執着―TORAWARE―
縛T
都内某スタジオ。橘誠偉(たちばな・せいい)は困り果てていた。いや、そこにいるスタッフ全員が困り果てていたという方が正しい。原因は、いつもの如く禮。
やる気がないのはいつもの事なので諦めているが、今日はそれにプラスして不機嫌なのだ。
おかげで作業が進まない。スタッフが誠偉に救いを求める視線を向けるが、誠偉にもどうにもできない。溜め息しか出ない。
禮は『混沌(カオス)』というユニットのヴォーカルをしている。組んでるのは、従兄弟の誠偉。奏南より3つ上で、禮とは4つ違いになる。『混沌』のプロデュースをし、作詞・作曲もする。インタビューに答えるのも、誠偉の仕事。禮は本当に‘歌うだけ’。
TVに出演しないばかりか、ライブも殆どしない。メディアへの露出は極めて少ないが、卓越した美貌と超越した歌声により、人気は絶頂を極めていた。
奏南にしか関心のない禮がこんなことをしている理由は、やはり奏南。
禮の美貌と歌唱力に目をつけた誠偉の、
「街中、TVの中とか、ショップの店頭とか、どこでもお前の歌声が流れるはずだ。そうしたら奏南ちゃんは、常にお前を意識することになる。お前のポスターが至る所に貼り出されれば、嫌でもお前の存在を感じずにはいられない。精神的に奏南ちゃんを捕えるチャンスだと思わないか?」
という誘いを受けたから。奏南を追い詰めるためなら、何でもする。禮のカリスマ性と才能が欲しい。従兄弟同士の損得が合致した結果が『混沌』だった。
父親同士が兄弟というこの三人は、年がわりと近いせいもあって、仲良しだった。まぁ厳密に言えば、奏南と誠偉が仲良しなのだが。だから父親さえ知らない姉弟の現状を、誠偉は知っている。それを利用して禮を引き込んだ事に対して、少なからず罪悪感を抱いている彼は、せめてもの罪滅ぼしに、二人の間のクッション役を引き受けているのだ。
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