第三話「紅蓮の飛竜」A 「どうだ。空を飛ぶのもなかなか気持ちいいものだろう」 「勝手にほざいてろ。焼き鳥にしてやろうか」 小馬鹿にした様子のアクィラモンに巧は悪態を着くが、その姿に余裕などない。巧は今アクィラモンの足に掴まれているので実質命を握られているも同然。離されでもすれば、真下に広がる森やそこに流れる川に落下してしまう。この高さなら間違いなく命はないだろう。それでも相手に弱気を見せないのはただの意地だ。 ――掴まれている以上、こっちが脱出するのは厳しいな。くそっ……ああもう、こうなりゃヤケだっ! 「くらえぇっ! 強化弾、モスモン――モルフォンガトリング」 最良の判断とは自分でも思わないが、この状況を甘んじて受けていられるほど落ち着いてなどいない。ならばせめて一矢報いようと、巧は体を捻ってD−トリガーをアクィラモンの腹に向けてその引き金を引く。 その銃口から放たれるは秒間百発もの弾丸。さながらマシンガンのように何発もアクィラモンの腹をえぐる。 「グギャァァッ! ……このっ、落ちろぉっ!!」 「いっ……」 捕まって尚抵抗を見せる巧に激昂したアクィラモンは、足を振るって巧の体を乱暴に投げ落とした。 ――空から落とされるなんて、どうすりゃ良いんだ?……俺、死ぬのか?……この世界来たばっかなのにもう終わるのか? 重力に従い自由落下していく巧に成す術はない。見えることない地面を見つめながら巧は自問自答を繰り返す。 「タクミィィッ!!」 ――リオモン? 突然聞こえたその声は肉体的に衝撃的な出会いをしたあの紅い小竜。ともに行動しているデジモンのなかで一番意気投合したリオモンのものだ。 「絶対、助けるからな! 諦めるな!」 ――あいつ、諦めてないのか? 俺空中で絶賛落下中なんだぞ。どうするつもりなんだ? 声の方になんとか顔を向けて視界に入れたのは、あの断崖絶壁の近辺の細い坂を走るリオモンの姿。断崖絶壁の近くからせり出しているような形なので足場は狭く、安定などしていない様子だった。巧との距離も空中を挟んで結構あるのだがそれでも彼は諦めていなかった。 巧が落下している方向を見据え、加速し始める。 ――まさか……あの馬鹿っ!? 巧はリオモンのしようとしていることが分かった巧は自分のことなど頭から吹き飛んだ。 「やめろおおっ!」 「うおりゃああっ!!」 血相を変えた巧は必死の形相で叫ぶ。だが、それで止まるリオモンではなかった。勢いを殺すことなく走り、そして崖から飛び出した。 ――何やってんだあいつは……飛べもしないのに俺を助けようとして崖からダイブするなんてよ…… どうみても翼のないその体で飛び出すとは。それも、数時間前に会った自分を助けるためにだ。こいつは真正の馬鹿なのか。でも、少し嬉しく思えたのも事実。だからこそ…… ――だから、こいつだけは死なせてたまるかぁっ! 「リオモォォンッ!」 巧の叫びが響き渡るとき、右手のD−トリガーが紅い光を放つ。 「なんだ……っ!」 右手の光を見た巧は即座に感じとる。――このD−トリガーに奇跡を起こす弾丸が自動で装填されたことを。 ――これは、新しい力か? ……よしっ! なりふり構っている時間など存在しない。ほとんど反射的にリオモンの方へ銃口を向け、頭に浮かんだ言葉を口にすると同時にその引き金を引く。 「進化弾(エボリューション・バレット)!」 放たれたのは光輝く流星のような弾丸。照準をしっかり定めていないにも関わらず一直線にリオモンの元へと導かれていく。 「くっ……うおあああっ!!」 見事に着弾したリオモンは沸き上がる力に歓喜するように咆哮。その体はまばゆい光に包まれて、内部でのデータの上書きによりその姿を変えていく。 「リオモン進化ぁっ!」 ――どうなったんだ? どうにもならなかったのか? 混濁する意識のなかで巧の頭に浮かぶのはそんな疑問だけ。 「タ〜ク〜ミ〜」 尽きぬ疑問に苛まれる巧の脳裏に響く誰かの穏やかな声。だが、巧にはその声が誰のものか分かった。 ――リオモンっ!? それは落下する自分を助けようと崖からダイブした馬鹿野郎の声だった。 「うぅ、リオモ……ン? お前、リオモンなのか? って俺、空飛んでる!?」 瞼(まぶた)を開けた巧は自分が置かれている状況に幾つもの疑問符を浮かべた。だが、それも無理はないだろう。なぜなら、大きな翼で羽ばたく見知らぬ紅い飛竜の背に乗って大空を飛んでいたからだ。 その飛竜は長い尻尾と腕と一体化した翼を持っていて、三本の角が頭に生えているその姿はどことなくリオモンを連想させた。 「俺はリオモンが進化したヴルムモンだ」 「成熟期に進化したのか……すげえっ。すげえよっ!」 その姿から連想した通り飛竜はリオモン――いや、リオモンが進化したヴルムモンだった。空中に放り出された巧を助けようと崖から飛び出したリオモン。そのリオモンだけでも助かることを願った巧。二人の思いが空を翔ける力となって昇華した姿、それこそがこのヴルムモンなのだ。 「ヴルムモンって言ったな。……よし、行けるか?」 「勿論」 何はなくともあれ奇跡は起きて自分達は生き残った。ならばやることはただ一つ。 「じゃあ……」 「「反撃開始だぁっ!!」」 背上の巧と声を合わせて叫び、ヴルムモンはその翼を羽ばたかせて仲間の元へと向かう。 「うわぁーっ! 私のせいで巧がーっ」 「落ち着いてください、葉月先輩! きっとあのクソ野郎は生きてますよ。何やかんやでしぶといですから……」 地面にへたりこんで泣き叫ぶ葉月を宥める一也。正直、巧のためにこんなに泣いているのが羨ましいところもあったが、それは些細なこと。葉月先輩の元気を取り戻すことが最優先なのだ。 ――何してんだ、巧の野郎は。戻って来たらボコボコにしてやる。 ただ、自分が巧を無意識に信頼していたことに一也は気づいていなかった。 アクィラモンに捕まった巧のことをこの場の全員が心配していたが、実際のところは彼らにそんな時間などなかった。 「……アクィラモン、来た!」 三葉の言葉通り、崖の向こうからアクィラモンが飛んで来たのだ。 「巧を心配する暇すら無いのかな……」 ――そういえばリオモンはどこに行ったんだろう? 若干苛立たしげに呟く充の脳裏に過ぎるのは、巧が捕まったときに真っ先に動いた小竜のこと。どこか危なっかしいからこそ多少気になるものなのか。 「残り四人と四人」 ゆっくりと飛んできたアクィラモンは充達の頭上で滞空。不敵な笑みを浮かべて彼らを見下ろす。 数はまだあるが個々の力はさしてない。各個撃破しようと次の標的を選んでいたそのときだった 「――バーニンググライド」 「なにっ……ガハァッ」 突然視界に入った、紅蓮の炎を纏った翼がアクィラモンの右首筋に叩きつけられたのだ。薙ぎ払うようなその一撃はアクィラモンの体を大きく吹き飛ばす。 「誰だ……っ!」 「五人と五人の間違いだろ? ……なんか、ややこしいな」 体勢を立て直したアクィラモンは目を見張った。上空から落としたはずの巧が紅い飛竜に乗ってそこにいたからである。 「だぁぐぅびぃー、本当に良かったー」 「葉月先輩に心配させやがって、……降りたら覚悟しろ」 「……生きてた」 「さすが、巧。だてに悲惨な人生送ってないね」 「みんな、心配かけて悪かったな」 やはり全員が巧達の安否を気にしていたのだ。心底ほっとした様子だ。 「これが……」 「進化ですね」 「すご〜い」 「オイラだって絶対進化してやる」 巧を乗せている飛竜の正体もその面影や纏う雰囲気からリオモンが進化した姿だと分かった。それにしても空を飛ぶことができるようになるとは……進化の力というのも目を見張るものがある。 「ヴルムモンだ。よろしく、チビッ子の諸君」 「「オイ!」」 ただ、中身はあまり変わっていない。というか調子に乗っているようなので、後で何らかの制裁を加えようと、未だ成長期の四人のデジモンはほぼ同時に思った。 「キサマら、生きていたのか」 赤い目を爛々と光らせてアクィラモンは忌ま忌ましげに言い放つ。確実に仕留めたと思った相手が実は生きていた。それも傍らにいたデジモンを進化させたなどとは、腹立たしいことこの上ない状況だ。 「不運や危険には、ある程度慣れてるんだ、なめんな! まぁ、マジで死ぬと思ったけど……」 「次は確実に倒す」「じゃあ、その前に浄化する」 ヴルムモンの背に乗っている巧とアクィラモンは、空中で睨み合って互いに言葉を交わし合う。 「ブラストレーザー」 アクィラモンが雷鳴のような鳴き声とともに赤い光のリングを一列に放つ。リングは飛距離が伸びるごとにより大きく、四方への逃げ道をふさぐように襲いくる。 「そんな攻撃なんてこうすりゃ良いだけだっ」 だが、ヴルムモンは逆に自分からアクィラモンに突っ込むように直進する。だが、これでは自ら光のリングに突っ込むようなものではないのか。 「なにを……っ!?」 だが、その体にリングが当たることはなかった。ヴルムモンは翼を一瞬折りたたんで、そのリングの内側の穴を上手く抜けたのだ。リングの穴を抜けてしまえばそのリングに当たることはなく、自然とリングの数も減る。動揺のあまり技を途中で中断した今なら尚更だ。 ――この程度の量なら十分圧し勝てる! ヴルムモンは距離を詰めながら口を開き、その中に溜めていたものを吐き出す。 「くらえっ、クリムゾンバースト!」 勢いよく吐き出すそれは紅の火炎。リオモンの頃の火の玉とは違い、対象を絶えることなく焼き尽くすそれはまさに火炎放射と言ったところか。 「なにっ、やめ……グヌアアアッ!!」 紅の火炎は迎え撃つリングを全て焼き払い、アクィラモンの体を凄まじい勢いで充達の後ろの森へと吹き飛ばした。 「グァァ、この……っ!」 大木にたたきつけられたアクィラモンは苦々しげな表情を浮かべて再び立ち上がろうとするがもう遅かった。 見開くその目の先には、ヴルムモンの背上でD−トリガーの銃口をこちらに向ける巧のしっかりと照準を定めた姿があった。 「クソッ……」 「終わりだあっ。浄化弾!!」 「ガハアァッ……」 放たれた清らかな光を宿した弾丸は真っすぐにアクィラモンの脳天を貫く。 「グゥゥ、ガァァァ……」 低く呻くアクィラモンの体が次第に白く輝きを放ちはじめる。そして、しばらくするとその体から「黒いもや」が抜け出ていった。 「ふぅ……やっと元に戻れました」 「黒いもや」が完全に抜け出たアクィラモンは先程とは全く違う丁寧な口調で礼を述べた。その目も赤く光ってなどいない、正気を保った目だった。 「ふぅ、疲れた」 「もう、へとへと……」 仲間の元へと戻った巧とヴルムモンは地面に足を着いた途端に膝から崩れ落ちた。その瞬間、なぜかヴルムモンはリオモンへと退化してしまった。 D−トリガーから与えられた力による進化ということは一時的な進化だということか。 「ごべんね〜、私のぜいで〜」 「は、葉月……!? ちょっ、待っ……」 だらしなくへたり込む巧に向かって葉月は泣きながら全力疾走。受け止める力など残っていない巧は顔を真っ青にするが、もう足を動かす力も残っていなかった。 「うわああ〜っ!」 「ごぶへあっ!!」 抱きつく葉月の勢いに完全に押し負けた巧は、勢いそのままに地面に後頭部を強く打ちつけた。 「巧の野郎、羨ま……いや、許さねえっ!」 余談だがこの後、嫉妬の炎を燃やした一也に巧はサンドバックにされてしまった。 「進化出来たからって調子乗んな」 「何がチビッ子諸君よ」 「そ〜だ、そ〜だ。」 「……呆れ果てました」 「ずびばぜんでじだ」 巧と同じように地面にへたり込んでいたリオモンは、他の四人のデジモンによって巧より先にサンドバックにされていた。 「――この崖の真下に流れる川に沿って行けば森を抜けられます」 「そういや、あったな。俺が落とされたのはもう少し遠いとこで、真下は岩山だったけど」 アクィラモンが首を捻って示す方向には、巧が落下していたときに見た森林があり、そこにはやはり巧も一度視界に入れた川があった。 「巧さん、本当にすいませんでした。……本当は私が下まで運ぶべきなんですが、ダメージが大きいので……すいません」 「いや、そのダメージを負わせたの俺達だから。こっちこそすまないな」 巧が先に崖下の川を見ていたのは完全に自分のせいなので、崖下に運ぶ力も残っていないアクィラモンは気まずそうな表情を浮かべる。巧達としてもそれだけの力を奪ったのは自分達なのであまり強くは言えるわけがなかった。 「ま、とりあえず降りてみようぜ。……行くぞ、リオモン。進化だ」 「え〜、またか」 再び進化を促す巧にリオモンは口を尖らせる。進化の感覚を覚えたためか、いつでも進化できるようになったようだが疲れるものは疲れる。現に今も身体の節々が痛い。 「仕方ないだろ。いくぞ、進化弾」 「リオモン進化――ヴルムモン」 それでもアクィラモンが動けない以上自分が頑張るしかない。身体にムチを打って再び飛竜へと姿を変える。 「さ、みんな乗れ」 「え、全員乗せんの……?」 だが、巧は非情とも思える言葉を放った。身体にムチを打って進化したのに、仲間全員を崖下の川まで運べなど冗談としか思えない。 「当然だろ」 「えぇ……」 だが、巧に真顔で言われて何も言えなくなる。もう退路は絶たれたようだ。 ヴルムモンは身体中に走る痛みに身もだえしながら、巧達全員を乗せて崖下へと降りていった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |