第二話「未知との遭遇」A 息を切らせながら後ろを振り返る。追っ手の姿は見えない。少しずつ歩幅を縮め、息を整えていく。身体が慣れていくと同時に思考も冷静さを取り戻す。 逃げ延びた先も相変わらず木が乱立するだけの森林。だがここまで何も目印が無ければ、逆にスナイモンに追いつかれることも無いだろう。 「ひとまず逃げられたみたいだね」 充がやっと絞り出した言葉に頷いたのは三人。いずれも木に手を置いて身体を支え、草を踏みしめる自分の足を見下ろしている。 巧だけは自分達が走ってきた道を振り返って睨みつけていた。この先に置いてきたものがある。がむしゃらに走ってきたためにそれがどこにあるかも分からない。ただ、そのままにして放置して割り切れる人間でもなかった。 「なあ、あいつら大丈夫かな」 口を突いた当然の疑問への答えは誰も持ってはいない。当たり前だ。ほんの僅かな時間であっても関わった相手。寧ろ僅かな時間であったからこそ、その間感じた心地良い親しさが心の奥に引っ掛かっている。だから、安易な希望的観測は口にできない。その逆は尚更だ。 代わりに齎された答えは巧が見つめる方向から聞こえた重低音。それはスナイモンの初撃を躱した際に聞いた、大木が倒れた時のそれに酷似していた。 戦いはまだ続いている。巧達が逃げきった後も、リオモン達は逃げることもできずに格上との戦いを強いられている。 「くっ!」 「どこに行くつもりだ、巧」 ほぼ反射的に飛び出そうとした巧の身体。その右腕を充が掴んで力任せに彼を止める。振り返った巧は今まで弄ったどのケースでも見せなかった形相をしていた。 「助けに行くに決まっているだろ」 「駄目だ」 無謀な主張に当然の返答。何のために逃げたのか。あの場で何もできないから、ここまで逃げてきたのだ。ここで戻ってしまえば、ここまでの逃避行も、それを支えてくれたリオモン達の戦いも何の意味も無くなる。 「はっきり言うよー。足手まといになるだけ」 口調とは裏腹に葉月が突きつけた言葉は厳しいものだ。何故ならそれが覆しようのない事実だから。助けに行ったところで何も出来はしない。せいぜい隙を作るための囮になって、動体を二つに分けられるのがオチ。状況を覆す力も無いのに助けに行くなど思い上がりも甚だしい。 「そんなことは分かってる!! 分かってるけど……」 だからといって、巧はこのままみすみす見なかったことにはできない。リオモン達との出会いをこんなかたちで終わらせることなど耐えられない。 力が欲しい。 いつのまにかそう願っていた。 この状況を変えられる何か。格上が相手という逆境を覆せる何か。それが欲しいと心から渇望した。求めるように右手が自然と自分の身辺を探り始めた。 「それでも、俺は……ん?」 右手の探索が止まる。右腰をさまよった先で慣れない感触を手にする。ベルトにしては固い、何らかの物体。それに視線を向けて最初に連想した物は西部劇や警察もののドラマで見た拳銃ピストルだった。 「なんだ、これ?」 拳銃という認識はおおよそ間違ってはいなかった。ベルトに付けた記憶の無いホルスターから取り出せば、銀色のボディが象る形状は記憶の拳銃とほぼ合致していることを確認できた。銃口付近とグリップが赤く着色されているのは妙だが、そういうデザインのものももしかしたら存在するのかもしれない。 ただ、デザインという言葉だけで看過できないものがある。それは拳銃の一方の側面に埋め込まれた液晶らしきディスプレイと、その横に三つ並んだグリップと同色のボタン。 少なくとも巧はこんな電子的な拳銃は知らない。となれば、これは拳銃の形状をしたまったく別のデバイスなのだろう。 「なあ、なんだこれ?」 「僕が知る訳ないだろう。君こそそんな玩具おもちゃなんで隠し持ってるんだ」 唐突に出てきた謎の道具に張りつめていた空気が壊される。玩具おもちゃとは言い得て妙だ。日曜朝のヒーロー番組やアニメに出てきてもおかしくない。それほどにチープと言えばチープなデザインで、少なくともシリアスな場面で中学生が取り出す物では無いだろう。 「違う。この森に来た時には無かったのを確認しただろ。……それに、お前らの腰にも似たようなのあるぞ」 「あら、ほんとー」 だが、哀しいことにそのチープな玩具おもちゃがこの場の全員の腰に、ベルトに付けた記憶の無いホルスターとともに装備されていた。しかも、グリップの色だけは各自ばらばらという力の入り具合。それぞれ充は青、葉月が黄緑、一也が緑、三葉が桃色。識別には便利だが、そもそも用途も出自も分からない。 「本当に何なんですか、これ?」 「……何か書いてある」 全員が謎の玩具おもちゃを取り出し、猜疑心の籠った目で観察する。その中で三葉が見つけたのは、ディスプレイの真下に作られた文字のレリーフ。幸いその文字は簡単な英語だったため、あまり学業が得意でもない巧にも読むことができた。 「『D-TRIGGERD-トリガー』……っ!?」 その文字を口にした瞬間、五人の脳に稲妻が走った。半分は比喩で半分は文字通り。瞬間的にある情報が一気に流れ込んできたのだ。 「な、んだこれ……強化リインフォース……技術スキル……浄化ピュラファイ……ぐ、ああああっ!?」 それはこの瞬間から自分達の武器となる弾丸の情報。手にしたデバイスがただの道具でも、ましてや玩具おもちゃでもないという証。 「あが、あああ……そうか。そうなのか」 鋭い痛みを伴う情報の奔流に晒されながらも、巧達の表情は苦悶に歪んではいなかった。それは得られた情報のすべてが自分達の手にした力の証明だったから。自分達になら逆境という状況を覆すことができるという確証が得られたから。 「ついでにオプション付きか」 出自の不明な代物は他にも、服のポケットの中に一つあった。巧はゴーグル、他の四人はサングラスのようなもの。先ほど流れ込んだ情報はあくまでD-トリガーのことのみだったため、その使用用途は分からない。 何であれ、今自分達の手元には対抗できるだけの力がある。出自が不明であっても、今それを使うことで状況が打開できるのなら十分だ。 「充、みんな、もう一度言うぞ。――俺はリオモン達を助けにいく」 今度は巧を止める者は誰も居なかった。全員がその後を追い、置いてきた物を取り戻しに走った。 「助けに来たぞ」 そう言って、巧は笑顔とともにリオモンに手を伸ばす。リオモンはその手を取ることも出来ずに巧の曇りのない目をただ見つめていた。 彼の頭を埋めるのは大量の疑問符。 なぜ、自分は助かったのか。なぜ、巧達がこの場にいるのか。その手に持っているのは何なのか。なぜ、笑っているのか。 「なんで……」 やっと声を出せはしたが、まず問うべき疑問の対象すら曖昧だ。リオモン自身もまず何を問えばいいのかも分かっていなかったのだ。 胸の内に蠢く感情が、十数分ほど前に巧が抱いたものと同じものだとリオモンは気づいていない。 「理由ならお前の方が知ってるだろ。――ただ、お前らを守りたいって思ったんだ」 巧はそれを理解していた。だから、この言葉を選んだ。かつて守られた相手を今度は守るという決意を込めて。 「嫌というほど納得した」 観念したとでも言いたそうな表情で、リオモンはその手を取って立ち上がる。手を通して伝わる互いの熱量。それは守り守られる相棒パートナーとして認めた証。 「いくぞ、リオモン」 「ああ、巧」 視線をスナイモンへと移す。闖入者による動揺は既に解消されたらしく、奴は既に戦闘態勢に移っている。こちらを見据えて鎌を振りかぶる構えは、未遂に終わった一撃を再度振るおうとしているに相違ない。 「また、来る」 「させないよ。強襲弾リインフォースバレットイッカクモン――ハープンバルカン」 だが、既に先手は打たれていた。射手はガルモンの隣でD-トリガーを構えている充。スナイモンが構えを完成させるより早く、その引き金を引き、内部で生成した弾丸を銃口から放っていた。 放たれた弾丸は弾丸と言うには妙な形をしていた。表面がざらついたその黒色の三角錐は生物の角のように見える。だが、それは本命を覆う外殻でしかない。 標的から十メートル程で不意に角が割れる。二つに分かれた外殻の中から姿を見せるのは、灰色の小型ミサイル。外殻から解き放たれたミサイルは自ら尻に火を付け、目標へと走る。 その軌道は不安定で何度も屈折する。おかげで防御行動に移ったスナイモンはその動きを捉えることができない。ミサイルは複雑な軌道を描きながらも、予め狙いを定めた一点に確実に着弾する。 「グ、アガアアアッ!」 スナイモンが初めて悲鳴を上げる。最後の最後でなんとか軌道を読み取ったのか、両手の鎌を顔の前で重ねてミサイルを受けたものの、完全には受けきれなかったらしい。軌道が読みづらかったのもあるが、単純な威力も今までで一番のものだった。――当然だ。多少威力が落ちていたとしても、これはスナイモンと同じ段階の力なのだから。 「今イッカクモンって、それにあのミサイル……やはりその銃は」 「……ええ」 D-トリガーが撃つのはただの実弾ではない。強化弾として、メモリー内に記録されたデジモンの技を弾丸に加工して放つことができるのだ。当然、すべての技が強化弾として放てるわけではない。だが、人間が怪物デジモンと相対するには充分心強い武器となる。 それに人間がデジモンに対抗するための武器というのは、D-トリガーの一側面に過ぎない。 「今だ、リオモン。俺を信じてあいつに突っ込め」 「任せろ!」 ミサイルの激突によって生まれた煙が晴れていく。完全に消える前に詰めの一手を仕掛ける。その一手が何かは分からないが、リオモンにとって今の巧の言葉は自分の背中を押すには充分だった。 「頼んだぞ」 駆けるリオモンの背を見つめ、巧はD-トリガーの銃口を視線の中心に向ける。撃つべき弾丸も撃つべき相手も確定した。後は思いを乗せた言葉とともに、その引き金を引くだけ。 「技能弾スキルバレット――ユキダルモン」 弾丸が放たれる。それは赤い光の矢。見た目や材質が先のミサイルと違うのは一目瞭然。だが、それ以前に決定的に違うものがこの弾丸にはある。 「んが!? な、んだ」 狙い通り標的に命中。だが、その標的はスナイモンではなくリオモン。当然被害者である彼は困惑の表情を浮かべるが、それは突然思考に流れ込んでくる情報によって洗い流される。 「あ、ぐく……分かった。やればいいんだな、巧!」 流れ込む情報が自らの一部となる。与えられた情報の意図を正確に理解する。――そして、刻まれた情報によって存在が一時的に書き換えられる。 「いくぞ、スナイモン」 改変される自分を受け入れ、リオモンは一直線に駆ける。標的は目と鼻の先。既に煙は晴れた。スナイモンは防御態勢を解除しつつある。だが、まだ二つの鎌は重なり合ったままの状態。 「絶対零度パンチ」 その交点に右手に作った拳を叩きつける。瞬間、拳から満ちる冷気が周囲の空気を凍らせる。当然、スナイモンの二つの鎌は一つの氷に覆われ、手錠のように動きを縛る。 「ナ、ニ……?」 スナイモンの戸惑う声も当然だとリオモンは思った。自分自身、こんな技を使った記憶もないのだから。 これは巧が技能弾と呼んだ弾丸を通して与えた力。弾丸が与えた情報を用いてリオモン自身を構成する情報を一時的に書き換えることにより、彼は他のデジモンの技を使うことができたのだ。 「よくやった」 「ナイスアシスト」 巧はこの弾丸をリオモンに対してのみ使うことができる。当然と言えば、当然か。巧はリオモンを助けたいと思って、D-トリガーを手にしたのだから。 それに他のデジモン達にもそれぞれ対応するD-トリガーとその使い手が存在する。 「いくよ、ガルモン。技能弾――モスモン」 「やっちゃえー、ピクシモン。技能弾――ウィザーモン」 「お前の力を見せてみろ、テリアモン。技能弾――ドリモゲモン」 「……ロップモン。技能弾――ユニモン」 充達がそれぞれ助けたいと思った相手に向けて引き金を引く。放たれた弾丸を背に受けたデジモン達は、それぞれ多様な力を与えられる。 ガルモンは機関銃のような新たな武器を。ピクシモンは雷雲を操る魔術を。テリアモンはドリルのように回転する巨大な一本角を。ロップモンは気功で生成した気弾を撃ち出す能力を。 「モルフォンガトリング」 「サンダークラウド」 「ドリルスピン」 「ホーリーショット」 一時的に与えられた力を四人同時に解き放つ。 弾丸が飛び散る。落雷が轟く。螺旋が穿つ。気弾が爆ぜる。 人間が与えたい力を弾丸として撃ち込み、デジモンが自身の身体を持って体現する。それがD-トリガーが介する人間とデジモンの相棒パートナーのかたち。 「ガ、ギ……斬る。斬り殺す」 既に形勢は巧達に傾いていた。スナイモンは立ち上がってはいたが、氷が溶けていようが鎌を振るうことすら満足にできない有様。それでも呻きながらこちらに敵意を向け続ける姿勢には恐怖を覚える。 何が奴をそこまで駆り立てているというのか。目的も分からない。そもそもまともな会話も成り立ってすらいない。――狂っている。 「黙ってろ。クリムゾンフレイム」 なおも動こうとするスナイモン。その右足にリオモンが吐き出す紅の炎が直撃する。十数分前では止めることはできなかった。だが、損傷を負った今ならば一段階下のリオモン自身の技であっても、十分なダメージとなる。 「ん? あれは……」 着弾した右足を起点に煙と煤が舞い上がる。ふと、その煤に違和感を覚えた。何か混ざりものがあるように思えた。それも本能的に拒絶するような類の物だ。 「そういうことだね。――僕がやる」 偶然か必然か。それに対する弾丸もD-トリガーは生成することができた。いや、それに対処するためにこのD-トリガーというデバイスは在る。 すぐに目当ての弾丸を選択し、充はその照準をスナイモンに向ける。これがスナイモンを救う最適解でもある。 「浄化弾ピュラファイバレット」 引き金を引く。神々しい白光を放つ弾丸がスナイモンの額を貫く。 数秒後、スナイモンは動きを完全に停止する。それまでの間、その身体は白い光に包まれ、煤と似て非なる黒い粒子が逃げるように排出されていた。 「――ぎぎ、ぐあ……こ、こは?」 呻き声が明確な言葉になると同時に、スナイモンは周囲の情報を正確に認識する。ここは自分がホームとしていた森林。他所から来た者なら違いが分からずとも、自分なら今の現在地が広大な森林のどの辺りか正確に理解できる。問題はなぜこの場所で倒れているのか。 「いづっ……ああ、そうか」 スナイモン自身が答えを理解していた。混濁していた記憶も既に正確に認識している。その記憶において、意識と身体の動きに多少では済まされないずれがあったことも。 「起きたのか」 「ああ、起きたよ。……助かった。本当にありがとう」 駆け寄ってくる面々のこともスナイモンは把握している。彼らは先ほどまで自分と戦っていた相手。――そして、自分を助けてくれた恩人でもある。 「まあ、あれだ。気にすんな。……で、一応聞くけど、また襲って来たりしないよな」 「そっちは大丈夫だ。もうあんな暴走はしない、っづつ……そもそもまだ動けないな」 そこまで酷い怪我は無いものの、あまり無理して動く必要もない。簡単な手当てもしてくれたようで、休養と自然回復で持ち直すことができるだろう。デジモンというのはそういう意味で体力面に優れた生命体でもある。 「あ、っと……仕方ないとはいえ、ごめんな。傷つけて」 「いやいや。おあいこだし、俺にとっては恩人だ。頭は下げないでくれ」 少なくとも自分に正気を取り戻させてくれた相手が謝る程のことではない。それがスナイモンの本音だ。 「それに謝るのは俺の方だろう。急に襲ったんだ。その理由くらい話す責任が俺にはある」 寧ろ最低限の責任を果たさなければならないのは自分の方だと思っている。それを果たすため、スナイモンは自分の身に起こった顛末を語り始めた。 スナイモンの話を簡潔にまとめるとこうだ。 昨日、スナイモンはいつものようにこの森で食料調達をしていた。その最中に遠くの方に黒い煙が立ち上っているのを発見。不穏な気配を感じながら近づいていくと、いつのまにか視界が黒いもやのようなものに覆われていた。それに気づいた直後、無性に腹の底からイライラしてきて、そのイライラが限界を超えた途端、身体が自分の意思を無視して勝手に動き出していたらしい。 見方によっては嘘に塗れた言い訳にも聞こえる。だが、戦闘時と現在のスナイモンの様子が明らかに違うことから、スナイモンの話は信用に値するだろう。 「黒いもや、か。浄化弾を撃つときにそれらしいものを見たね」 黒いもや。デジモンがそれを吸収すると、身体の自由を奪い暴走させる。実際に効果のあった対抗策は浄化弾を撃つこと。感染対象がデジモンということを考えると、情報をバグ化させるウィルスと言い換えることもできるかもしれない。 「俺と同じように暴走させられているデジモンがまだこの森にいるかもしれない。悪いが俺は一緒に行けないから、気をつけてくれ」 スナイモンは可能性として忠告したが、確定事項として考えた方がいいだろう。この森には間違いなく黒いもやに暴走させられたデジモンがまだ存在する、と。 「ああ。そっちも気をつけろよな。――じゃあ、行くか」 ひとまず今回は生き延びることができた。これからもそうだ。少なくとも、仮ではあるが定めた目的地――ミドルタウンに辿り着くまでにくたばる訳にはいかない。 気持ちを新たにここから冒険を始める。巧がそのための最初の一歩を踏み出す。 「あ、そうだ」 「なんぞ」 その一歩を軸足に巧は百八十度回転。一度背中を向けたスナイモンに二秒足らずでまた顔を向ける。あまりの鮮やかな転身にスナイモンも思わず妙な口調になってしまった。 「いや、一緒に来れないならせめて、だな……」 もじもじとする巧の仕草に違和感を覚えながらも、スナイモンは次の言葉を穏やかに伺う。だが、その穏やかさはすぐに乱されることになる。 なぜなら、数十分前に自分を傷つけたD-トリガーの銃口を再び向けられたのだから。 「な、なななな何ぞぉぉっ!?」 動揺のあまり、スナイモンの口調がまた変な方向に進化する。だが、動揺も当然だ。一度戦いはしたものの、妙な誤解も無く分かり合えたと思った相手にいきなり銃を突きつけられたのだ。 残念ながら負傷で動作は鈍っており、各種行動に移るより早くに巧の弾丸が自分を貫くことは容易に予想できてしまう。 「バレット・スキャン」 巧が引き金を引いた。 一秒。一瞬だけ光がちらつく。 二秒。痛みは無い。 三秒。意識も身体の自由も健在。 四秒。新たな外傷はない。 五秒。スナイモンは当然のように生きていた。 「あ、りゃ?」 「いや、ごめんごめん。驚かせて悪かった」 くつくつと巧が笑うのを見て、やっとスナイモンは彼が自分に危害を加えるつもりが無かったことを理解した。と同時に一気に脱力して、身体が変な方向に曲がった。 「あだだ……一体何をしたんだ」 「ああ。お前の技の情報をコピーしただけだ。いや、さ。俺ずっと驚かされる側だったから、たまにはこういうことしたかったんだよ」 一通り満足したらしい巧にスナイモンは何も言うことはできなかった。いや、色々と言いたいことはあったが、少なくとも考えがまとまる状況ではなかった。 「そっかー。巧はこういうどっきりが好きなんだー。……最低」 「状況が理解できていない馬鹿が居るなんて僕も知らなかったよ」 「流石の俺も今回はマジで引いた」 「……死ね」 ただ、スナイモンが抱えていた感情以上のものが、充達によって言葉と暴力によって巧に齎されることになった。 「なんだこれ」 「愉快なら良いってものじゃないでしょ」 「問題しかないね〜」 「頭が痛くなってきました」 一連の騒ぎをガルモン達はただ呆然と眺める。自分達デジモンにとって巧達人間の方がモンスターなのかもしれない。困惑する思考の中で全員が一度はそんなことを思った。 「まあ、何とかなるだろ」 一方、リオモンはガルモン達に笑顔でサムズアップを向けていた。ただ楽観視した訳ではない。既に思考を放棄していたのだ。 これが彼らの冒険の始まり。記憶を巡る旅路の記録がここから刻まれる。 [*前へ][次へ#] [戻る] |