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Strikers Fire -If Story-
白面金毛九尾
 ソウマが平安京に来てから幾日が経過しただろうか。そんな日数など数えもせず、妖怪達と戯れる日々。気づけば廃寺は鵺と九尾と蒼魔の住処となってしまった。
 都では鬼が人を攫い、虐げられた妖怪は僧侶に助けられ、人々は夜の恐怖と共に生きている。その人々の噂にすらならないほどにソウマの企みは静かに進行していた。

「ソウマ、聞いた?」
「何をだ? というかお前はどこから情報仕入れてくるんだよ」
「はぁ? 大妖怪よ私、京の都の鵺よ? そこらの妖怪に名前を出せば命までとはいかなくても情報くらいあっさり手に入るわ」
「あー、そういやそうだった」
 あまりに身近なものでそこらの権力の持ち主ということをすっかり失念していたソウマに、鵺がむくれる。

「なによぉ」
「いやいや、俺の傍にまさかそんな凄い奴がいるのかと思うとな」
「ちょ、撫でないでよ。言っとくけど私の方がお前なんかよりずっと偉いんだからね」
「あーはいはい。それで? 何の話だ」
「九尾よ。最近顔見せてないでしょ?」
「それがどうした」
「なんか調子に乗ってたら人間が討伐軍を率いて九尾を追ってるらしいよ?」
 ソウマの表情が険しくなった。それはまずい。それでは九尾が討たれるのも時間の問題だ。舌打ちすると支度を始める。

「何処行くのさ」
「九尾を助けにだ」
「は、正気? わざわざなんでまたそんなこと」
「俺の話を覚えてるか、鵺。九尾は必要なんだよ」
「都を落とすのに?」
「ああそうだ」
 妖怪が妖怪を助けるのはおかしい。だが人間が妖怪を助けるのもまた変な話だ。しかも人間でも妖怪でもない者が助けるなどと言うのだから、鵺は鼻で嘲笑った。

「行くなら一人で行けば。別に私は行く気ないから」
「三国を傾けた九尾に恩を売るのは、悪い話じゃないと思うけどな。場所は」
「那須野」
「んじゃ行って来る」
 ソウマはそれだけ言い残し、寺を出る。
 一人残った鵺は膝を抱え、正体不明の胸中の思いに苛立ちを募らせた。

「なによ。私には素っ気ないくせに、九尾には必死になって……」
 今まで抱いた事のない気持ちに鵺の機嫌は悪くなる一方である。



 ──那須野では八万余りの討伐軍を編成し、九尾の狐を追っていた。だがそれを蹴散らす強大な術を前に、多くの戦力を失う。
 三浦介、上総介をはじめとする将兵は再編成すると同時に対策を考えた。
 犬の尾を狐に見立てて馬上から弓を射る訓練を行う、犬追物を提案する。兵達の鍛錬が十分と見計らい、再び九尾の狐を追う。

(ああ、くそっ……私も地に落ちたな)
 人間達に追い立てられながら、九尾は毒づいた。
 思えば三国を傾けたとはいえ、落とした試しはない。必ずそこには人間達の邪魔が入り失敗に終わってきた。
 中国古代王朝の殷。天竺。周。いずれも人間の手で断念し、嵐に遭いながらもこの国へとやってきたというのに……この様である。

 ソウマと名乗ったあの人間は、本気でこの国を落とすと宣言した。人間が嫌いだと言い、己の私利私欲のために妖怪の天下を築き上げるという。それに乗れば良かったと思うが、自分は何を血迷っているのか。かぶりを振った。
 魔性の者だ、あいつは人外の化生に違いない。そんな利害と目的の一致で、化け物同士が手を組むなどお笑い草だ。
 妖怪は妖怪らしくあればいい。人間のように群れる事はない。

「……ぁ──はぁ、はぁ……!」
 息を切らし、人間達の追撃から逃れながら何日が経過しただろうか。気付かない内に取っていた進路は都の方角だった。逃げ切れるだろうか、それとも助けに来てくれると思ったか。九尾は汗を拭いながら自嘲した笑いに頬を歪めた。
 何を馬鹿な事を考えている。だから、嗚呼──そんな考えに惑わされたから……。

「疾く、去ね。モノノ怪!」
 人間の放つ矢が、脇腹を貫いた。

(──不覚!)
 しかしそれでも九尾は逃げる。妖術を使うだけの余力はもう残っていない。
 だが、無情な現実は更に一矢を首筋へと突きたてた。無様に山の斜面を転げ落ちる九尾はもはや息も絶え絶えになりながらもがく。

「──ハッ……私も、落ちぶれたものだ……くそっ……」
 指を動かす気力も体力もない。それでも、死から逃れようとする意志だけが動く。地面を掻く指が儚い、土に無力な傷跡を抉るが体は一寸も進まなかった。
 朦朧とする意識の中で馬の蹄の音が聞こえる。崖から回り込もうとしているのだろう、もうじき自分は人間の手で討たれて九尾の伝説は幕を閉じる──そこに、自分を抱き上げる手があった。温もりがあった。

「────ぁ、なん……で……?」
「勝手に死ぬな、馬鹿が」
「ソウ……マ──」
「少し黙ってろ。鵺、話した通りだ」
「……」
 無愛想な表情で、蛇の様な種を植えると鵺は去っていく。そして、討伐軍が遅れてソウマ達の下へと集まってくる。

「九尾は確かにこの崖の……その者!」
「ああ、あなた方はなんて事をしてくれたのです! 私の姉に矢を放つなどと、これではまるで非道の行いではありませんか!」
「なんと……!」
「一度ならず二度も。これでは私の姉が助かるはずもありません! なぜこのような事をしたのですか!」
「我々は九尾の討伐軍だ、よもやこのような山奥で……!」
「ならば貴方達は狐に化かされたのでしょう! あそこに見えるのは一体なんです!」
 ソウマの指し示した方角、その空には人間を嘲笑う九尾の姿があった。

『これは愉快愉快! 実に滑稽だ人間。よい眺めであったぞ』
「お、おのれぇ! 逃がさんぞ九尾!」
 気の毒な事をしたと討伐軍は非礼を詫びる。しかしそれを許すはずもなく、必ずや九尾の狐を討ち果たしてくれと願った。それを誓い、討伐軍は九尾の飛び去った方角へと走り去っていく。
 討伐軍が去った頃に、ソウマが九尾の狐を担ぎ上げて並々ならぬ速度で森を駆け抜けていった。

 全ては蒼魔の計らい通りに。

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