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鉄の花



 とある酒場で、花喰い人は鉄の花も食えるのだろうかと、夢見るように呟いた男が居た。花喰い人とはそのまま、花――つまり女を、貪るのが趣味の悪漢、場合によっては単に女好きの貴公子のことを言うのだろう。
 花は女だ。それは解る。しかし鉄の花とは何だ。
 連れの男に問われ、彼はうっそりと仄暗く微笑んだ。



「さて、この後彼は何と答えたと思う」

 友人の語る話の中の男たちは酒場に居るようだが、バレットの現在地は酒場では無かった。ラパルティード王国、王都ラングドラムに住む友人の自宅である。
 よく不思議なことを言う友人からの出題に、バレットは首を傾げた。ずぼらな手入れの所為で藁のように傷んだ灰色の髪が、肩口でぱさりと音を立てる。

「僕はそういう話には詳しくないって、ルフも知っているでしょう?」

 宮廷魔術師たるバレットは頭の回転が速く、驚異的に物覚え良いが、それは魔術に関することのみである。
 バレットの友人、ルフは役者のような仕草で、波打つ砂色の長い髪を掻き上げた。

「宮廷魔術師が――しかもあのカカ・ズレイヴ様の一番弟子が、嘆かわしいことだな」

 切れ長の目の紫色が、からかうように細められる。バレットは決まり悪そうに頭を掻いた。

「そのズレイヴ様の助手と自分の研究で忙しいんだって」
「少しは遊びたまえよ」

 王宮勤めのバレットが感心する程の優雅な仕草で、ルフは背の高い硝子の杯を口に運んだ。ゆっくりと卓に置かれた杯の中身、紫色の果実水が波紋を作る。
 バレットの好きな葡萄の果実水。普段から置いているわけでは無いらしいが、バレットがルフの家を訪れるときにはいつもこれが出される。周期はばらばらだが、彼はどのようにしてか、バレットが来ることを把握している。普段は街中で商売しているのに、何故か入れ違いになったことも無い。

「階段塔に引篭りなんて健康に悪い。それに、こういう話には思いもよらない真実が隠されているものと相場が決まっている。魔術師なら少しは興味を持つべきだ」
「君が僕の分も遊び回っているから良いじゃない。君が僕に面白い話を聞かせてくれる。僕は今までルフよりも博識な人間に会ったことはないよ、魔術に関しては別だけどね」

 魔術に関しても一番博識だったとしたら、バレットは今頃、カカには師事していないだろう。何事にも興味の薄いバレットが初めてのめり込んだものが魔術なのだ。
 悪びれない友人のぽややんとした笑顔に、ルフは呆れた顔をした。こんな笑顔を浮かべてはいるが、バレットは意外と抜け目のない男である。研究に息詰まると脱走する悪癖を持つ彼は、今もあのカカ・ズレイヴの監視を掻い潜って此処に居るのだ。

「私は遊び回っているわけでは無いよ。ご婦人方の視線を集めて作品を宣伝するのは立派な仕事。話を仕入れるのも営業の内なのさ」

 ルフは美青年だ。ゆったりとした異国風の服装や、さりげなくも過剰な装飾品の数々が、けぶるような美貌と相俟って浮世離れした印象を与えている。因みに装飾が多いといえど彼は裕福な貴族などでは無い。彼が身に付けているのは細工師である自らの作品である。つまり販売促進の為に歩く広告塔となっているのだと彼は言うが、単純に趣味も兼ねているのだろうなとバレットは推測していた。
 ……浮世離れ具合では自分も良い勝負だということに、バレットは気付いていない。

「はぁいはい、で、鉄の花って何なの?」

 言いながら、バレットはちらりとルフの髪に視線を遣る。
 今日のルフは女物の簪を挿していた。立体的に蓮の花を模した鋼鉄の花弁から、雫型をした薄紅の孔雀石が滴るように連なっている。恐らくこの簪は、その話を意識して作られたものなのだろう。

「魔術師なら頭を使いたまえよ。遠くからは確かに花に見えたのに、触れてみたらそんなに優しいものじゃなかったってことさ」

 ルフが両手を広げて笑うと、しゃらしゃらと腕輪が鳴った。


***


「前にも思ったが、君は男の割に装飾品が多いな」

 背の高い青年の発言に、ヒスイはにっこりと微笑んだ。

「私は少ない方ですよ」

 ヒスイの装飾品は右半身に偏っている。腕輪が一つと、指輪は薬指に二つ、小指に一つ。耳飾りは金の留め金に大粒の翡翠。三つ編みの金髪は濃い紫の布と、浅黄色の飾り紐で結ばれている。

「他の【魔女】と比べてか?」
「はい。ああ、アンジェラさんは別ですが」

 流浪の旅人、【炎獄の獣の魔女】アンジェラは基本的に身を飾ると言うことをしない。逆に身を飾るのが趣味で、ちょっとした衣装倒錯なのがミリアである。因みにヒスイの師匠こと【名も無き魔女】は、衣装は簡素だったが歩けばじゃらじゃらと音がする程の装飾品を身に付けていた。
 基本的に【魔女】は、多くの装飾品を身に付けている。ただそれは殆どが、ただの装飾品では無い。ヒスイの耳飾りは師に贈られた魔具だった。師の場合は術具を作ることが趣味だったので、所有する数も半端では無く、装飾に使う魔石に魔力を溜めることも目的で大量の装飾品を身に付けているらしい。

「それよりも、何故貴方が此処に居るんですか?」

 ヒスイの質問に、青年は緩く波打つ金髪を掻き上げ、切れ長の目を楽しげに細める。

「漸く聞いてくれたな」

 何故と、聞かれるのを待っていたらしい。どう見ても食えない表情の青年に、ヒスイは困ったように微笑んだ。
 半月前に一度だけ面識のある青年の名を、リカルド・エンリヴィト・ラパルティードという。

「出来れば用件は聞きたくありませんが」

 王族、しかも第一王子が出て来た時点で面倒事確定である。誰だって面倒事は引き受けたくないのだ。

「此処まで辿りついた貴方に、そんなことは言えませんね」

 【魔女】は国に関わらない。【魔女】に権力は意味が無い。【魔女】は個人だけを見て判断を下さねばならない。
 ヒスイは基本的に、この塔に辿りついた人間の依頼は引き受けることにしている。青いダルダラ砂漠を越えるだけで、充分な試練を潜り抜けたことになるからだ。この塔に辿りついた人間は、可能な限り、拾う。拾われた人間であるヒスイの、それが信条だ。
 だから、どのような手段を用いたにしろ、此処に辿りついたリカルドという個人の話を、聞かずに切り捨てることは出来ない。

「依頼の内容は?」
「母上に会って欲しい」

 きわめて簡潔な説明に、【月水晶の塔の魔女】は天を仰いだ。






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あきゅろす。
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