第四十一話「本当の敵」B 覚悟を決めようとする巧を遮るリオモンの言葉。全員が動揺を隠さずに彼の方へと顔を向けるも、抗議や疑問の声を上げようとはしなかった。 なぜなら沸騰する感情を抑えるかのようなその声音には、彼らしからぬ有無を言わせない威圧感があったから。そして、その威圧感に抗うべきなのはこの場で一人だけだったから。 「どういうことだよ、リオモン」 巧が震える声で相棒 重要なのは、相棒 「ここはお前らの世界じゃないんだ。成り行きでここまで頑張ってくれたけど、これ以上命を掛ける必要なんてないだろ」 「だからってお前らだけで戦うなんて……お前らだけじゃ進化もできないだろ」 「そこは悪いが一回だけ進化させてくれ。後は戦わなくていい」 「もし、万が一ルーチェモンに勝てたとして、次の管理者はどうなる?」 「次期管理者として想定して弄くられていないのはお前も同じだろ。適性くらい気合いでなんとかしてやる」 「そもそもガルモン達の意思はどうなる?」 「そんなの今聞けばいいだろ。……最悪俺一人でも終わらせてやる」 パートナー同士の問答は熱を次第に熱を帯びていく。だが、ぶつかる意見は互いに真逆のベクトルを持つもの。 巧の問いかけはリオモンの提案に現実として浮かび上がる問題点。渦中に立っていたからこそ冷静に、見えている提案の穴を的確に突いていた。 一方でリオモンの返答はどれも感情的で、言ってしまえば精神論だ。そこに状況を大きな目で見るような冷静さはなく、あまりに独りよがりだった。 「無茶で負担のでかいことだってお前も分かってるだろ。――それにお前だけで戦うなんて、そんな淋しいこと言うなよ。俺達にとっても、お前らの居るこの世界は大事なんだ」 「でも、でもよ……」 問答の勝敗は明確。そもそも出した提案自体に無理があった。それでも納得がいかないようにリオモンの口から漏れる声は、彼が抱える本当の主張の欠片でしかなかった。 「このまま管理者の……あんな奴の思い通りで本当にいいのかよ! ――お前はこのまま諦めて状況を受け入れる奴じゃないだろ!!」 そして飛び出す生身の言葉。それがリオモンが本当に抱えていたパートナーへの怒りと失望。それはあまりに身勝手で一方通行な憧れによるもの。だが、事実としてリオモンは巧の、窮地でも希望を捨てない諦めの悪さは認めていたのだ。真治が狂い、暴走したときも、たとえ細い糸のような可能性であろうと彼を救うことに真っ先に掛けた。そんな相棒を誇らしく思っていたからこそ、自分自身の存在を顧みない諦めに腹が立って仕方なかった。 だが、それはあくまでリオモン個人の感情でしかない。彼がただ憧れ、誇らしく思ったというだけの話。そこにこの状況を打開する術などない。 「俺だってこれが最良だとは思ってない。……けど、ならどうすればいいって言うんだ!」 しかし、ただ個人の感情だからこそ巧も個人の感情で応えざるを得なくなる。感情論を出してきた相手に理論的な話は通じない。だから相手にせずに話を打ち切るのが一番簡単な手段。だが、巧はリオモン相手にそれを選ぶのは不可能。結果、売り言葉に買い言葉のように感情剥きだしてぶつかってしまう。必然、後に待つのは愚にもつかない感情丸出しの泥仕合。 「それをじっくり考えるための三日間じゃないのかよ!。自分の身を投げるような決断を出すには早すぎるって言ってるんだ」 「じっくり考えればその最良の答えは出るのかよ。そもそもこの案だって勝つことが前提で、その前提すら果たせない可能性もあるんだぞ」 「何弱気になってんだ。お前、管理者に言ったよな。――その鼻明かしてやるから覚悟しとけ、って。あの言葉は嘘だったのかよ!」 「っ……それは自分に発破を掛けるために言っただけだ」 一瞬見せた巧の動揺。それは彼がリオモンの、リオモンが口にした自分自身の言葉に痛いところを突かれた何よりの証だった。 同時に、それは後に続いた言葉の信憑性を著しく落とす最大の要因となっていた。 「こんなとこで見え張って嘘をつくなよ!」 「う、嘘じゃねえよっ」 ここにきて初めて、巧とリオモンの口論の立場が逆転した。 管理者の鼻を明かす。 れは自分に掛けた発破でもなく、確かに管理者に向けて言い放った宣言だった。その時は巧自身もそうするつもりでいた。だが、ワイズモンに管理者が仕組んだ戦いのルールを聞いて、思ってしまったのだ。自分さえ犠牲になれば丸く収まる、と。 たった一人の自己犠牲だけで、他の仲間は今まで通りの生活に戻れる。客観的に見ればそれは素晴らしいことではないか。自分は世界を救った元英雄として、神とも呼べる管理者となる。身体が無くなるからって、端末のような身体を作って操ることくらいはできるはずだ。完全に人間を超越しているが、それも今さらのことだ。――そう今さらのことなのだ。 「ぉ……俺だって、怖えよ」 なのに、ぽつりと出た言葉はあまりに自分らしくないか細い言葉。喉はとげが刺さったかのように痛く、砂でも入ったような不快な感覚に晒されている。 「怖えよ。知らない間に身体弄くられてて、もう今でも自分の身体はよく分からないんだ。これ以上人間を辞めたら、俺はどうなるんだ? 何になるんだ? これ以上何になれって言うんだ!」 口にしたって意味などないと分かっていても、喉の不快感が最高潮に達するとしても、叫ばずにはいられなかった。 今はまだ曲がりなりにも人としての体裁を保っている。だが、管理者になってしまえば間違いなく大きな一線を越えることになる。そのとき、自分の精神がどうなってしまうのか。 自分が自分でなくなる。 それが巧にとって最も恐ろしいことだった。 「巧、お前は何があってもお前だ。けど、どうしても怖いときは俺が手を貸してやる。――俺はそのために創られたんだから」 「うっ、くっそ……」 巧の嗚咽を堪える声だけがしばらく部屋に響く。俯いた彼の背中を擦るリオモンにはもう巧に対する苛立ちは消えていた。 巧が落ち着くまで三分。それから気まずい沈黙が続くのが五分。突然感情のままにぶつかりあったコンビを抑えなかった報いがそれだけの時間の浪費。 だが、その浪費される時間をどう使うかは個々人次第。 「なあ、一個だけ案があんねんけど。――聞くだけ聞いてみいひんか?」 真治はその時間を使って、ある一つの「賭け」を思いついていた。一度悪核に侵され、その主と最も近い位置に居たからこそ辿り着いた、あまりに可能性が薄い「賭け」に。 二日後、全員がワイズモンの部屋へと集まった。ここに集まるのはこれで最後だと考えるとなんとなく感慨深いものがある。 「これで本当に最後だ。後は君達の思うようにやってくれればいい」 ルーチェモンが告げた約定の日は瞬く間にやってきた。 どれだけの期間を与えられようとも、その言葉は出ただろう。ただ、与えられた時間をすべて余暇に使えるほど時間の余裕はなかったのも事実だ。 だがその分得られたものもある。ルーチェモンが用意する兵の情報もその一つだ。 奴らに共通するのは究極体の魔王型デジモンだということ。そして、それぞれが違う時代に猛威を振るい、ルーチェモンに勝るとも劣らない力と悪名を持っているということ。 「『七大魔王』、か」 ルーチェモン含め、奴らはいつしかそのように括られ、畏れられることになった。歴史に名を残す魔王を持ってくる辺り、相手も本気らしい。 とはいえ、悲観することばかりではない。実際のところ、当時暴れた魔王本人が出張ってくる訳ではなく、かつて暴走したガビモンが進化したような「七大魔王」と同種の敵が出てくるだけの話らしい。実際、ガビモンが暴走して進化した「嫉妬」のリヴァイアモンには勝っているのだから、勝機が無いということはないのだ。 「また弱気になってんのか?」 「違えよ。最後がどうなるにしろ、勝たなきゃ始まらないんだ。ここで弱気になってられるか」 勝たなければ始まらない。それは自分達が退かなかった時点で確定した前提条件。楽な戦いにはならないだろう。それでもその条件すら達成できないのなら、選んだ答えが端から実現不可能な話だったということになる。 「僕たちも相手の魔王を倒せたらルーチェモンの元に行く。巧も絶対に無茶だけはしないでくれ」 「まー、多少は休ませて欲しいけどねー」 「分かってる」 それに巧一人だけの戦いではない。別の場所で他の仲間も戦い、ルーチェモンの元へと行かねばならないのだ。 「巧、最後に確認するで。本当に俺の案で行くんやな?」 真治が巧に彼自身の意思を問いかける。巧の存在そのものに関わることだから、提案した真治自身が実際一番気にしていた。 「ああ。……無理なら、そのときはそのときで今度こそ覚悟決めるだけだ」 だから、巧はできるだけ笑顔を作って答えることにした。どんな結果になろうと、せめて真治の心くらいは軽くしてやりたかったのだ。 「さよか」 それで意思確認は終わり。決断はした。後はそれに従って実際に道を拓くだけ。 「準備はいいね。門の前に立ってくれ」 管理者の遣いとしてのワイズモンの言葉に従い、六組十二人の戦士が門の前に揃う。どうやら戦いの場へと繋がる門はミレニアモンとの戦いで用いたものと同じらしい。単純に流用しているだけだろうが、少し因果めいたものを感じてしまう。 「では、本当の戦いを始めるとしようか」 そして門は開く。本当の敵の鼻を明かすための、最後の戦いが始まる。 [*前へ][次へ#] [戻る] |