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執着―TORAWARE―
始動X
 奏南が引き起こした最大かつ最悪、最凶の恋愛トラブルが、実弟・禮との、この状況。
 物心つく頃から薄々気付いてはいたが、気付かぬふりをし、そんなことはないと自分に云い聞かせてきた禮の想いが最悪の形で爆発してしまったのは、高校生の時。
 その時の禮の言葉が、今も耳から離れない。脳が完全に記憶してしまった。
「奏南‘だけ’愛してる。奏南‘しか’欲しくない。俺の中で現実なのは、奏南‘だけ’だ」
 誇張でも何でもなく、全くの言葉通りなのを、あの時から痛切に思い知らされている。
 表情に、声音に、仕草に、感情がこもるのは、奏南に対して‘のみ’。 それは、徹底的。
 母を亡くした後、男手ひとつで育ててくれた父親に対してさえ、親愛の情を見せることはない。―親への愛情など持ち合わせていないから。
「お望み通り顔を見て、満足でしょう?もう帰ってくれるかしら、疲れてるの」 禮から自分を守るには、強気で向かい合うしかないと思うから、キッと睨みつけて、玄関を指差す。どんな形にせよ、奏南が自分を真正面から見据えているのに、身体の底から悦びを感じているなどと云うことに、気付けるはずもないから。 奏南の言葉を聞き流して、微動だにしない禮に焦れた奏南が声を荒げて帰宅を促すが、自分と関わることで発露した奏南の苛立ちに快楽をおぼえている禮は、口元にうっすら笑みを浮かべた。
 それは他人が見たら衝撃に腰を抜かしてしまうような、全く未知の微笑み。
「笑っていないで、帰りなさい。私は明日も仕事だから、早く寝たいの」
 自分の前でのみ見せる微笑に慣れている奏南は、ひとつ息を吸って心を落ち着かせてから、再び帰宅を促す。それに対する反応は、「そばに居られたくない?」
という問いかけ。別に悲しそうでも切なそうでもなく、明日の天気でも尋ねるみたいな。
「訊くまでもないでしょう…」
「そうか」
 震える奏南の声に、根が生えたように動かなかった禮の足が、玄関へと向かう。挨拶もなく、無言でドアを後ろ手に閉めた。

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あきゅろす。
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