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前編A
 面倒なことになった。僕の存在が他の村の人に知られたようだ。ドアを強引に蹴破って、武装した村人達がわらわらと入ってくる。幸か不幸か、ロップモン達はいない。
「貴様が屑の人型だな。この村に侵入して何をする気だった?」
 リーダーらしき紺色の体毛の大柄な獣、グリズモンが見下すような視線でそう言った。我ながら散々な言われようだな。
「目的なんて特にないさ。行くところがないからちょっと厄介になっていただけだ。邪魔ならもう出るよ」
 そう言って立ち去ろうとするがグリズモンの大きな手で阻まれる。……やはり、簡単には分かってくれないのか。僕がここから去ればいいというものではないようだ。
「分かっていないようだな。人型がこの村にいること自体問題なのだ!」
「だから、僕がこの村から出れば――」
「そういう問題ではないのだ。もう!」
 僕の意見はグリズモンの怒声で遮られる。尋常じゃない迫力だ。
「この村を出て、どうする? ……仲間に場所を告げて襲わせるのだろう! そうだ、人型は残忍な種族。貴様を逃せばこの村は全滅するに決まっている!」
 怒声と言ったが、今思い返せば悲痛な叫びだったようだ。
 ――彼らは怯えているのだ、人型に。人型が恐ろしいから、その不安要素をなくすために排斥してきただけなのだ。やられる前に、やれ。そう考えた上に行動してきただけなのだ。
「じゃあどうしろと?」
 分かっていた。彼らが何をしようとしているのか。それでも尋ねたのはわずかな希望に掛けたかったからだ。
「今、ここで消えろ!」
「……っ!」
 グリズモンが振りおろした巨大な爪を腕を交差させて受ける。成長期である自分が成熟期であるグリズモンに単純な力では勝てない。数歩下がって間合いを取る。不可解なことに受けた腕には傷ひとつついていない。ありがたいが、なんだか自分が何者か分からなくなった気分だ。
「貴様……なんなんだ!?」
「ルーチェモン、成長期……のはずだ!」
 自分でも何言っているのか分からないけど、僕自身にとっても不可解なことなんだ。そういえばムースモンのとき、僕は一体何をしたんだ? どうやって彼らを殺した? 普通は成長期のデジモンにアーマー体の群れを殲滅することなんてできないはずだ。だとしたら僕は一体なんだ? なんなんだ?
 いや、今は考えている場合ではない。気を引き締めて、次に備える。
 だが、世界はタイミングが悪いことが好きなようだ。つくづくいやになる。
「帰ってきたですー……って何事ですかーっ!?」
「これは一体……」
「グリズモン、あんたね!」
 帰ってきたパタモン達に僕は何も言えない。だが、彼らは聡明だ。瞬時に何が起こっているのか分かったようだ。
「やはり貴様らか……家を我らから少し離れたところに建てた段階で不思議には思っていたがな。まさか人型とつながっていたとはな……貴様らは獣型の恥だ!!」
「っ! あんたねぇ……」
 まずい。プロットモンのスイッチが入ってしまったようだ。止めろ、ここは抑えてくれ。
 そんな僕の願いは通じず、彼女は堰を切ったように話し始める。
「なんでそんな風にしか考えられないの! なんでルーチェモンを人型という種族としか見れないの! 彼があなたたちに何をしたっていうのよっ!!」
「分かってないのは貴様だ! 人型であるという前提自体が大問題なんだ!」
「どう問題だってのよ!?」
「奴らは残忍な種族なんだっ!!」
 売り言葉に買い言葉。数倍の体格差など関係ないように二人は言葉をぶつけ合う。その姿に僕を含む全員が何も言えなくなる。……って、まずい! 危険すぎる。いつグリズモンが武力に訴えるかわからない。
「何も知らないのはあんた達よ!」
「貴様が知った風な口を利くなああっ!!」
「……っ!」
 と、思った瞬間にグリズモンが右手を振りかぶってプロットモンに殴りかかる。……だが、そうはさせない。
「くっ……」
 反射的に彼女の前に飛び出し、その拳を受け止める。不思議なことにあまり痛みはないが、力に逆らいはせずに再び距離を取る。
「なんで同族にまで手を上げるんだよ」
「分からずやに指導してやろうとしただけだ」
「分かってないのはどっちだよ……」
「ほざくな。人型の屑が」
 グリズモンとにらみ合いながら、互いに吐き捨てる。やはり、こいつらとは相容れない。プロットモン達ももうここにはいられないだろう。悪いがまた引越ししてもらうしかなさそうだ。
「……僕達はこの村から出て行く。もう戻ってこない。それでいいだろう?」
「そういうわけにはいかないな。仲間に密告されるかもしれん」
 やっぱり簡単には無理か。……だったら傷つくのは僕だけでいい。
「だったらプロットモン達だけは見逃してくれないか?」
「何……?」
 僕の提案にグリズモンは眉間にしわを寄せる。僕の真意を図りかねているかのようだ。
「ちょっ……」
「何言い出すんですー」
「正気ですか!」
 当の本人達が何か言っているが気にはしない。聞く耳を持つ気はない。
「彼女達は人型じゃない、お前達と同じ獣型だ。……お前達が恨むべき対象は僕だけだろ?」
「なるほどな……」
 人型を相手にしているには珍しく、僕の提案について考えてくれたようだ。どこか悪寒を覚える笑みを浮かべて再び口を開く。
「――やれ」
「なっ……」
 僕が声を上げるより早く、控えていた村人達が飛び掛かる。まるでグリズモンの言わんとすることが分かっていたかのように。
「きゃっ……」
「がはっ……」
「うぅ、痛いですー」
 その狙いは僕ではなく、プロットモン達。悲鳴を上げる余裕も与えられずに取り押さえられる。
「お前ら……何の真似だっ!?」
「ハッ、直立二足歩行を完成した人型がそんなことも分からないとはな」
 憤る僕を嘲笑うかのようにグリズモンは皮肉る。冷笑を浮かべた後に口にした言葉は耳を塞ぎたくなるものだった。
「そいつらと私達が同じだと……笑わせるな! 貴様のような人型と平気で関われる屑共と一緒にするな。そこにいるのはただの裏切り者、獣型の恥だ。……いや、獣型と名乗ることすらもおこがましい存在だ!」
 なんでそこまで言える。敵対する種族と関わったからって、今日この日まで同じ村で過ごしてきた同族をどうすればそんな風に言えるんだ。
「何なんだよ、お前ら……」
 無意識に拳を強く握って、怒りで狂いそうな僕自身の心を抑えようと試みる。でも、正直限界だ。彼らのいう人型の残虐さとやらが内から溢れてくるようだ。だが、うかつに動いたらプロットモン達の身に何が起こるかわからない。現在のこの世界の状況からすればなかなか滑稽なものかもしれないが、そんなことをいちいち気にする余裕はない。
 だが、焦燥から僕の額から汗が落ちたとき、予期せぬ乱入者が現れる。
「――大丈夫か! 同志よ」
 蜥蜴が二本の足で立ったようなそいつは、背中に巨大な大剣を背負って玄関の前に仁王立ちしていた。その後ろには同じように二本の足で地に立つデジモン達の群れ。――間違いなく人型だ。でも、なんで?
「ディノヒューモン……人型が獣型の聖域に土足で入るな!」
「獣型ごときが聖域という言葉を使うとはな。……笑わせてくれる」
 いや、そんなことはどうでもいい。彼らの乱入でわずかに隙ができた。できるだけ静かに一歩進み、そのまま一気に駆ける。
「なにをっ……」
 それ以上言わせる前にそのデジモンの顎を蹴り上げ、プロットモンを押さえていた手を浮かせる。そのまま空中で体をひねって、隣でロップモンを押さえていたデジモンの右側頭部を反対の足で蹴り、その横でパタモンを押さえていたデジモンに体当たりさせる。そのまま壁に叩きつけられた彼らと一番最初にけったデジモンが、そのまま気絶したのはうれしい誤算だ。まともに戦った記憶はなかったが先ほどのグリズモンとのやり取りで、なんとなく自分が普通の成長期とは何か違うとは思っていたがこれほどまでとは。
 なんにせよ人質は解放できた。こんな村さっさと出てしまおう。
「えっ……」
 そう言おうとした僕が見たのは大剣で腹を貫かれて徐々に体が消滅してゆくロップモンの姿だった。データの血溜まりを見れば、同じように血液データを撒き散らして粒子化をはじめるプロットモンとパタモンの姿が。
「なんだよ、これ……」
 そう言ったが、分かりきっていた。このような場に遭遇したのは二度目だから何が起きたのか分かっていたし、ロップモンの体に深々と突き刺さっているものから誰がやったのかも分かっていた。
「……ディノヒューモン!」
 先ほど乱入してきた彼をグリズモンはそう呼んでいた。間違いない、人型である彼がロップモン達を、僕の仲間を殺したのだ。
「なぜ怒るのだ、同志よ。ただ、野蛮な獣型を排除したというだけではないか。人型として当然の行動ではないか?」
「ふざけるなよ……」
 なんなんだ、こいつらは。プロットモン達が野蛮な獣型だから殺されただと……彼らのことを何も知らないくせに。
 ……ちょっと待て。なんだこのデジャビュは?
 その疑問の答えは記憶をたどればすぐに明らかになった。
 ――ソーサリモンが残忍な人型だからと言って殺したお前だけは!
 そうだ、ソーサリモンがムースモンに殺されたときも同じようなことを思ったんだ。……なんだそれ、人型も獣型も結局同じようなものじゃないか。
 「ディノヒューモン、貴様……よくも我ら獣型の同胞を!」
 グリズモンのその台詞が引き金となっ人型と獣型の争いが始まる。狭い家を飛び出して村全体での総力戦と化す。
 だが、もう僕にはそれすらも茶番に見えた。もともとプロットモン達を僕の人質のように扱っていたグリズモンがあんな台詞を言ったのも、それを契機に盛大な殺し合いをはじめたことも。
 ――人型が残忍で獣型が野蛮だとかそんなこと以前に、この場にいる全員が残忍で野蛮だったという事実も。
「ロップモン、プロットモン、パタモン……ソーサリモン、分かったよ。悲しいことに、これが僕達の真実だって」
 人型(ヒューマン)が残忍なのではない。獣型(ビースト)が野蛮なのではない。電子の怪物(デジタルモンスター)という生命体自体が残忍で野蛮な性質を持っているのだ。
 それこそが。怪物(モンスター)たる僕達の本性なのだ。
 だったら僕も怪物らしく本能に従おう。守りたかった人も、守りたかった獣ももういなくなってしまった。地獄の業火のごとく燃え盛る怒りは僕のちっぽけな理性では抑えられそうにない。
 両手を静かに合わせてゆっくりと離していく。その中には小宇宙が形成され、十個の超高熱球が神々しく光る。その様を確認した僕は記憶の奥底に埋もれていた言葉を口にする。
「グランドクロス」
 その瞬間、この世界から村がひとつ消えた。




 思い出した、自分がどういう存在なのか。理解した、自分が何をするべきなのか。
 人型も獣型も等しく愚かだ。それぞれ比べていがみ合うことすら馬鹿馬鹿しい。どちらも残忍で野蛮で愚かな怪物なのだから。
 でも、その考えに至ったものはそうそういない。誰もが自分自身が正しい高潔な存在だと考え、憎悪の対象となったものが愚かなのだと決め付ける。
 ソーサリモンから聞いたところによると、どこかの世界のどこかの古都には“汝自身を知れ!”という言葉が石碑に刻まれているらしい。――そう、知らなくてはいけないのだ。自分自身のことを。電子の怪物(デジタルモンスター)のことを。
 ――だから、僕がこの世界を導く。人型と獣型のどうしようもない争いもない、自分こそが正く高潔な存在だとほざく傲慢なデジモンが存在しない世界へと。

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あきゅろす。
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