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後編A
 そろそろ事が起こると思っていた頃だった。人型と獣型が混合した数千もの軍勢がが大挙して僕の城に攻めてきたのだ。まるで大戦のあの最終戦のようだ。
「ルーチェモン、貴様の圧政もここまでだ! 貴様を裁き、新たな世界を作る」
 部下は全員退避させたからここには僕だけしかいない。思う存分力を振るえる。――では、見せてもらおうか。君達が救世主となりえる存在なのか。
「――がはっ……」
 拍子抜けだった。あまりにも弱すぎる。いや、それ以上に全く統率が取れていなかった。
 ばらばらに突っ込んで思うように技を使ってきたが、僕が軽く避ければ後ろの味方に当たっているではないか。
 僕が技を使うまでもなく、ものの数分で彼らは全滅した。
 その後も挑んでくるものはいたが、どれも取るに足らないものばかりだった。なかには人型だけや獣型だけというあほらしい軍もいたが、鼻で笑って容赦なく消し飛ばしてやった。
 この程度では僕を倒すなど無理だ。……まあ、僕が力ずくで押さえ込むのが臣民の選んだ道だというのなら、それでも構わない。
 全ての敵意を僕に向けろ。新世界の王となって導きたいのなら、僕を引きずり下ろしてみろ。




 強者というのはその立ち振る舞いから分かるものだ。僕の前に現れた十人のデジタルモンスターが良い例だろう。
 その姿はまさに十人十色。それぞれが一つずつ属性を体現した彼らは十闘士と呼ぶに相応しい。――救世主としても十分だ。
「君達、強いね。全員の潜在能力が完全体を遥かに凌駕している」
「当然だぁ。私達は完全体からさらに進化した存在ぃ――究極体だからなぁ」
 闘士の一人、巨大な火山そのもののようなデジモンが高笑いする。究極体ねぇ。進化の上限であったはずの完全体を超越した存在か。
「フフッ……アハハハハッ!」
「何がおかしい」
「いや、すまない。君達のようなのが来るのを待っていたんだ。――やはり君達は救世主に相応しい」
 これは素直な賛辞。この日をどれほど待ち望んだことか。
 これで、ようやくこちらも本来の力を発揮できるというものだ。
 深く息を吐き出し、集中力を高める。ゆっくりと地面から白と黒のエネルギー奔流が噴き出し、螺旋状にねじれて繭のように僕の体を包む。
 この二つは光と闇を現す。人型と獣型と同じくなかなか相容れないもの同士なのだが、僕の前ではそれすらも関係ない。相対する十闘士にも光と闇の闘士がいるからこそ、この力を使う気になった。
 パリンッと包みこんでいた繭が砕け、進化を遂げた僕が姿を現す。
 急成長したその逞しい体に生えた、六つの純白の天使の羽――首の近くの一枚だけは黒いけど気にしては駄目だ――と六つの漆黒の悪魔の羽が神々しくかつ禍禍しくその存在を知らしめる。
 分かるはずだ。この姿が、堕天の名を冠しながらも、その強さは頂点に相応しいものだということが。
「ルーチェモン・フォールダウンモード。……これが俺の真の姿だ」
「一切真の姿を見せずに世界を治めていたというの? 恐ろしいわね」
 俺が隠していた真の姿を現したというのに、予想よりリアクションがない。強いて言うなら人魚のようなデジモンがそう言ったくらいだ。
 まあいい。それほど自分達の力に自信があるということか。ならば、もう言葉はいらない。電子の怪物(デジタルモンスター)らしく、後は本能のままに互いに牙を剥くだけだ。
 ――さあ、真に世界を導くものを決めようではないか!




 俺の目に狂いはなかった。俺自身の体を使ってそれを証明した形になったが構わない。それで十分だった。……だが、足りない。まだ、僕を倒せてはいないのだ。
 先ほど漆黒の獣――エンシェントスフィンクモンを仕留めたところだ。残る十闘士は赤い竜――エンシェントグレイモンと白銀の獣騎士――エンシェントガルルモンしか残っていない。
 ――そろそろ決着か。
「ガイアトルネード」
 焦土と化した大地に強大な竜巻が吹き荒れる。エンシェントグレイモンが吐き出したものだがその威力は凄まじい。直撃するわけにはいかないが追尾性があるため簡単にはかわせない。ならば、封じ込めるまで。両手に聖と魔の光球を練り上げ、それで竜巻を挟み込み立体魔方陣を組み上げる。
 デッド・オア・アライブ――本来は聖と魔の光球で立体魔方陣を作り上げ、中に封じた敵を処刑する技だ。敵は二分の一の確率で死亡。仮に生き延びても重傷は確実だ。
 それは別に敵にだけ効果があるというわけではない。現に魔方陣が爆散ときにはすでに竜巻は消滅している。
「いくぞっ!」
 煙を裂いてエンシェントガルルモンが肉薄する。その手には黄金の大剣。俺の体を切り裂かんと振り下ろされる。
「ちっ……」
 反射的に避けるが右の羽を数枚もっていかれ、肩も軽く斬られた。そろそろ厳しくなってきたが、集中力は切らさない。すぐに反撃に移る。
 その大剣を持っていたエンシェントガルルモンの左手を右手で掴み、左手でその腹を何度も殴りつける。鎧を砕き、肉体に直接ダメージを与える。だが、エンシェントガルルモンは怯まない!? いや、逆に左手の大剣を離して僕の右手を掴み、右手でもう一本の大剣を振りかぶる。……してやられた!
「うおらあああっ!」
「がっ……」
 左半身を切りつけられる。反射的に半身引いたから入りは浅いが、切れ味は本物のようだ。
「まだだっ!」
「なにっ?」
 俺の体に刺さった大剣が黄金に発光。と同時にとてつもない速度で俺自身の体温が下がっていくのが分かった。
「アブソリュート・ゼロ」
「くっ……」
 体が次第に固まってくる。まるで俺を構成しているすべての電子が動きを止めはじめているようだ。
 だが、簡単にくたばりはしない。すぐさま聖と魔の光球を作り上げ、眼前のエンシェントガルルモンを挟み込んで立体魔方陣を形成する。
「しまった!」
 気づいたとてもう遅い。逃れる術など存在しないのだから。
「デッド・オア・アライブ」
「がああっ! ……くそっ」
 響く絶叫が断末魔となるかと思ったが、どうやら運がよかったようだ。傷だらけではあったが、エンシェントガルルモンは立ち上がる。
 残念ながら僕も他人の事を心配していられない。“アブソリュート・ゼロ”とやらのおかげで、いまいち体が言うことを利かなくなってきている。
「オメガバースト」
「くっ……」
 そこを狙ってかのエンシェントグレイモンの大技。閃光とともに破壊的な爆発が起こる。退避は無理か。ならば自分の体力を信じて、可能な限り前方に跳ぶ。
「ぐあああ……くっ!」
 ダメージは大きく、両方の羽を三つずつ焼かれてしまった。だが、それ以上の推進力は得られた。――一瞬でエンシェントグレイモンに肉薄するほどに。
「なにを――」
 それ以上言わせる前にその顔面に拳を何度も叩き込む。原型が歪むほどに殴ったところで、体を翻してその顎を蹴り上げる。体の動きは固くとも、その巨体を宙に打ち上げるには十分。
 残った左右三つずつの羽で飛び上がり、足でエンシェントグレイモンの後ろ足を絡めて固定し、頭を下にして自由落下。完璧なフォーム――断じて筋○バスターではない――はできなかったが、ダメージを与えるには十分だ。
「パラダイスロスト」
「ぐふぉあっ……」
 地を割るほどの衝撃がエンシェントグレイモンの顔面に浴びせられる。普通なら木っ端微塵なのだが、このエンシェントグレイモンは耐えやがった。さすが究極体というところか。
 だが、ここで仕留める。俺に勝てなかったお前達が悪い。
「ちっ……だが、終わりだっ」
「させるかあっ!」
「……っ!」
 完全に迂闊だった。エンシェントガルルモンが二本の大剣を持って迫っていたことにまったく気がつかなかったのだ。振り向いたときにはすでに遅く、両肩に深々と突き刺されて地面に押さえつけられてしまった。
「くそっ。だが、お前達も限界だな」
 それは事実のはずだ。だが、エンシェントガルルモンは意に介さぬように軽く笑う。
「そうみたいだ。確かに俺達にはもうそんな力はない。……だが、手段はある」
「何を……っ!」
 自分の周囲一帯が黒く渦巻いていることに気がついた。まるでそのまま包み込んで俺を飲み込もうとするかのように。……なんなのだこれは?
「これはエンシェントスフィンクモンの“ネクロエクリプス”。本来は対象を死の闇に葬る技だが、そこまでの破壊力はもうない。……だが、ダークエリアの奥底に封じるくらいなら可能だ」
 なんだと! エンシェントスフィンクモンが死ぬ前に仕組んでいたというのか。……完全にやられた。
 だが、もう十分だ。こいつらなら任せられる。
「俺の負けか。……デジタルワールドの今後は任せた」
「「だが、断る」」
「なんだとっ!」
 二人のあまりにも短い返答に思わず突っかかる。この世界を治める者を決める戦いのはずなのに、どういうことか。では、誰が治めるというのか。
「俺たちももう長くはない。だが、代わりに継ぐ者がいる」
「貴様も知っている三人だ」
「まさか、ロップモン達か?」
 瞬時に浮かんだのはその三人。尋ねてはみたがなんとなく確信していた。
「ああ。といっても、今は完全体になってるけどな。……あいつらは聡明で強い。貴様とともに暮らしていたとは聞いたが、別に心酔しているわけでもなかった」
「刻み込まれたマークもエンシェントワイズモンが解析してくれたから、貴様が彼らに施したものも知っている。――申し分ないだろ」
 お見通しってわけか。だったら僕には何も言う権利はない。
「勝手にしろ」
「ああ、そうさせてもらう」
「……そろそろ俺たちも限界だな。――だが、“魂”は次世代に残す」
 エンシェントガルルモンがそう言うと同時に二人の体はまばゆく発光。エンシェントグレイモンは赤い二つの光に、エンシェントガルルモンは白い二つの光になってはるか彼方へと飛んでいった。
「やっと……負けれた」
 そう言い終わると同時に“僕”の視界は闇に包まれた。
 ……どうやら僕がロップモン達に刻んだマークが発動したようだ。僕の強大な力は三つに分散されて、ちゃんと彼らの元に送られたはずだ。彼らが完全体だったというのなら、おそらくもうすでに究極体となっているだろう。それもとてつもない強さの。
 後は任せた。闇の底で君達の作る世界を見守っているよ。




 絶望した、この世界に。絶望した、世界を導けなかったデジモン達に。
 現在、僕や十闘士の代わりにこの世界を治めているのは、ケルビモン、オファニモン、セラフィモンの三大天使。つまり、僕の力を受け継いで究極体へと進化したロップモン達だ。
 最初の方は確かに大丈夫だった。秩序は存在していたし、三人それぞれが民衆の意見を吸い上げて反映できていた。
 だが、民衆の意識がまったく改革されていなかったのが悪かったのか、導くどころか逆に間違った意思に感化され始めたのだ。
 特にケルビモンが一番ひどかった。一人だけ獣型に進化したことが悪かったのか、獣型の人型への劣等感や不満を吸収してしまったようだ。自らを獣型デジモンの代表などとほざいて、もともと仲のよかったはずのセラフィモンやオファニモンにまでも劣等感を抱いてしまう始末。
 ……もう限界だ。頂点に位置するデジモンがこんなことで偏見がなくなるものか。こんなことになるなら、僕が管理していたほうがよかった。なんのために、自ら魔王となって救世主を待っていたのか。
 ……返せ、僕の世界を。返せ、僕のすべてを。
 貴様達がそんな腑抜けでいるのなら、魔王らしくすべてを奪い取ってやる!


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あきゅろす。
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