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ヴァルくろ!
全力、故の絶望感

──俺の一日はまず、平和を噛み締める事から始まる。小鳥達の奏でる自然のハーモニーで心を癒す、それからカーテンを開けて手首の時計を念入りに確認。

現在朝の六時、再度確認するが、朝の六時少し前。目覚まし時計も確認する。よし、朝の六時前だ。
そうしたら階段を降りて洗面所で顔を洗い、眠気を葬る。さっぱりしたところで本日の昼食作り。

「日本人なら米だろ、米」
 炊きたての白米を丸いおにぎりにして塩を振る。具は無し。もう片方に梅干しを突っ込む。そうしたら海苔を巻いてラップの上からアルミホイルで包んで完成。
朝食は余りの米とインスタントの味噌汁。焼き魚と漬物。一人暮らしとか贅沢してられない。

「ごっつぁんです」
 時計を確認。まだ七時前だが食器を水に浸して階段を上がり、制服に着替える。学ランの内側にある胸ポケットを叩き、固い感触を確かめた。ははは、こやつめ憎らしい固さだ。おにぎりはカバンに突っ込む。
 深呼吸を数回繰り返し、部屋の戸締まりチェック。家の鍵を持って我が家の玄関のドアノブに手を掛けて再び深呼吸を繰り返す。

「虎だ、虎になるのだ俺は…足りない速さは男の意地で補え。ねだるな、勝ち取れ!」
 ここから先は一分の無駄も許されない。そう、一秒たりとも全身の運動神経に休憩はなく、最初から準備運動をぶっちぎりにシカトしたクライマックスだ。
覚悟しろ。覚悟しろ。覚悟しろ。恐れるな、俺に出来る。否、俺にしか出来ない事だ。

「……いざゆかん、本能寺!」
 俺はドアを開けた、閉じた。鍵を閉めて引き抜きながら朝の町を駆け抜ける。そこに無駄はない。

走れ。走れ、走るんだ。背後に迫る恐怖感をバネにして、道行く人達の視線をエールにする。出来る限り腕と足のペースを合わせ、無理なく体力を均等に消費した上での全力疾走だ。
今の俺に何一つ無駄な消費は許されない。道を曲がる時もあらかじめ外側に寄ってから内側に潜るような華麗なカーブを切る。勿論、不慮の事故が起きないように事前に左右確認は怠らない。

俺は時計を確認する。七時八分、学校までの自己ベスト八分の記録は未だ破れない。いや、思い出したくもないから九分にしておく。
残り約五百メートル。よし、今日は良い調子だ。信号機という障害もスムーズにクリア、少ない人通りも問題なく乗り越える。

ここからが本番、俺は残りの距離二百メートルで更にペースを上げた。最難関である坂道は直線だが、故に体力の消費と進む距離が合わない。だからこそ、爪先とふくらはぎの筋肉で跳ねるように俺は坂を駆け上がる。

学校まで残り百メートル。校門と玄関の下駄箱が見えた。こうなればなりふり構わず俺は内部呼吸器官を全焼させる。燃え尽きろ、灰になれ。そうすれば残り時間で再生は可能だ。

学校まで残り五十メートル。左右確認、人影はない。俺は孤独なトップの独壇場に立っている。
俺は、その瞬間油断した。無意識のうちに気を弛めたのかもしれない。一瞬だけ息を吐いた。

「藍紅様、おはようございます」
「ちくしょおおおおおおおおおおおおおぉぉッ!!」
 やはり人間の足では光の速度で移動出来るロリータミュータントからは逃げられないのか。

俺は絶望感と脱力感で膝を折り曲げ、地面に崩れ落ちた。

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