しい者達がいる」と言って、あの三人と彼らを引きあわせることにした。
結果論から言うと、あの三人と彼ら十人の猛者を巡りあわせたのは大成功だった。彼らはあの三人の潜在能力を含めて認め、あの三人も彼らの実力を十二分に理解したのだ。
エンシェントワイズモンの力を借りて、三人に刻み込まれたマーク――彼は一種のスティグマだと言っていた――の本当の意味もやっと分かった。
これから、彼ら十人はルーチェモンとの決戦に臨む。
三人は彼らにもし何かあったときに、代わりに世界をまとめるという責務を負った。彼らは困惑していたが、実際十分な力が備わっていた。……それに、この決戦が終わればおそらく、更なる力が三人に宿ることだろう。
そして、私自身にも役目があった。私の身には多きすぎる役目だが、この身を犠牲にすれば可能なはずだ。
どうやら最終決戦は終わったようだ。……引き分けに近い形だが、ルーチェモンをダークエリアに封印することができたようだ。よかった。
それが分かれば十分。後はそれを教えてくれた彼らにこの身をささげよう。二つに分かたれた彼らの“魂”は今、私の体の中で精錬されて確固たる形をなす。
私の力のほとんどが彼らの“魂”を内包するために使い果たした。……それでもわずかながらに力が残っているのは前世の記憶を保持していたレアな存在だからか。なんにせよ助かる。後は転移術を持ってこの“魂”をあの三人のところへ送り届けるだけ。やるべきことはやった。それで十分だ。
右手で何とか握る杖に込められるだけの力を込めて、術を発動すると同時に私の意識は……いや、私の魂は消えた。
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