[携帯モード] [URL送信]

執着―TORAWARE―
縛U
 どうにも打破できそうもないピンチに困り果てて、頭痛すら感じている時、誠偉の携帯が鳴った。舌打ちしてディスプレイを確認するや、一気に気分が浮上する。発信者は奏南だったから。
「もしもしっ」
 あまりの嬉しさに勢い込んで出ると、びっくりしたような奏南の声が、誠偉の鼓膜を心地よく震わす。
『誠偉君?どうしたの?』「あぁ、何でもないよ。奏南ちゃんこそ、どうしたの?今日は休み?」
 受話器越しでも美声だなぁ、と思いながらの問いかけに、返ってきた言葉は誠偉を復活させるものだった。
『今、スタジオの外にいるんだけど…差し入れ持って来たの。時間、大丈夫?』「えっ、マジで?!」
『うん。レコーディング中でお邪魔だったら、差し入れだけ渡して帰るから』
 禮にも見習わせたい謙虚な言葉に心和ませつつ、出迎えに行く旨を伝えて、電話を切る。
「みんな休憩してくれ。俺はちょっと外に行ってくるから」
 誠偉の言葉にスタッフが安堵の息を吐くのに苦笑して、レコーディングルームから出ていく。禮は無言で誠偉の機材部屋に繋がってる仮眠室へ入ってしまった。
 誠偉が外に出ると、奏南がバスケットを持って所在なげに立っていた。いつもの如く、目立たぬように顔を伏せながら。
「ごめんなさい、お仕事中に…」
「大丈夫、ってゆーか逆に来てもらってすごく助かる」
 誠偉の人好きのする笑みに、ゆるやかに微笑み返す奏南は、本当に透明な美しさを放っている。昔の数々の恋愛トラブルは知っているが、もったいないな、と誠偉は心密かに思う。
 パーカーにデニムジーンズ、いつものメガネに長い前髪。でもキチンと彼女を観察すれば、長い手足で9頭身な事に気付くはずだし、うつ向きがちではあるが姿勢が良いのもわかる。
 自分でもかなりのイケメンだと自負しているが、この姉弟の美しさには絶対に敵わないことを、誠偉は知っている。この姉弟には正反対の華やかさがある。自分には、ない。
「禮、迷惑かけてるの?」 禮の仕事ぶりを知ってる奏南は、自分のことのようにすまなそうな顔をする。「ちょっと機嫌が悪くてね、困ってたとこ。奏南ちゃんから、ちゃんと仕事しろって言ってやって」
「この前ウチに勝手に上がりこんでたから、突っぱねたの。そのせいかしら…」 恐縮する奏南が可哀想になって、そっと肩に手を置く。
「奏南ちゃんは悪くないでしょう、禮が勝手に上がり込んだんだから。さ、中に入って」
 優しい言葉をかけ、スタジオの中へと促す。自分と二人きりで外にいて、変なのにスクープされたら、奏南が困るだろうから。それに何より、早く禮と対面させたかった。



[*前へ][次へ#]

8/94ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!