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執着―TORAWARE―
始動U
 街を歩けば、必ずその姿を目にする。ポスター、ブラウン管、電車。―溜め息がもれる。
「あっ、『混沌(カオス)』だ。このポスター、超欲しい!」
 CDショップの店頭に貼られている特大ポスターを見ながら、女子高生たちが騒ぐ。それを横目でチラリと見やって、橘奏南(たちばな・かな)は歩くスピードを上げる。
 道行く人々は通勤や通学の途中で、足早に歩いている。その中に紛れ、大衆に埋もれる努力をする。他人の視線を引き付けないないために。


 ビルの1階、フロア全体が奏南の勤めるヘアサロン『COLOR』。そこに入り、荷物を置くと、早速開店準備を始める。
「おはよーさん。相変わらず早いなぁ、かなちゃんは」
 少しすると店長が出勤してくる。そして続々と他のスタッフも。
 高卒でこのサロンに入店し、美容学校は通信で卒業した。けっこう努力した甲斐あって、今では技術者(スタイリスト)。それでも、タイムカードを押す時間は誰よりも早い。
「かなちゃん、ちゃんと寝てる?昨日も新人の練習に付き合って、帰るの遅かったんでしょ?」
 やんわりとした雰囲気の店長が心配そうに尋ねてくるのに、曖昧に頷く。いつも伏し目がちに、目立たぬようにしてきたので、口数も多くない。
「ねぇ、かなちゃん、その野暮ったい前髪切ろうよ。腕はいいんだから、もっとオシャレすれば、若いコの指名ガンガン増えると思うよ」
 くりくりと奏南の長い前髪を指に巻き付け、顔を覗きこんでくる。
「いいんです。長い方が好きなんです」
 目立たないから―と、心の中で続ける。黒ぶちの野暮ったい伊達メガネも、同じ理由から、いつも掛けてる。
「顔の造りはいいと思うんだけどなぁ」
 なるべく造りの良いところが目立たないような化粧をしているので、店長はこの辺で引き下がってくれる。あのまま前髪をかきあげられたら、困った事態に陥ったかもしれない。奏南はホッと息をついた。

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