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DOG'S LOVE FIGHT!
9

何も変わらず、いっそ傲慢なほどに美しく、従いたくなるほどに魅力的な暴君。

ー…‥‥常陸、恭平。

俺の捧げた三年間の全てを、支配した男だ。
ずきん。

癒えたはずの暴力の痕たちが、脅えたように騒ぎ出す。

ずきん。

腹が、竦む。

覚悟なんて、笑い話だ。己の身を売ってまでこの男の情報を得ようとしている、今の今になって、さえ。

恐ろしい。

怯えすぎだと蔑まれようとも、なお。

俺は、この男が恐ろしかった。

「マサ」
「…‥それ、で?」

うっそうとしたかつらの奥から、なおも冷たい表情のままの憲心に視線を送る。

駄目だ。悟られるな。憲心は、ー…‥この情報屋は確かに同情に値する相手ではあるが、味方では、ない。

動揺は隠し切れたのだろうか、憲心が俺の乱れに付け入ってくることはなかった。

俺が今まさに最も求めており、同時に最も聞きたくない「常陸恭平」の基本データが羅列されていく。途中、何度もそんなものはどうでもいいのだ、と叫びそうになって、ー…‥堪えた。聞きたくもない情報でも、情報には違いない。それが、有益かそうでないかは別として。

「常陸恭平。曾祖父が俗に言う不動産転がしで得た資金を元に祖父が発展させた莫大な富を現在会長を務める父親が地固め、完成させた常陸グループの嫡男。しかし実際は現会長の妾の子だろうと言われている。あくまでも噂でしかないけどね。まあ、本妻とは仲良くやってるみたいだなぁ。地元はうちからだいぶ離れてるけど、まあうちは全国から集まるから珍しい話でもねえ。我がメリアンヌへは本年九月に異例の第一寮、三年Sクラスへの外部編入。しかし、その編入当日、迎えに出た我らがミスターアドリアン、橘美大貴と衝突し、超法規的にその翌日には第三寮、三年Fクラスに異動。これは常陸本人が同寮、同クラスになる橘美を嫌った為だと言われてるが、実際は微妙なラインだよなぁ。橘美、常陸ともに気に入らない相手は余所に追いやるより目の前で叩き潰したいタイプだし。とすれば、橘美側というより、常陸側の側近の誰かが擁護の為に常陸を橘美から離したんだろうと俺は見てる。実際の、就業中でもプライベートでも構わない常陸恭平の性暴君ぶりは知ってるか?ー…‥知ってるみたいだね。ー…‥橘美は、美容室でちょっと話したよなあ。「じゃんけんに負けて就任した」っていうクレイジーな会長様だけど」

そこで一旦、舌の回転を止めて憲心は俺が話を消化出来ているかを確認するようにこちらに視線を寄越した。

そして、驚きを隠していない俺に驚いた顔をする。

ー…‥妾の子、な。そうか、どこぞのお坊ちゃんかもしれないと思ったことがあったが、本当にお坊ちゃんだったのか、あの男は。

ー…‥次いで、まるで違う見当に、馬鹿馬鹿しさが込み上げた。

性奴隷?恋人?

有り得ない。

あの頃の俺が、ちらりとも、思い付きすらもしないような、話だ。

そう、ー…‥ちらりとも、思い付きもしない話だったからこそ、余計に、辛く、痛かったのだ。あの頃の俺には。

『ー…‥そうやって俺も、副総長としてオマエの不在を少しでも埋めねばとやってきた俺ですらも、オマエの「オンナ」にするのか。

それで、片付けるのか』

あの絶望が、痛かったのだ。

あの頃、ひょっとするとあの男の熱烈なシンパよりもあの男を盲目に信じていたのは、他ならぬ俺だったのだから。

「神さまだったんだよ」
「は?」
「常陸は、ー…‥元々は俺らの、神さまだったんだよ」
「神さま」

オウム返しに呟いて、憲心は目を見張った。

「…‥いかにも、初めて聞きました、知りましたってカオだなあ」
「ああ、初めて聞いたし、知ったんだよ。もしかしたらとは思ったことあるけど。まさか本当にお坊ちゃんだったとはな」
「あんなぶっ飛んだやつを見て、何も調べないでいられるのがわかんないね、俺には。いかにも厄介な、問題ありげな人間だってのにさあ」
「悪いな、おまえほど危機管理高く生きてきてねえんだ」
「白々しいなあ。バックボーンは知らないくせに、編入初日でクラス替えだの、性暴君だのの話には眉ひとつ動かさないのな?なに、ー…‥元々、知ってんの」
「まあな。これも対価に入れとけよ」
「あーなに、あんたも元性奴隷とでも言うわけ?それとも、あのカリスマの恋人志願者?」
「まさかだろ」

寝耳に水、だ。思ってもみない予測例に一瞬、過去のトラウマが引っ掛かる。

最悪と言ってもいい気分だった。

俺とあの男が居るのを見たこともない憲心にすら、まるで俺が「オンナ」に見えると言われているような。

最悪?不快?

いいや、と自分の心情を現す最も的確な表現に俺は憎悪する。

恐怖、だ。

まるで被虐願望を白日のもとに曝されているかのような、恐怖。いつの間にか自分が、そういう人間になってしまったのかのような。

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あきゅろす。
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