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執着―TORAWARE―
始動W
 23時過ぎ―。仕事と練習を終えた奏南は、独りで暮らす1DKのマンションへと帰り着く。奏南の部屋は2階。暗証番号で施錠を解いてドアを開けるや、目を見張ってしまう。
 誰もいない筈の室内に、灯りがついている―。
 その理由は、考えてみなくても解る。あの男しかいない―。
 ダイニングキッチンと8畳の洋間を隔てる扉を開けて、優雅な足取りでこちらに歩み寄ってくる男、
「禮(らい)…」
 正真正銘、両親を同じにする、実の弟。
 禮もまた、神の造りたもうた、傑作。姉弟なだけあって大概の造りは似ているが、目元に違いがある。禮の眉は直線的で、瞳は切れ長。
 そして最大の相違点は、雰囲気。奏南を〈純白〉とするなら、禮のそれは〈漆黒〉。
 その双眸も口元も、冷悧な刃物のようで、更には冷酷。
 全身から排他的なオーラが立ち上り、感情を映し出さない瞳は、ゾッとするほど酷薄。無表情で無関心。恐ろしいくらい、エゴイスト。
 なのに、威圧的で侮蔑心が多分に含まれる、口元に稀に浮かぶ笑みにオンナ達は惹かれてしまう―。
 オトコは反発するか媚びるか、どちらにしても無関心ではいられない。
 カリスマ…巷で安っぽく大量に使われているような意味合いではなく、真のカリスマ。
「遅いな」
 低く、直接子宮に響いてくるようなヴォイス。少しだけ不機嫌さが含まれている。
「仕事だから。――それより、どうして此処にいるの?」
 玄関から上がり、禮と視線を合わせぬように彼の横を通り抜けながら、問うた。
 ソファに荷物を置く奏南へと、視線と体の向きを移動させながら、何の抑揚もなく禮が答えるには―、
「奏南の顔が見たかったから」
「…っ」
 瞬間的に奏南の身体が強ばる。無感情な声音に怯えたわけでも、その中にある、長い付き合いだから知れる不機嫌さに反応したわけでもなく、純粋に向けられた言葉の意味に怯えて。
「奏南に会いたくて、狂い死にしそうだった」
 血を分けた弟の口から発せられる言葉に、奏南の方こそ狂い死にしそうだ。
 二人の間に、緊張した空気が流れる。

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あきゅろす。
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