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消失の奥の夢(隠の王)
第一章…出逢い




寒い、と



地面を踏みしめ、前に進みながらそう思った。コートを着てはいるものの、顔に当たる風を凌ぐ事は出来ない。早く、家に―――いや、雪見の元に戻りたい…。その想いからか、自然と足の動きが早くなってゆく。
ふと、俯けていた顔を上げれば、木の葉という衣服を剥ぎ取られた並木が目に入る。どの木も、死んでいるかの様にじっと動かない。まるで自分の様だ、と。他愛も無い考えが頭を過ぎった。
死んでいる様で、生きている。生きているけど、死んでいる様に―――。ただ、じっと動かず…終わりが来るまでひたすら生き続ける。自分では何も出来無いのだ。生きる為の事すら。
壬晴の力に頼らなければ、僕は生きることすら危うい。まるで、壬晴という地面に根を張る木の様だ。きっと、壬晴にも大きな負担を掛けている。そう分かっていても、壬晴に縋る事を止められない。
僕は、なんて卑怯で愚かなのだろう…。汚い。醜い。穢らわしい。こんな自分、早く消してしまいたい―――…!気が付けば、僕はまた頭を垂れ、無機質な地面を見つめていた。
其処は、雪見の居るマンションの前。雪見が居る、と思えば…気持ちが静まっていくのが分かった。僅かに呼吸を落ち着かせ、高く聳えるマンションへと歩を進めようとした…その時。



『貴方が…宵風……、…』



小さくてか細い声が、僕の背後から響いた。はっとして振り返るも、其処には誰の姿も無く、冷たい風が僕の頬を撫でる。誰の気配も無い辺りを見回せば、僅かな視線を感じた。己の視線を向けると、其処に居たのは一匹の蛇。
珍しい蛇だった。傷一つ無い其の体は真っ白で、細くしなやか…とても野生の蛇とは思えない程、其の蛇は美しい。道端の茂みから、其の蛇はじっと僕を見つめる。黄色い眸は、僕を捕らえて離さない。違う。離したくない…?
複雑な想いが心に降り積もっていく感覚を感じているうちに、あの蛇は細い体をくねらせ、するりと茂みの中へ消えてった。其れを見届け、僕は再度マンションへと向き直る。



『…また、…』



また、あの声が響いた。はっとして振り返れば、もうあの蛇の姿は見えない。そう思って、僕は再度はっとする。何故、僕はあの蛇の姿を探した?蛇が喋る…なんて、有り得ないのに。
己の考えと、あの白蛇に違和感を思えつつも、寒さに耐えかねた僕は、雪見の待つ狭くも温もりの在る部屋へと歩を進めた…。



『………今度は、人間として…会いましょう、…』



茂みを抜けた道端で、白蛇はふと後ろを振り返る。純白の体に映える、真っ赤な舌を出しながら、白蛇は小さな声を紡ぐ。北風に吹かれ、その小さな声は誰の耳にも届くことは無かった―――。






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あきゅろす。
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