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執着―TORAWARE―
始動Y
 禮が立ち去った後、しばし呆然と立っていた奏南は、ややするとヘナヘナとその場に座り込んでしまった。未だに強ばる。未だに震える。例のトラブルが勃発した時のトラウマを、今も引きずっている…。

 いつも冷めた眼をしていた。ほんの子供の頃から、周りから浮き立っていた禮。家庭環境はとても良かった―早くに母を亡くした以外は。
 男手ひとつで子供たちを育てる父とのコミュニケーションは少なかったが、自分たちがとても愛されてるのは、よくわかった。不自由がないようにと、気遣ってくれたのも知っている。なのに――何故、弟だけがあんなに歪んでしまったのか?
 いわゆる人生の横道に逸れた訳ではない。かといって、まっとうでもない。
 人様に多大な迷惑を掛けない代わりに、小さな親切を施すこともない。
 奏南の言うことは聞く。というか、奏南の言うこと‘しか’聞かない。
 禮の行動は、奏南を己れの腕(かいな)の中に追い込み、逃がさないためだけにある。そのためだけに禮は生きている、と云っても過言なんかではない。
 奏南にひとつずつ足枷をはめて、自分に繋ぎ留めたい。だから、他人から見たら、どんなにか大事だろうと思われるモノでも、奏南の足枷にならないのなら、アッサリと未練もなく切り捨ててしまう。
 グッタリとソファに上半身を預け、眉をしかめて目を閉じる。思い出す、先程のやりとり。禮の微笑―。「そういえば、あのコ…最近全然笑ってなかった…」 恐ろしいと感じるほどの想いを叩き付けられたあの日から、禮は滅多に笑わなくなった。特に奏南が独り暮らしを始めてからは―。「寂しいのかな…」
 対峙している時は、身の危険を回避する意味も込めて、強気で拒絶的な態度をとるけれども、ひとりになると―たった二人きりの姉弟だから―禮のことが心配になってしまう。
 禮が怖いけど――禮が可愛い。結局は《弟》ということで、許してしまう。
「少し痩せた…?」
 瞼の裏に残っている禮の姿は、前に会った時より幾分か細身になっている気がする。差し入れにでも行こうかな…。
 ゆるいウェーブのかかった髪をサラリといわせながら、奏南は更に深くソファにもたれる。色素の薄い髪は、もうすぐ腰まで届く長さ。禮が好きな、奏南の髪―。
「後で誠偉君に、禮のスケジュール聞いておこうかなぁ…」
 小さくひとりごちて、ゆっくり目を開くと、お風呂の準備をするべく、のろのろと立ち上がった。

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あきゅろす。
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