Strikers Fire -If Story-
仕上げ。最期の大仕事
蒼魔は実現して見せた。国を墜とすと言った言葉を。しかしそれでソウマは終わりではない。まだ仕上げが残っていた。
自分の前には必ず現れるのだから。
これ以上の暴挙は許さないと言う聖人が必ず現れる。
「大将!」
「なんだよ、ヤマメ」
「船が、飛んで、光が、えーと!?」
「もういい黙ってろ」
ヤマメだけでなく、茨木童子も慌てて入ってきた。
「ソウマ! 酒呑童子は!」
「昨夜たらふく酒飲んでそこで寝てる」
「しっかりしてください!」
髭切と膝丸を持ち、獅子王を背負ったソウマは欠伸を漏らしながら首を鳴らした。
ちょうど自分を呼びに行こうとしていた玉藻と鵺も何処か慌てている。
「ソウマ」
「ああはいはい分かってる」
朱雀門をくぐると、そこから見える朱雀大路に妖怪達が並んでいた。
聖白蓮──妖怪に与して尚も人間に敵対しない事を理想とした僧侶。その後ろには毘沙門天の代理人達だけでなく、今まで自らが救ってきた妖怪が揃っている。
いずれも敵意が見え隠れしていた。その理由はなんとなく分かる。
「よぉ、来たか聖」
「……貴方は」
「そう睨むなよ」
よく見ればその中には自分に付いてきた者までいた。恐らくは元々ここまでやるつもりはなかったのだろう。終わってみれば、そこに蒼魔へ味方する者はほんの僅かしかいなかった。
「お前……私の忠告を忘れたわけではないだろうな」
玉藻が白蓮の顔を見るなり、眉間に皺を寄せる。ソウマを敵に回すのは止せと言ったというのに……しかし、それでも我慢出来なかったのだ。
「勿論、忘れていません」
深く頷く。
「ソウマ、貴方に話があります」
「奇遇だな、俺もだ」
「なら私も……」
玉藻を片手で制した。騒ぎを聞いて酒呑童子も茨木童子の肩を借りてやってくる。喧嘩の空気を感じ取ったのか、不敵な笑みを浮かべるとソウマに止められた。
「聖、話は中で聞こうじゃねえか。二人っきりでな」
かつては人の時代の行く先を話していた大内裏へと白蓮が招かれる。
「何故、他の者を遠ざけるのです?」
「俺にも色々事情があるんだよ」
中はこの数日の間に掃除されていた。死肉を貪る妖怪の腹に収まっている。さすがに血痕はそう簡単には拭えないので見た目は綺麗と言えないが、それで十分だ。
「聖、ご覧の通りだ。俺は人間の政治を終わらせた。天皇も何もかも一夜の内に斬り伏せて、今となっちゃ此処は妖怪の巣窟だ」
「……ええ、そうですね」
「だからな、俺には“もういらねえ”んだ」
「──────────え?」
何万という人間が死に、何万という妖怪を引き連れ、散々苦労してようやく国を墜として……蒼魔はその全てに価値観を見出さなかった。もう、そんな物はいらない。
「あな、たは……?」
理解できない。何のためにこんなことをしたのか、何のために人々は死に、妖怪を助けてきたのか。
「だからな、聖。お前にくれてやる。俺はここまでだ。こっから先は妖怪の時代だが、同時に人間にも優れた統率者が必要だ。それも人並み外れた聖人ってのが望ましい、それこそ名前だけでこの国の人間が崇拝するような偉人がな」
──その聖人は、蒼魔を見るなり眉を寄せた。言葉を交わし、放った言葉は冷酷な物だったが……それを正面から堂々と言ったその人物は、間違いなく人間を正しく導く。
『君は、人間の敵だ! 私は君の様な存在が人間の隣に立つのが、赦せない!』
聖徳王、豊聡耳神子。自分の存在を赦さないと言った。そんな事を面と向かって、存在を理解したうえで言われたのはそれが初めてだ。それまで自分を“正しく”理解した人間なんていなかったから。
「人間はともかくとして、俺が妖怪を率いてたらそれこそ人間を根絶やしにしちまう。聖、妖怪はアンタが導いてやってくれねえか」
「…………」
「なぁに、後始末は“手慣れた”もんさ。……頼っていいんだろ」
その言葉にはっとする。もう他に、妖怪を導ける者はいない。
蒼魔はもう妖怪に用は無い。
白蓮は妖怪と人間が法の下で共に暮らせる世界を望んでいる。
人間はそれをなんと言うだろうか。──いや、そこに正しく相手を理解する者がいれば或いは。
「ですがそれでは、貴方は……」
「俺を、救うな。俺を助けるな。俺はそんな物をただの一度も望んじゃいねえ」
──じゃあな、聖白蓮。
別れの言葉を口にした蒼魔は、やはり……嗤っている。
これから自分の行うのは後始末だ。何一つの憂いをなくす為の仕上げである。
そこに誰一人として蒼魔は価値を見出さない。元より、強制はしていなかったのだ。そしてこれから行う事にも強制はしない。
妖怪は自由を好む、だから──
蒼魔は最期までその意思を尊重する。
「ん?」
玉藻と寅丸が話していたようだ。果たして無事であろうか、その安否を不安に思っていたのだが五体無事に済んで出てくる白蓮に一安心する。だが、どこか沈痛な面持ちだ。
「……聖? 彼は、中で一体何を話したんですか」
「この都を、私に譲ると……」
その一言にざわめく。それを気にした様子もなく朱雀大路の中央、妖怪達の軍勢を前にして蒼魔は一人、其処に立った。
「聞いての通りだ! 俺は聖白蓮にこの都を譲渡した! まぁそれに不平不満はあるだろうが人の話は最期まで聞け。俺から言う事はたった一つだ、強制する気はねえから好きに選びな!
俺を敵に回すか、聖白蓮と理想を共にするか。後はてめえらの意志だ!」
それに、真っ先に動いたのはムラサ達だ。
自分達は聖に救われたし、蒼魔の前に立つことはそれに敵対する事も同義だったからである。
「聖、彼は……」
「…………」
決して、自分の味方になれとは言わなかった。
孤独だ──次々と通り過ぎる妖怪達は目もくれていない。腕を組んで、ただ自分の敵となる者の選別が終わるの待っていた。
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