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第三十四話「十年前の因縁」B
 ミレニアモンは要するにかって仕留め損ね、決戦の場となった空間ごと封印することで、決着をうやむやにした相手。
「薄々感づいてはいたんじゃないかな? 記憶が戻った今なら尚更」
「はぁ……まあ、一度も考えなかった訳ではないね」
 真治の中に埋め込まれていた悪核。それは元々ミレニアモンが生み出したもの。そして、この世界に蔓延しつつあった悪霧と悪核。絡んでいないと考えないほうがおかしい。
「ミレニアモン――悪霧を生み出したあの形態は正確にはムーン=ミレニアモンというのだけれど、ここは便宜上ミレニアモンで統一させてもらうよ――は、長い時間を掛けて少しづつ空間の封印を解除し、開いた隙間から自身の一部である悪霧をこちらに送り込んできていた。それがここに来て完全に猛威を振るってきたというところだね」
「で、そろそろ完全に復活しようとしてるっちゅうわけやな」
「そういうこと」
「それで俺たちに今度こそ倒して、因縁に決着をつけろと」
「正解」
 要するに十年前に仕留め損ねた宿敵の後始末。やり残したことの責任を取れということ。
「ゲームのクエストの依頼としてはこうまとめられるかな。目標はミレニアモンの討伐。報酬は……あ、君達の世界への帰還?」
「なんでそこ疑問形にすんのよー」
「このクエスト、受けてくれるね」
 相変わらずのマイペースを貫きながらも、ワイズモンは彼なりに真剣に問いかけてきているようだ。全員が全員の顔を確認し、既に同じように固まっている意思を確認する。こんな問い、答えは一つに決まっていた。
「ああ、受けてやる」
 ミドルタウンで希望的観測に近かった自分達の目標が今明確なかたちとなって現れたのだ。たとえそれが誰かの意思であろうと、それがこの世界のためとなり、自分達が呼ばれた役目なのならば、甘んじてそれを受けとめ、堂々と自分達の世界へ帰還してみせる。
「了解。では、早速……と言いたいところだけど何事も準備が必要でね。まあ一週間後には終わってるだろうから、それまでに英気を養ってくれ」
「まあ、そりゃそうだよな」
 正直こちらとしても、今から行けと言われても困る。あの頃にはいなかった仲間、あの頃には持っていなかった武器はあれど、究極体になれるのは現在リオモンだけ。一時的な突風弾でテリアモンとロップモンを強化しても三人分と数えるのが限界。現状の戦力では少し心許ないのが正直なところだ。
 考え無しに突っ込むには無理がある。相手の情報を集めてしっかりとした策を練るか、自分達の地力を底上げするか。そのどちらも可能な状況にあるというのが救いと言える。
「その代わりその間まで退屈することはないと約束はしてあげよう。舞台演出は嫌いではないのでね」
 ワイズモンがその間に求めるのはエンオウモンに続く新たな究極体。与えられた猶予の中で新たな進化を創り上げれば、単純な戦力は大きく上昇する。
「ん、ちょい待てや。退屈することはあらへんって……お前、何かやらかしたやろ」
「あ……はは、何のことかな」
 ワイズモンと関わっている時間が比較的長かったためか、真治は彼が落とした爆弾を見逃しはしなかった。確実にワイズモンは既に、自分達の尺度ではとんでもない何かをやってしまっているのだと。
「君達が帰ってきた後、私がアフターケアをしてあげただろう。そのとき巧を興味本位で少し調べてみたら、君達の世界とは別に管理者の管轄の外の世界の形跡があったのでね……まあ、ちょっと開いてみようかな、と。それで、是非その世界の人物と交流できれば、と」
「何してんの、お前」
 思わず真顔で答えてしまった。確実にこれは開いた或いは既に予約済みでもうキャンセルが不可能なパターンだ。
 これでは決戦に臨むどころではない。本当に無関係な輩を巻きこめるほど自分達はどこぞの賢者や管理者のような薄情者ではない。
「とりあえずお客様に対して検査等を行うのは禁止でいいよね」
「あ、いや、まあ……はい」
 妹にも負けない充の渾身の笑顔がワイズモンを襲う。溜まりに溜まった不満が凝縮された迫力で、今までの立場関係を一気に覆してワイズモンから言質を取る。
「それでー、具体的にお前は何したのー」
「簡単に言うと、特別製の門(ゲート)――君達を送り返すのにも使おうと思っていたものなんだけどね――で二日後から異世界から数名、二日ごとに強制送還されてくるんだ。ああ、もう設定の取り消しはできないけど、動的にその門を使えば逆に送り返すのも可能だ。まあ、一日一回しか使えないのだけれど」
「設定の取り消しができない段階でとんだ欠陥システムじゃねえか」
 何が賢者だ、何が管理者の遣いだ。大事な部分が外れているではないか。むしろわざとやっているのではないかと思えてくる。
「まあ、あれだね。どんなかたちであれ刺激があるというのは創造には必要なものだと思うよ。やってしまったことに拘るのではなく、これから起こることに目を向ける方が生産性が高いと私は思うよ」
「……誤魔化すな」
 間違いなく反省はしていないだろうが、これ以上文句を言っても仕方ないのは事実。事後処理やアフターケアに関してはワイズモンは信頼がおけるので、そこで挽回してもらおう。
「とりあえず話はこれくらいだね。何か質問はあるかい?」
「まあ、いろいろ言いたいことはあるけど……今は感情的になりそうだから、後で個別に連絡取ることにするよ。ワイズモンもそれでいいだろう?」
「そう言われても時間が……いや、なんとかするよ」
 ワイズモンの事情は知らないが、彼としてもこの状況のまま話を進めるのは気が進まないようだ。ひとまずここで打ち切って逐次情報を集めた方がどちらにとっても利になる。
 これからのことを考えると頭は痛くなるばかりだが、不思議とそこまで不安に駆られることがなかったのが唯一の救いだった。




 アンドロモンとナノモンの研究所に戻る前に、ワイズモンは連絡用にと、腕時計のような端末を一人づつ渡してくれた。ホログラムによるテレビ電話が可能なもので、他の端末の分とワイズモンの連絡先が既に登録してあった。それを素直にありがたいと思ったのが、ちょうど一時間ほど前の話だ。
「後で個別で連絡取るとは言ったけど、こんなに早く求めてくるとは思わなかったよ。人気者は辛いね」
「うるさい。時間がないってんならさっさと進めようぜ」
 吐瀉物がきれいさっぱりなくなった部屋で、巧は端末から映るワイズモンの立体映像と語っていた。
 リオモンを適当に言いくるめて外に出し、一人でワイズモンに連絡を取ったのは、自分だけが知るべき情報を確認するため。
「単刀直入に聞く。時間巻き戻し(タイムリワインド)のリスクは何だ?」
「大きな力にはそれ相応の代償がいるとかいう、君達の年代らしい発想かな。まあ、いいよ。それで、君自身でも調べもしただろう」
「ああ」
 自分の身体のことだ。当然、構成情報側から自分の身体を見た上で、ワイズモンへ説明を求めている。自分の身体に起きていることも多少は把握しているつもりだ。
「俺の身体、けっこう滅茶苦茶なことになってたぞ。なんつーか、身体のある部分と他の部分との接続が上手くいっていない感じか。いや、物理的には繋がってるんだが、なんかよく分からないずれがある感じ?」
「巻き戻すのは該当箇所だけだからね。他の箇所とのずれを是正するような処理も記述はされていたはずだろうけど……」
 赤色の絵具に別の色の絵具を一滴落としても、少し混ぜれば赤色がその色を食って、新たな色――少しだけその色に近くなった赤――になる。ワイズモンの言う是正とは落とした色と赤を筆で混ぜることと表現できるだろう。だが、そのはたらきが為されていないため、本来一色に染まるはずのものがまだら模様になっている。それが現在の巧の身体だ。
「ふむ。君、連続で使用したり、自分から動的に使っただろう」
「う……よく分かったな」
「一応、君のことも君の身体にしたことも管理者から聞いているからね。妥当な推測を言ってみただけだよ。――しかし正直よろしくないかな、これは」
 真治との決戦などで無茶をした結果だというのは分かっている。その結果として、直後のリヴァイアモン戦で一時的に動けなくなったのも記憶に新しい。
 だが、それがワイズモンですら苦々しい――ように見える――顔をするほどに厄介な状況だとは思っていなかった。
「是正を管轄していたメソッドが無茶しすぎて破損している。完全に使えないという訳ではないが……あまり酷使しない方が良いと思うね」
 そもそも一度は旅に同行していた面々全員だけでなく、一つの村全体に渡って使われた魔法じみた技術なのだ。元々の安全性や確実性は保証されてしかるべきもの。それでもその範囲外を越えた無茶をすれば、当然何らかのかたちでエラーが生まれて当然だろう。
「つまり、俺次第ってことか」
「どんな迂遠な考え方したらそういう結論になるかは分からないけれど、その心がけは悪くないと思うよ」
「肝に銘じておく」
 それでワイズモンと話すべきことはなくなった。ちょうどリオモンの軽いけれど荒い足音が聞こえてきたので、通話を切断して端末から会話の記録(ログ)を消す。
 自分の身体のことだ。自分だけが知っていれば十分だ。
 それに多分絶望するほど悲観的になる話でもないだろう。無茶をし過ぎた場合の結末を聞いてはいなかったが、別に構いはしない。結局、無茶をしなければいいだけの話なのだから。




 セントラルシティの入り口に当たる領域。ちょうど巧とリオモン、三葉とロップモンが一度異世界に引きずりこまれた辺りの場所を監視しているカメラが「それ」を捉えたのは本当に一瞬だった。
 だが、カメラから送られてきた映像を閲覧したワイズモンは「それ」を見逃しはしなかったし、「それ」が何なのかも理解していた。
 地表に入る亀裂。漏れ出る瘴気のようなガス状のもの。その奥に幻視する、道化師、人形、海竜、その他諸々の有象無象。そのさらに深奥に潜む姿なき魔獣が、新たな身体を確立させようと不確かな存在を蠢かせているのまで筒抜けだ。
「だから何か新たにしようとも考えないけどね」
 それをするのは自分ではなく、数時間前に自分に好き放題言ってくれた彼らの役目。そういう一線を保持しながらも、ワイズモンとてこれから起こる現象に興味がないわけではない。むしろ興味津々と言っても過言ではないだろう。
「真治に出張られて大きく動けなかった鬱憤でも晴らしそうだね。これならこちらからイベントを突っ込む必要もなかったかな」
 因縁の決戦までの穏やかな日々というものは最初から存在していなかったようだ。これなら自分があんな目で見られることもなかったのではないかとも思ったが、それを割り切れないほど心は狭くない。
「とりあえずこれからも荒れそうだということで。――いや楽しみだよ、本当に」
 与えられた範囲の中で、どれだけおもしろいものを見ることが出来るか。ワイズモンの関心が最も注がれていたのはそこだった。




 

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