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Strikers Fire -If Story-
魍魎跋扈の夜

 ムラサに出会ったソウマは港に戻ってくるなり漁師たちから驚愕の声があがるがこれを無視した。適当な事を言って誤魔化して港を去り、やや上機嫌で廃れた寺に戻ろうと夕焼けの街道を歩く。すると、そこに一人の尼が道を塞ぐようにして立っていた。頭巾を被り、右手には輪のような金属を持っている。
 その姿が大きくなっていく、見上げるような大男を見てもソウマは眉一つ動かさない。あれは妖怪だ。入道使いという妖怪、匂いで人間じゃないことくらい分かる。
 大男の振り上げた拳を見てもソウマは焦らずのんびりと歩きながら──避けた。
 それに面食らった様子を見せるのはやはり入道使い、目を白黒させながらもう一発と入道が拳を叩きつける。

「あ、貴方あの拳を見て驚かないのですか!?」
「妖怪だしなぁ」
 何を驚けというのか。そもそも妖怪とはそういう生き物だ、ソウマからすれば『妖怪が妖怪らしくしてる』だけのこと。
 流石に入道使いも少し落ち込んだのか通り過ぎるソウマを引きとめようとしなかった。

「私を退治しないの?」
「何の得があるってんだ? せいぜい精進するこったな」
 手を軽く振り、入道使いを置いてソウマは再び帰路に着く。妖怪ムラサだけでなく入道使いにも会えるとは思わなかったので機嫌も上々だ。

 そして、寺に着いた頃には辺りはすっかり暗闇に閉ざされてしまっている。妖怪達の夜が来た。そんな獣道を星空を見上げながら感心して歩くのんきな人間がいる、これを妖怪達が見逃すはずもなかった。
 その結果、土の染みにでもなって朝には仏様にでもなろうはずの人間は逆に妖怪たちを次々と地面に沈めている。たかが人間の子供と侮って掛かった結果がこれだ。

「慣らしにもならねえ」
 首を軽く回しながら、死屍累々となった山道を登る。仏門をくぐる手前でソウマが思わず足を止めた。妖怪の気配がする。そしてなにか甘い香りも漂っていた。男性を目も眩む程に誘惑するような香に顔をしかめながら門を越える。
 そこに居たのは人の域を脱した美貌の女がいた。深窓の麗人とでも言うべきか、何一つ穢れを知らない天女のような者がいる。しかし、その背中に見えるのは毛並みが大層よろしい九本の尻尾。
 金色に揺れる長い髪、跳ねた対の耳、そして狐の尻尾となれば見間違えようがない。
 三大悪妖怪として名を連ねる一匹、九尾の狐だ。

「おや、まぁ……こんな夜更けに人間が一人で妖怪の集まる所に何用かな?」
「寝泊まりに帰って来た」
 堂々と臆することのないソウマの言葉に九尾の狐は鈴を転がすように笑う。さも愉快そうにして、目尻に涙を浮かべながら。

「ふふ、私が誰だか分からないのか?」
「見れば分かる」
「妖怪が怖くないとは、変な人間だ。少し懲らしめてやろう」
 九尾の足元が跳ねる。ソウマはその動きをこの暗闇の中でも追っていた。嫌でも目立つ、それもそうだ。月明かりに輝く髪の動きははっきりと捉えている。
 妖獣の肉体に人間が適うはずもない。爪は容易く鉄を砕き、牙は臓腑に易々と突き刺さる。だから今、ソウマの抜き放った刀が刀身半ばより火花を散らして砕けようとも何ら不思議ではないのだ。しかし九尾の腕を捕まえている。

「これは驚いた。口先ばかりでないようだ」
 九尾の目がすぅ……、と細まるのを見ると興味を惹いてしまったようだ。ソウマにとってはそちらの方が好都合である。
 それに対し、挑戦的に見降ろすような目つきが気に食わないのか九尾が口元を釣りあげて笑った。堕落的に誘うような艶めかしい手つきでソウマの頬を撫でる。

「なんだ」
「面白いじゃないか。どれ、少しばかり私も戯れたくなってきた」
「好きにしろよ」
「抵抗しないということは満更でもないか」
「美人に弱くてな、男なんて皆そうさ」
 するりと慣れたようにお互いの着物を脱がしていった九尾が跨り、眉を寄せた。

「お前は、人間か?」
「さぁて、どうだか?」

 妖怪は人間の恐怖だ。人を脅かし、襲い、人に退治される。ならば恐れない人間の眼にそれはどう映るのか?
 ソウマには妖怪も人間も大差ない。
 不純物が多いかそうでないかの違い程度にしか見ていない、どちらが好みかと聞かれたらソウマは──マスターはこう答える。

『どうでもいい、どちらでもいい』
 好意と嫌悪の損得勘定で、決して他人を評価しない。だから“人間を愛さないし、愛されない”事を踏まえている。
 もし、本気で自分が欲しいと思う者がいるのなら、それはきっと。
 聖人か、聖女か、大悪党か、同類だ。



 ──鵺が山の廃寺へとやってくる。
 夜の帳をすり抜けて、人間を正体不明の鳴き声で縮こまらせながら。ひゅーいひゅーい、と口笛を鳴らして。

「ふんふふーん……あれ」
 鵺と入れ違いになって消える姿が一つ。

「九尾じゃん、何してんのさ?」
 まぁ興味もないので鵺は無視した。本堂へ降りると、上半身の裸体を晒すソウマが着物を羽織っている。何をしていたのかは大体察しがついたが、やはり鵺は気にしなかった。

「また来たのかよ」
「なんか文句あんの? 別にどこに行こうと鵺さまの勝手でしょ」
「そりゃそうか。んで、その手荷物は一体なんだ」
「ああ、これ? 都の市場で正体不明のタネばら撒いてくすねた品。あげる」
「そりゃ助かる」
 貴族の娘が攫われるのに比べたら鵺が働いた市場の盗みなど可愛い物だ、ソウマもそれを咎めようとは思わない。畜生を人間の法で裁くことがそもそも間違いなのだから。

「ああ、そうそう。面白い話が流れてたよ」
「そいつはどんなだ?」
「何でも明日、都に僧侶が来るってさ。どうすんの? 邪魔にならない?」
 妖怪ムラサの討伐の為に呼ばれた僧侶。当然、それは妖怪の敵だ……だがソウマはそれが誰なのか知っている。そしてその僧侶の利用価値は既に決まっていた。

「いいや、確かに邪魔だが。ちょいと利用させてもらうさ」
「ふーん。どうやって?」
 鵺の問いかけに、ソウマは笑って返す。

「そいつは、言えねぇなぁ」
「ちぇ」
 子供のように拗ねる鵺は、焼いた魚を頬張ってむくれるばかりだ。

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あきゅろす。
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