青砂の砂漠 ダルダラ砂漠に道は無い。方位磁針も役に立たない。それでもこの砂漠に、【魔女】の知識を求めて訪れる者は少なくない。 大抵の【魔女】は人里離れたところに居を構えているが、常にその屋敷に居るとは限らない。要するに、所在が掴めない。もしくは、所在が掴めても屋敷まで辿り着けない。 【炎獄の獣の魔女】アンジェラは放浪癖持ちで、屋敷を所有しているかどうかもわからない。【沈黙の森の魔女】ミリアの棲む森に足を踏み入れて帰ってきた者はいない。【名も無き魔女】に至っては、本当に存在しているかどうかすら不明である。 然しこの砂漠に棲む【魔女】に関しては、他と比べて面会しやすいことで有名だ。それでも【魔女】の元まで辿り着けず、砂漠の厳しい環境に命を落とす者も後を絶たないのだが。 *** 「暑い…」 と、金髪の男が不機嫌に舌打ちを漏らす。 男の前を行く少女が、無表情に振り返った。砂避けの外套のフードの下、青い瞳が煌めいている。 「休憩しますか?」 「いや、いい」 ダルダラ砂漠に足を踏み入れる際、少し頭の回る者は、砂漠に詳しい人間に案内を頼む。 金髪の男が声を掛けた少女は、一人で砂漠入りしようとしていて、男は親切心から声を掛けたのである。然し少女の答えは実に可愛げの無いものだった。 『お気遣いなく。この砂漠には慣れておりますので』 それはそれで、男にとっては見逃すわけにはいかない返答だった。 男には、翌日には砂漠入りする予定があった。然しながら、運悪く案内人を見つけることが出来なかったのだ。少女が砂漠慣れしているという話が本当ならば、これを逃す手は無い。 不幸中の幸いと言うべきか懐には余裕が有り、男は少女に多額の謝礼を払うことで案内人を手に入れることが出来たのである。 「身分の高い方の考えることは解りませんね。わざわざ【魔女】などに会いに行くなどと」 少女が言った。この少女はなかなかの話し上手で、お陰で男は退屈しない。あけすけな物言いに男は笑ってみせる。 「持つものが多ければそれだけ強欲になるのさ。持っていて当然でもある」 少女は片眉を吊り上げて、おどけたように言った。 「おや、お若いのに随分と達観していらっしゃる」 砂漠の旅は辛いものだと聞いていたが、男はあまり不自由していない。恐らくは、案内人さえ手に入れれば大した苦労は無いのだろうと、男は解釈していた。 「君は【魔女】に良くない思い出でも有るのか?」 【魔女】を嫌う者は多そうに見えて少ない。何故なら彼らは、こちらから関わろうとしない限り関わってこないからだ。 少女の言い分は【魔女】を厭うようで、だから男はそれを不思議に思う。 「いえ別に。あれらは関わらなければ害の無い存在ですから」 「…成る程。【魔女】に興味を向けることに疑問が有るのか」 多くの砂漠の民は、同朋以外の己を害さない者には無関心だという。この少女もそうなのだろう。だから、自分が関心を向けない【魔女】に関心を向ける人間が不思議なのかもしれない。 「……いえ、まぁ。私は自力で叶えられない望みを持ったことが無いというだけの話なのですがね」 少女は無表情に、人差し指でぽりぽりと頬を掻く。 「君は子供だな!」 男は笑った。何をしてでも手に入れなければならないものに、この少女は未だ出会ったことが無いのだと。 少女は曖昧な微笑を浮かべ、ふと気付いたように駱駝の手綱を引く。それに倣って、男も駱駝の歩みを止めた。 「ああ、着きました。【魔女】の棲む塔です」 少女が眩しげに見上げる先には、陽光に照らされ輝く水晶の塔が有った。男は暫し塔に見惚れる。 「…美しいな」 「夜はもっと美しいですよ」 塔の前で駱駝を降りた男の言葉に頷いて、少女は訊ねる。 「帰りの案内は必要ですか?」 「いや、要らん。帰りは【魔女】と一緒だからな」 自信に満ち溢れた男の言葉に笑みを零し、少女は一度だけ男に礼を取った。 「では、御武運を」 少女は駱駝の首を叩く。 その後ろ姿を見送って、男は塔に一歩足を踏み入れた。 [次へ#] |