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執着―TORAWARE―
縛V
 スタッフ達がコーヒーを飲んだり、煙草を吸ったりして和んでいる廊下を、軽く会釈して通り過ぎる。誠偉が彼等の顔を横目で覗き見ると、明らかに「助かった」という表情だ。
 奏南のことを禮の姉として知っているし、何より奏南が顔を出した後の禮は、常日頃の仕事ぶりが嘘のように、完璧に歌いあげる。レコーディングスタッフにとって、奏南は「救いの女神」だったりする。
 最奥にある仮眠ブースのドアを軽くノックして、まずは誠偉が中に入る。
 ゆったり流れてくる紫煙に、溜め息が漏れる。喉は大事にしろ、という注意は禮の耳を素通りしているらしい。わかってはいたが…。
 ソファベッドにだらしなく腰掛け、両脚をテーブルの上に投げ出して喫煙。誠偉が入ってきても、ちらりとも彼を見ようとしない。全く興味がないから。
 そんな禮の態度は、基本的にイラつかされるが、その実、少しだけ羨ましいと思う。世間とか他人の目とか、そんなものを気にせずに生きられる自己中心的なところが、結局は周りと融合するべく愛想のいい笑みを浮かべてしまう自分には無いから。そしてたったひとつの、自分の全ての感情を向ける相手がいる事が、誠偉の‘羨望’を呼び起こす。
 “愛”というには熱すぎる、“愛”では生ぬるい感情を、誠偉は“執着”と呼んでいる。禮が奏南に向けるそれは、間違っていて歪んでいるのだと思う。どんな手段を使っても、奏南に枷(かせ)をはめて、一歩も退けられないように自分に繋ぎ留めようとする、それほど禮の核は‘奏南’だから―。‘奏南’だけ…誇張ではない。
「禮」
 誠偉の呼び掛けに反応はない。仕方なく、自分の後ろに控えている奏南に目配せして、中へと促す。
「禮…」
 耳ざわりの良い声が響いた途端、彫刻に息が吹き込まれる。手を叩きたくなるくらい、対照的な反応だ。 顔全体をこちらに向けた禮は、長年近くで接してきた誠偉だから判るくらいの笑みを口元に浮かべる。
「禮、煙草はやめなさいね」
 姉の顔で叱る奏南を見やってから、吸いかけの煙草を灰皿に押し付けた。誠偉が一万回言っても効果はないだろうが、相手が奏南なら即効だ。
「もう2、30分休憩してていいよ」
 すがる気分で奏南に禮の機嫌取りを託し、仮眠ブースから誠偉は出ていく。


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