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第四十二話「強欲の狂杖」A
「あー、なんて嬉しくない驚愕の事実だこと」
 ルーチェモンが用意した「七大魔王」が、かつて戦ったリヴァイアモンと同じような存在だとするのなら、そのコアとなった進化元のデジモンがいてもおかしくはない。だが、そのデジモンがかつて行動を共にしたデジモンだとは想定していなかった。
「何を思い浮かべておるのだ。貴様らは何を知ったうえで小生を語る」
「アンタ自身のことよ。……と言っても、自覚もないんでしょうけど」
「何を言っている。小生はバルバモン、強欲の名を冠する魔王ぞ」
 黒い気弾が光球にぶつかり消えていく。互いの魔術による銃撃戦を続けながら言葉を交わす。ティターニモンはの目の前に居るのは、七大魔王などという強大な相手ではなく、ただ七大魔王に仕立て上げられただけの普通のデジモンでしかなかったのだ。
「葉月」
「分かってる」
 だが、その事実はただ悪いことだけではない。ガビモンと同じような存在なら、同じように浄化弾で対処ができるはず。その前準備として、悪いが相手には少し痛い目を見てもらう。
「行きなさい、我が子よ!」
 ティターニモンの杖が一際強い光を放つ。即座に大量に発生し、バルバモンの全方位を覆うように展開する光球の大群。考えを読まれて正確に逃れられるのなら、読まれたとしても逃れる術のない包囲網で、その数の暴力で押し潰す。何の捻りもない、単純明快な策だ。
「そう簡単にさせると思うてか」
「私がそれをやり通させるって、あなたが一番分かってるでしょーが。強襲弾、メガドラモン――ジェノサイドアタック改」
 バルバモンが杖から散発的に黒い気弾を放ちながら、包囲から逃れるべく動きはじめる。だが、放たれた気弾は葉月がD-トリガーから放ったミサイルの連射が残らず食い止める。葉月はあくまで迎撃に徹しているだけ。最初から後手に回って機械的に対処している相手には「悟り」をベースにした読心能力も効果は薄い。
「もー逃げ場はないわよー」
 葉月がバルバモンの妨害を防ぎ、ティターニモンが彼の逃げ道を封じたことで完成する、バルバモンを中心とした光球による球状の包囲網。ティターニモンの合図一つで、四方八方三百六十度の光弾の雨が彼を襲うだろう。
「逃……げて」
 突然ティターニモンが呻くような声を上げる。ゆっくりと振り向くその瞳は先のデスモンと同じ緋色に染まっていた。そういえば、デスモンの本来の目の色は黄金ではなかったか。
「やられた……」
 奥歯を噛みながら葉月は視線を前に向ける。バルバモンを覆う光球の照準はもう、彼ではなく彼女を標的に据えていた。
 デスルアー。バルバモンを相手にする上で最も警戒すべき技を使われてしまった。発動手順までは知らなかったとはいえ、これは完全にこちらの落ち度だ。
「やれ」
「あーくそっ、強襲弾、シーサモン――石敢当改」
 バルバモンの声を合図に掃射される光弾。葉月は目の前の地面から壁を生成し、それが十秒持たずに砕ける間に退避。
 パートナーの攻撃を避けた先で、葉月は自分の武器をパートナーに突きつける。こちらを見下ろすティターニモンの瞳は緋色に染まり、ハイライトも消えている。それが彼女の状態を示しているのは明白。だが、葉月の目はパートナーを操られたことに絶望しても、打ちのめされてもいなかった。
「そうか。お主、まだこいつを助けられると思っておるのだな」
「当たり前でしょう」
 仲間一人が操られる展開には何度もぶつかった。そんな状況を撤回してきた男を支えてきた自覚はある。自分にもそれを為せる力があり、その成果も実証できていた。何を諦める必要がある。
「そうか。浄化弾か。確かにあれなら小生のデスルアーに対抗はできよう」
 葉月の思惑は当然バルバモンにも筒抜け。だが、ばれたところでやることは変わらない。胸中には虫が這いまわるようなざわつきが暴れだしているがやるしかない。自分が決めた為すべきことを通せばなんとかなると信じていた。
 バルバモンの嫌ににやついた表情を見るまでは。
「では、これはどうか」
 ティターニモンの左手が静かに動く。ボトムの矛先はバルバモンにも葉月にも向いておらず、石突は彼女自身の腹部に突きつけられていた。
「あなた……まさか!?」
 読心能力が無くとも、バルバモンがティターニモンにさせようとしていることは即座に分かった。
 機会チャンスさえあれば苦難も打開できる。その前提があったからこそ、葉月は自身の可能性を信じ考えを貫こうとした。だが、もしその機会チャンスすらなかったら? ――たとえば、救うはずの相手がその命を捨ててしまったら?
「やめてええっ!」
「我が傀儡に命ずる。――自害せよ」
 葉月の叫びにバルバモンは口元を歪めながら、彼女が最も恐れた指示を下す。ティターニモンの左手が彼女の腹へ一気に近づく。手に持つ杖の石突もブレーキを忘れたかのように主を貫こうと走る。その様はまさしく切腹を命じられた武士のよう。そこに躊躇いもそのための意思すら存在していなかった。
「っ」
 葉月の意識がティターニモンだけを捉える。音が消える。時間が止まる。世界が固まる。葉月にできるのは、ティターニモンが彼女自身で命を断つのを見送るだけ。
「――ほう、止めたか」
 そのはずだった。杖はティターニモンの腹を貫通せず、石突が衣装に触れた状態で彫像のように固まっている。
「はぁ……そういう、こと」
 葉月の視線が自分の愛銃へと移る。画面には選定した記憶のない弾丸が表示されていた。その弾丸の元になった技はロトスモンのセブンズファンタジア。対象の意識を幻想の世界へと飛ばすのがその効果。
 ティターニモンはバルバモンに操られた意識ごと、葉月の作った幻想に囚われているのだ。
「運が良いのか、カンが良いのか。いずれにせよ、どちらにとってもその女はもう使い物にならんな」
 つまらないかたちで思惑が外れた。そうバルバモンが吐き捨てた直後、彼の右耳に閃光のような弾丸が走る。視線だけ動かせば、葉月が無言で撃ってきたことは分かった。その表情にはこれ以上パートナーに関して話すことを許さない傷まみれの意思があった。
「ふん。操られたパートナーを封じて一人になっても、小生の相手をしようというのか。――おとなしく委ねれば楽になれたものを」
 ティターニモンが行動不能になった段階でバルバモンにとってこの戦いは戯れ以外の何物でもなくなっていた。だが、それでも歯向かおうとする勇者おろかものを相手にするのも魔王の務めというもの。そう理論付けてはいたが、実際のところ諦めない葉月に向かおうとする自分の心をバルバモン自身が分かっていなかった。
 声も出さずに葉月はひたすら引き金を引く。まともに選定することもなく放たれる弾丸は質も悪く、バルバモンの気弾に悉く潰される。だが、葉月は構うこともなくただ弾丸を放つ。
 それはいつしか強い感情によるものというよりは、むしろ機械的な行動になっていた。行動に至る経過も、その大元である理由もいつしか忘れ、ただただ引き金を引いていた。
「……あ、れっ?」
 彼女が初めてそのことを自覚したのは三分後。疲労からか、足元の石に躓いたときだった。
「な、に?」
 合わせて気づく自分の異変。靄に包まれたかのように、見える世界から現実感が薄れていく。靄に意識が侵されていく。
 なぜ自分は先ほどまで感情的になって引き金を引いたのかはもう分からない。いや、誰かを侮辱されたから引いたことは憶えている。ただその誰かの姿が、表情がぼやけて認識できない。そもそもその誰かを大事に思う自分はいったい何なのか。
「あ……か」
 嫌だ。嫌だ。そんな大事なものを、大事な思い出を、大事な存在を手放したくはない。
 今見ているものがイメージリアルかも分からない。それでも、刻一刻と無くなっていく自我をかき集めようと手を伸ばす。その先にあるのは大事な誰かとの繋がりの証であった銃。
「ああっ!!」
 右耳が間近に聞いた炸裂音。それは他でもない葉月が自分自身に弾丸を撃った証拠だった。
 身体が左に大きく傾く。磁石でも仕組まれているかのように左半身と地面との距離が急速に縮まる。そのままどさりと音を立てて倒れる。
「……ふくっ」
 バルバモンがそう確信した直後、葉月の左足がしっかりと地面を捉え、彼女の状態を持ち上げた。その瞳はわずかに赤みを帯びてはいたが、ちゃんと彼女の意思はそこに残っていた。
「ぎりぎり自分に浄化弾を撃って持ち直したか」
「あかっ……はぁはぁ」
 身体と精神、両方からの疲労が葉月に一気にのしかかる。だが、それを自覚できるほどには彼女の意識は戻っていた。自分が掛けた幻に囚われたパートナーと、自分の意識を塗りつぶして自我を消そうとした相手も、正確に認識できている。
 そして、目の前に広がる焦土が元々自分達が戦っていたあの広間の成れの果てではないことにも気づいた。
「気づきおったか。――ここがデスルアーが作った地獄だということに」
「ええ」
 気づいたきっかけは単純。ただそこにかつて広間の一部だった残骸――瓦礫が一切存在していなかったこと。あまりに単純で普通なら見落としはせずに不審に思うことなのに長い間気づけなかったのは、既にデスルアーの侵食が始まっていたからだろう。そうでなくても不意に蠢いた胸のざわつきに気づいた段階で侵食に気づくべきだった。
 空間を地獄という名の結界ホームグラウンドへと作り変え、誘い込んだ相手の意識を拡張されたバルバモンの意識で塗りつぶし、自我を消して傀儡とする。それがこのバルバモンのデスルアーという技の本質だったのだ。
「だが、今さら気づいたところでどうするというのだ? 浄化弾で一度は引き戻したとはいえ、まだ逃れられてはおらんのだぞ」
「さあ、あなたは、どう思う?」
 バルバモンの言っていることは否定のできない事実。それはなんとか意識を取り戻し思考できるようになったからこそ、嫌というほど理解できた。現にバルバモンへ筒抜けの思考で模索している間にも、また意識が少しずつ遠のき記憶が次第に塞がれていくのを自覚していた。
 だが、残念ながら手は浮かばないし、それを考える思考能力も次第に奪われていっている。バルバモンは初撃のパンデモニウムロストと同時にその力を展開したのだろう。それから経った時間を考えれば、葉月がまだ自分の意思で立っていることすら奇跡に等しい。浄化弾をまた使用すればさらにその奇跡の時間は伸びるだろうが、弾丸の生成に自分の精神力が必須である以上、自転車操業ではいずれ必ず行き詰る。
「とりあえず……あなたさえなんとかすれば、万事解決だと思わない?」
 それでもこのままバルバモンの傀儡に収まる気は毛頭ない。せめて一矢報いようと、力の入れ方が曖昧になった指でなんとか引き金を引く。バルバモンが一切表情を変えずに弾丸を撃ち落としても、それを確認次第次の弾丸を放つ。
「思ったんだ、けどねー……ぁっ」
 策も何もない、あまりに無様な戦い方に自嘲の笑いがこみ上げてくる。少しずつ意識がぼやけ、自己を認識できなくなってくる。このままではいけないと再度自分に浄化弾を撃とうと腕を動かそうとするも、そもそもなぜ自分に撃たなければいけないのか、なぜこのままではいけないのかも分からなくなってきた。
「ぅぁ……ぁ」
 意識が侵され、思考が侵され、存在が侵されていく。果てしない地獄に迷い込んだあまりにちっぽけな葉月じぶん。そんな矮小な存在はこの地獄を統べる魔王に潰されて当然。この世界に金城葉月という自我そんざいは必要ない。
「――しっかりしなさい、葉月!!」




 

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