DOG'S LOVE FIGHT! 橘美大貴 彼はこの学園で特異な存在だった。 そもそもが無宗教派、更にいうならば祖先崇拝の家に生まれたというのに、何の嫌がらせか親に無理矢理に押しこめられたミッション系。 聖メリアンヌ専修校なんて冗談以外の何物でも無かった。そして、彼自身は神でも祖先でも何でもなく、己の思うがままに従って生きている。 「…‥」 ジュ、 瞬く間に短くなった煙草を灰皿に押しつけた。 そんな自分が、示威集団に入り、最上位模範生。それこそ冗談もいい加減にしてくれと叫ぶ馬鹿な話だった。冗談のまま片付けられなかったのは自分自身の至らなさだったから仕方は無い。 一応、換気をしてやろうと窓を開けると、その階下に自分の姿を認めたのか、生徒がざわめき始めた。 「橘美さまだ!」 「橘美さま?きゃ、ホントだ!」 「きゃー橘美さまがいらっしゃるーっ」 首を振って煩わしい声の塊から意識を逸らす。ついでに窓も閉めた。 「……‥」 この学園は頭がおかしい。六年在学する自分ですらそう思うのだから、部外者には尚理解を得ないだろう。 絶対的な弱肉強食。 はこびる身分制度。 末端から中枢までおかしい「学園」などと本気で笑えない。美しく生まれの良いとされる者が異様にもてはやされ、醜く生まれの卑しいとされる者は一も二もなく蔑まれる。美しいとはなんだ卑しいとはなんだ、生まれの良し悪しなど、どうして決められるのだ。 そんな正論などここでは「世迷言」だ。 そうして散々この学園に染まるまいとしてきた自分が、あの胸くそ悪い「示威集団」のトップで、「最上位模範生」。職務を投げうってもただただ是とされて。 それは間違いなくこの学園の規律に則っていた。彼は正しくこの学園の支配者層に収められる人間だった。 容姿に圧倒的に秀で、身体はしなやかに強く、生まれは日本有数の財閥。だから何だと彼が口にしたところで、生まれ持ったそれらだけが過度に優遇されるこの学園において、彼のそのポテンシャルは正しく「勝者」だった。 橘美大貴は苛立っていた。 彼は世俗的にいうならば、「学園の生徒会」の「生徒会長」という立場にいた。学園の集団の模範となり統制するどころか、学園の意義そのものを否定していたのにもかかわらず、だ。 聖メリアンヌ学園は、善と智と勇を司る女神メリアンヌを偶像に掲げた宗教校だった。更にいえば、彼自身は崇拝するものなど何も無かった。 そんな彼が、何故。なりたくもなかった生徒会長なんてものに納められてしまったのか、とは。 ある一人のオトコに起因した。 「橘美さん。…‥編入生の迎えに行くのでは?」 足を放り出し、ぐだぐだと浸かっていた思考に邪魔が入った。放っておけと吐き捨てたくなるような更に不快感を増やす声に知らず顔が険しいものになる。 「…‥ちっ」 「橘美さん?」 舌打ちして、重い腰を上げる。 ずっと嫌みたらしい視線だけを寄越してようやく口にしたと思ったらこれだ。 面倒くさい。 この偏見と時代錯誤で固められているような学園に、この秋から編入生が来るのだ。 この学園は特別編成で四年制であるが、今から入っても在籍は二年も無いというのに、だ。実質的な登校期間などは一年半あるか無いかというところだろう。 対外的には超進学校とされるメリアンヌにおいて、訳ありは確定されているようなものだ。 彼は、その出迎えを理事長から直々に受けていた。胡散臭いこと極まりない。 あわよくばばっくれられたら、と思っていたがそうは問屋が卸さないらしい。 「普段役職務なんて全くなさらないのだから、これぐらい行って頂かなくては」 「…へえへえ‥」 薄い眼鏡の奥、怜悧な視線を寄越してくる「二位上位模範生」(自分を生徒会長と呼ぶなら彼は副会長だ)にそれ以上ぐちぐちと突かれるのも面倒な話だった。 「橘美さん」 重い気分を振り切り、さっさとお暇することにした自分の背中に呼びかける声。 何のリアクションも返さなくても、分かっていたと謂わんばかりに声は続けられた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |