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Strikers Fire -If Story-
三ページ

 青年の前には壁がある。コンクリートで固められたその壁には奇妙な亀裂が存在していた。突貫工事により生じたモノではない。耐久年数を超過した訳でもなければその建造物が老朽化している証明ではなく、それはただただ、亀裂としか言いようがなかった。

「…………」
 夜の冷えた空気を吸い込み、吐き出す。
 これは入り口だ。異世界への入場料は無料だが、保険は利かない。最悪命を落とす場合もある危険なアトラクションだ。しかし、青年は躊躇いなく、嬉々として亀裂に歩み寄る。
 手を添えてこじ開け、歪な音を奏でながら広がる入り口の中へ。そこは結界と呼ばれている隠れ家だ。まだ誰かが踏み入れた形跡はない。速やかに奥へ奥へと進みながら禍々しい風景を観光気分で眺める。

 この結界と同じ光景は何度か見ているが不思議なことに飽きない。面白くもつまらなくもないが、この整合性も何もない心象風景の部屋は色褪せない。
 そして、部屋の主もまた人間ではなかった。獣とも、生物とも見て取れない姿はまるで暗黒宇宙神話の眷属にも見える。その生理的嫌悪感を催す邪悪を前に、青年は────

「……………クッ」
 嗚咽を洩らす。口の端を引きつらせ、恐怖した……はずもない。

「クッ、フフ……ハハハッ」
 顔を覆い、目を逸らさずに自らの手で視界から部屋の主人たる化け物を隠した。
 愉快で愉快でたまらない。
 この化け物は絶望した。希望を求めて“契約”したのだろう。その代償が──コレだ。
 他人の不幸は蜜の味。とんでもない。
 この青年にとっての他人の不幸は、極上の前菜だ。
 そして、その結末はメインディッシュ。どれだけ皿に飾られても空腹を満たす事はない。肉体的に。

 だが人の心というのもまた、空腹を訴え、味に飽きる。
 刺激が必要であり、同時に甘美な誘惑も、隠し味に辛苦な物も飽きさせない為に必要な物だ。例外もあるだろう。
 千差万別、十人十色。人には持ち味があるだろう。それは何処からかインスパイアを受けている。だがそれはそれはとても個性的な料理だ。

 今まさに白刃を化け物に振りかぶり、突き立て、食らいつこうとする青年にとって最も飽きの来ない食事。それは、他人の不幸の結末。成れの果て。
 とどのつまり、天邪鬼なのだ。
 一生懸命頑張って生きただろう。死ぬ為に。卵が先か鶏が先か、そんなのはどうでもいい。
 目を輝かせ、希望に胸を膨らませて精一杯努力して生きていただろう。たった一つの願いの為に、その一抹の夢を叶える為に全てを投げ出して。

 だから。

 ──だから。

「ハッ──」

 大いに結構!
 賞賛に値する。その努力を認め、笑顔で手を差し伸べよう。

 ──だから、

「ご苦労だった」


 最期に、青年は化け物を救済した。
 労い、息も絶え絶えなその顔を踏み躙り、首を刎ね、楽にしてやる。それがこの化け物に対する、青年のチップだった。

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