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第三十六話「妖精の王妃」@
 *今回はAmebaのブログで掲載されているユキサーン・マークサードさんのデジモン二次創作「デジモンに成った人間の物語」とのコラボです。ユキサーン・マークサードさんが書かれている「デジモンに成った人間の物語」はこちらからどうぞ。




 それは第一の被害者を無事に元の世界へ送り返した日の午後、一也の手に渡った。
 研究所に戻るついでに、ワイズモンから翔たちに渡した小型カメラ一台と引き換えに頼まれた試料の買い出し。その帰り道で薄汚れたローブの男に話しかけられたのが、そもそもの原因だったと後になって思う。
「あの、なんすか?」
「いや失礼。君におすすめの薬があってだね」
 ケヒヒ、と不気味な笑いながら小さな瓶を進めるその姿はあからさまに怪しく、警戒するなという方が無理な話。ただでさえこの一角は薄暗く、何か裏で危ないものがやり取りされていそうな雰囲気があるのだ。正直あまり長居はしたくないと一也は思っていたので、当然溜息を吐いてそそくさと帰ろうと考えていた。
「これは媚薬。俗に言う惚れ薬なのだがね」
 その言葉を聞くまでは、だったが。
「ぜひ詳しく聞かせろください」
 これはやらかしたな、と一也自身も思ったのは、ほぼ反射的にそう言って身体を半回転させた後だった。




 翌日、巧たち一同は二日前と同じように、巨大図書館内にあるワイズモンの隠し部屋へと集まっていた。
 目的はこれも二日前と同じく、ワイズモンの気まぐれの被害者への説明とフォロー。前回は状況説明の際に胃が痛くなるような展開になってしまったため、今回はもう少し穏便につつがなく済ませたいものだ。
「俺らがまたここにおる必要あるか、これ?」
 予定時刻までの少しの待機時間。この部屋に居候している立場の真治が唐突にそんなことを言った。
「つれないこと言うなよ。そもそもお前らがわざわざ席を外す必要もないだろ?」
「そうしたいくらいに面倒事に巻き込まれんのが嫌やし、仮に円満に話ついてもどうせ後で面倒くさい奴が絡んでくるから嫌や言うてんの、俺は」
 陽気に肩を叩く巧に真治は疲れたように息を吐いて、現状で最も面倒くさい奴を心底嫌そうな目で見つめる。
 ここで次の敵であるミレニアモンについてワイズモンから聞いたあの日から今日までの六日間、毎日のように押しかけては馴れ馴れしく話してきたのはどこの厄病神だったか。せめてきれいなお姉さんか福の神なら良かったのに、と真治は心から思いながらもう一度大きなため息を吐いた。
 目の前の厄病神が何を思って毎日会いに来ているのかが分からないほどに真治は愚鈍ではなかったし、何の理由もなくそれに応えようとしなかった訳ではない。ただ、それも分からずにしつこく訪ねてくる彼には正直良い印象を持つことはできなかった。
「そろそろ定刻だね。おしゃべりの時間はそこまでだ。門(ゲート)が開く」
 これから起きる面倒事の、そもそもの原因を作った張本人が淡々と、だがどこか楽しそうに被害者の来訪を告げる。
 それは真治だけでなく全員のテンションを著しく下げ、一方で諦めと開き直りによる覚悟を決めさせた。
 どうせこちらにすべての非があるのだ。なんならワイズモンに責任を取ってもらって、半殺しにしてもらえばいい。
 無駄に厳かな音を響かせながら、巨大な本にも見える門がゆっくりと開く。二回目でも慣れない白光に目を閉じながら、被害者が来訪するのを待つ。
 ドサッとそこそこの重みがある物体が落ちる音が三度。光が少しずつ収まり、恐る恐る目を開けると、案の定被害者三名が床に転がっていた。
「いてて……あれ、どこだここ?」
 一人は赤い恐竜の子供のような姿のデジモン。ところどころに黒い帯や三角形の紋様が刻まれていることと、悪魔のような耳が特徴的だ。
「とりあえず室内なのはまだありがたいかな」
 二人目は黒色の毛の子熊のようなデジモンで、帽子を逆向きに被り、襷のように一つ、拳には何重にもベルトが巻かれていた。
「まあ、またろくでもないことに巻き込まれたんだろうな」
 三人目は先の二人とは違い、明らかに四足歩行に適している姿をしていた。赤い身体に青い模様が入っているが、最も印象的なのは九つに別れた尾だろう。
「あれ、全員記憶にないんだが……」
「巧から痕跡が得られた世界から招くのは、あくまで基本だからね。……まあ、遠縁程度には関連はあるが」
「そうかよ。……すいません。状況説明してもいいっすか?」
 今回は人間はおらずデジモンだけのようだ。それでも変に癖の強い人間を相手にするよりかはだいぶマシかもしれない。
「ん、お前らは?」
 恐竜がこちらに気づいて顔を向ける。同じように向けた二人のうち、熊の方の目が妙にぎらついていたのは気のせいだろうか。いや、自分の心の安定のためにも気のせいということにしようと、巧は心中で思った。なお、一也と真治もなんとなく身の危険を感じて、明らかにぎこちない表情を浮かべていた。
「ああ、先に自己紹介した方がいいっすよね。俺は刃坊巧。それで隣にいるのが――」
 状況説明より必要ならば、そちらの方を優先しても別段問題はない。流れ作業的にだがこちらの紹介を先に済ましておく。
「リオモンにガルモン……聞いたことないな。一応デジモンには詳しい部類なんだけど」
「ああ、こいつらは少し特殊なもんで。多分そちらの世界には存在しませんでしょうし、知らなくても無理もないっすよ」
「へえ、なるほどな。……分かった。今度はこっちだな。俺はギルモンのユウキ。こんな姿でも一応元は人間だ。その頃の名前は紅炎(こうえん)勇輝(ゆうき)って言うんだけど、ユウキって呼んでくれればいい」
「なるほどなるほど……はあ!?」
 しれっと紛れていた衝撃の言葉に、一瞬自分の耳がおかしくなったのかと巧は思った。
 目の前の赤い恐竜もどきが元々は人間だった。ただでさえ非現実的な物のみが住む世界なのに、人間がそれに変わることなどあり得るのか。いや、自分達の立場からすればむしろ多いにあり得ると言えてしまうのだが、そんなことが本当に現実として起こったのか。
「ああ、そうだね。彼は元々は君達と同じ人間だったみたいだ。だから、私が巧から得た痕跡をさらに辿って見つけた遠い世界からわざわざ招いたんだ」
 そんな迂遠な現実逃避を、ワイズモンは余計なドヤ顔とともに切り捨てる。なんでそこまで偉そうな態度を取っていられるのか、さっぱり分からない。
「とりあえずユウキさんが元々人間ってことは納得しました」
「別に呼び捨てでいいって。とりあえずよろしくな」
「あ、ああ、よろしく」
 とりあえず事実は事実として受け入れるしかない。ユウキ自体、見た目は少し怪物的な印象もあるが、案外気のいい奴だったようだ。
「じゃあ、次は僕で。僕はベアモンのアルス。よろしくね〜、特に巧、一也、真治」
「なんとなくだが、こっちはあまりよろしくしたくないです」
 そういえば少年に対して異常に執着する性癖を自分達の世界では何と言っただろうか。などと現実逃避気味に考えるのは、その手がわきわきと妙な動きをしているから。まあまだ温厚そうなので目立った被害がすぐに出なさそうなのが救いだろう。そう思うことにした。
「俺はエレキモンのトール。こいつらと同じ組織に所属してて、『挑戦者たち(チャレンジャーズ)』ってチームを組んでる。名前に文句があるならそこの馬鹿に言ってくれ」
 四足歩行の方は少し気が強そうだが、その分他の二人よりしっかりした印象を受ける。この中では兄貴分やまとめ役に当たっているのだろう。
「オッケー。じゃあ今から現在の状況を説明する」
 若干胃が痛くなるが、三人の印象から流石にそのまま戦闘に縺れこむことはなさそうだ。だからと言ってこちらの罪悪感が減るということはないのだが。
「先に言っておくと、ここはユウキ達の居たデジタルワールドとは別のデジタルワールドだ。で、この世界にわざわざ連れてきたのは、そこにいるフード被った不審者だ。まあ、一応は俺らの協力者なんだが……その、申し訳ない」
 説明すればするほどにテンションが下がること、その果てに謝ってしまうということは、もうセットとして考えて諦めるべきかもしれない。
「ああ、いいよいいよ〜。その不審者さんがそもそもの原因なのは分かったから。――で、何か弁解はないのかな、不審者さん?」
「ん……そうだね。遠い世界から引っ張ってきた甲斐があったかな。人間からデジモンに変わったレアケースをここに連れてこれたという点は非常に大きい。これでいろいろと検査とか実験とか改造とかも出来れば最高なんだけれど」
 初見でもアルスが言葉に込めた怒りは伝わった。それにも関わらずのこのワイズモンの堂々とした余裕の態度は何なのだろうか。間違いなく分かった上でやっている。
「そ、そう……そういう態度を取るんだ」
「落ち着けよ、アルス。この際理由や過程はいい。お前が連れてきたっていうんなら、帰る手段はあると思っていいのか?」
 幸いトールが先にフォローに入ってくれたので助かった。それに聞いてくれたポイントは、唯一自分達にとって有利に働く部分だった。
「ああ、それは問題ない。君達が通ってきた門があっただろう。明日になればそれで帰ってもらえばいい。ま、私としてはこのまま残って、じっくり観察だけでもさせてもらえばと思うけれど」
「それは非常にありがたい話だな」
 そんな情報を提供するだけでもここまで人を煽れるのは、ある意味天賦の才とも言えるかもしれない。
「ま、まあそういうことだから、帰れる帰れないに関しては安心してくれ。明日までは俺達が面倒見るから、な」
「なんというか……大変そうだな、お前たち」
「分かってくれるか」
 果ては被害者であるユウキにまで心配される始末。なんというかいろいろな意味で申し訳なくなる。
 ひとまず最低限の状況説明は終わった。後は彼らの護衛につくのを決めて解散すればいいだろう。何よりこれ以上ワイズモンの居る空間に置いておくのがいたたまれない。




「で、なんで俺が案内役やってるわけ?」
「決めるためのじゃんけんで当然の如く負けたからでしょーが。むしろ私たちが二組目に選ばれた方が不思議って言いたいくらいよー」
 本人達に聞こえない程度の大きさでそんなことを話してはいるが、別段嫌だった訳ではない。ただこちらとしても個人的にやりたかったことがあっただけ。無論優先順位は分かってはいるつもりだが。
「まあ一番不自然だったのは私たちが選ばれたとき、一也が目に見えて狼狽していたことだけどねー」
「あの野郎、俺とリオモンだけでいいとかほざいたり、別の奴に押しつけようとしたり、滅茶苦茶だったな」
 ただでさえ暴走しがちな一也だが、そのときは明らかに言動が支離滅裂だった。なんとかして葉月を役目から引きはがそうとしていたのが見え見えで、だからこそ葉月はあえてそのまま役目を受けたのだが。
「まー、そのあたりは後で聞けばいいでしょー。で、案内する対象は?」
「そこで目を見開いて硬直してる」
 彼らは元々「発芽の町」という小さな町を拠点に生活していたらしいのだ。いきなりの都市部、それも変な方向に進化した街に飛ばされれば、圧倒されても仕方ない。事実、最初の自分たちもそうだった。
「いや、これ俺が元いた世界より悪い意味ででも進化してないか? 住むならどっかの学園都市の方がましかもな」
 ランドセルのような飛行用の機械を背負った人型のデジモンがガイド用のロボットと激突して墜落しているのを見ながら、ユウキは呟く。落下している人型が生身と金属の混ざった、知り合いによく似ている姿をしていたのは気のせいだろうか。不意に、アンドロモンが今日は私用で出かけると言っていたことをなぜか思い出した。
「空はチカチカしてるし、なんか騒がしいねー」
「わぶっ、頭上をなんか通ったぞ。危ねえな」
 他の二人も洗礼を受けて、少し慣れたようだ。正直、同じ世界でもミドルタウンなどとの文明格差とキチガイ度に、自分達は圧倒されたのだ。これは比較的早い方だろう。
「安心しろ、ってのも変だが、俺達の拠点付近はここまでの物はそこまでないからな。まあ、こっちも住まわせてもらってる身なんだが」
 少なくとも目立つのは、インフラとして整備された転送装置くらいだろう。後は比較的自分達でも受け入れやすい部類だったので問題はなかったはず。
「ふーん、ところでこの浮いてるのは何だ? あれか、ARみたいなものか」
「ああ、ニュース用のホロだな。興味持つ素振り見せたらつきまとわれるらしいぞ。だから、間違っても触ろうとするなよ」
 変な広告よりもましだが、纏わりつかれても困るのは変わらない。適当に無視するに越したことはないだろう。
 そう思ったはずなのに、いつのまにか自分の手がそのホログラムの位置にあったのに巧が気づいたのは、後頭部をアスファルトで強打していることに気づいたのとほぼ同じタイミングだった。
「っづうぅ〜」
「おい、大丈夫か?」
「あ、ああ。なんか足を滑らせたみたいだ」
 さて、いったい何に足が滑ったのか。視線を自分の足に向けると、靴には何か液体らしきものがべっとりと付いており、火をつけたらよく燃えそうな類の異臭が鼻を突いた。
「これ、油とかオイルの類だよな」
「あー、分かった。みんなすぐに巧から距離を取ってー」
 エレキモンの言葉で何かを悟った葉月は、疑問符を浮かべる他の面々を押した。その一方でリオモンとピクシモンには手近な店で消火器を借りてくるように頼もうとしたが、彼らもこれからの展開に予想がついたらしく、既に道路の向かいにあるビルに入っていた。
「くっそ、最悪だ。……おい、なんで葉月は合掌してるんだ?」
「自分でも分かってるくせにー」
「あっ」
 納得したように巧が手を鳴らした直後、彼の身体が足元から燃え上がった。
「やっぴぎゃあああっ!」
 火種は、たまたま内部に溜まっていたごみのせいで放電、発火した年代物(ロートル)の掃除ロボ。これまたたまたま穴が開いてしまっていたタンクから漏れて、巧が足を滑らせたオイルに、その火種が引火したのが大まかな顛末。
 だが、原因より重要なのは巧の身体が炎に包まれたということ。
 正直トラウマになりかねない状態の目の前の案内役に、ユウキたちは少し固まり、そしてあたふたと対応策を模索しはじめた。
「とととりあえず消火しないと」
「戦闘以外でこんな目にあってるのを見るのは初めてだよ。どうするの、これ」
「俺が知るか。とりあえずユウキの言う通り火を消さないと……こいつまじで死ぬんじゃねえか?」
「消火ならもうしてるぞ」
 淡々としたリオモンの言葉で三人が改めて巧の方を見れば、確かに彼を包んでいた炎は消えて、代わりに白い泡がびっしりとこびりついていた。
「うっわもう最悪だ。着替えないといけなくなった」
 確かに服はしっかり焦げ付き、消火剤でびしょびしょに濡れている。だが、両手で身体を抑えてぶるぶると震えながら言った最初の問題点がそこなのはどうなのだろうか。
「おい、大丈夫なのか、巧?」
「大丈夫よー。この厄病神はこの程度で死なないくらいには丈夫に出来てるしー。まー、今のところはだけど」
 あっけらかんと言い切る葉月に三人は目を丸くする。まあ常人の感覚からすれば、葉月たちの言動の方がおかしいのだろう。ならば、ここは問題の中心である自分が間に入るべきだろう。そう結論づけて巧は口を開く。
「先に言わなかった俺も悪いんだけど、そんな目で見ないでやってくれ。そもそも俺が極端に不運というか、葉月が言った通り『厄病神』みたいなもので災難が絶えないんだ。で、けっこう付き合い長くなって、それに慣れてきたんだと思う」
「あれか。某幻想殺し(イマジンブレイカー)の高校生みたいな感じか」
「ん……まあ、そんな感じで認識してくれてればいい。正直、そのラノベは友達からちょっと借りたくらいなんだが。あと葉月の言った通り、いろいろあって俺けっこう丈夫なんだわ。説明するのは面倒だから詳しくは言わんが」
「ふうん。分かった」
 重要なのは葉月達を責めないでもらうこと。彼女らに悪気はないし、むしろ正しい対応を取ってくれたことに感謝すべきだ。
「助かったよ、リオモン、葉月、ピクシモン」
「助かったなら別にいいって。それよりお前周り見ろ」
 リオモンに言われて、改めて自分の周囲に集まりつつあるものに気がつく。それは大量の板状のホログラム。興味を持つどころかがっつり手を重ねてしまったため、アンドロモンからレクチャーされた通りに殺到してきたようだ。
「えっと、『姿なき賢者が表舞台に! ワイズモン氏に直撃取材』に『各社合同新商品発表会決定!』に、『擬似デジモンに注意! 挙動不審なデジモンを発見次第連絡求む』と……うわあ、頭がこんがらがるよー」
「無視しろ無視。どうせ俺達には関係ないだろ」
 当然の如くその被害は他の面々にも飛び火。電灯に群がる羽虫のように集まるホログラムは確かに実害はないが、はっきり言ってひたすら邪魔でしかない。果たして、一見有用そうに見える情報のうちのどれだけが本当に有用なのか。
「とりあえずそこのビルに入りましょー。確か建物の仲間では外にあるホロは入れないってアンドロモンが言ってたよ」
 葉月が指差したのは、リオモンとピクシモンが消火器を借りてきたビル。ビル自体に装飾品のようにホログラムが散りばめられていて、より余計なものが纏わりついてきそうだが、この際そこは考慮すべきではない。葉月の言葉が正しければ、中のホログラムにさえ気をつければなんとかなるはず。
「急げ〜」
 半分闇雲に手で払いのけながら道路を走る。払いのける仕草が逆にホログラムを増やしている気がするが、気にせずに一気にビルに駆け込んだ。


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