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短編


 午前2時45分。
 携帯電話の着信に目が覚めて、こんな時間だというのに電話口の向こうは騒がしい。
 午前3時2分。
 玄関の扉が開く。女の匂いを拾ってきた貴方に、合鍵なんて渡していたことを後悔する。
 午前3時28分。
 くちづけを拒めない。寝台に磔の自分がどうにも滑稽。濡れた滴が鎖骨に落ちて冷たい。

 厭な生き方だ。

 あたしは割りと頻繁に貴方への諦めと自分への軽蔑をトイレに吐き出す、或いはシャワーに流す。
 都合の良い女、都合の良い身体。こんなときに限って「幸せになりなさい」とか「自分を大切にしなさい」とか、ママの言い付けを思い出すのが嫌だから、どうせなら心まで都合良くなればいい。



 午後0時36分。
 シーツに埋もれてじゃれ合う。いやに優しく振る舞う男のせいで懐疑主義に目覚めそう。
 午後1時12分。
 遅めの昼食を取る。貴方はサッカーの試合の結果に夢中。お皿の上でベーコンの脂が白く固まっていく。
 午後2時4分。
 食後のお茶を淹れる。貴方の口からサッカーの蘊蓄が止まらない。

 ティーポットを睨んで「毒になっちまえ」と思うけど、憎しみの影には必ず自己憐憫か潜んでいる。
 深夜の電話は迷惑を考えないくらい軽く扱われている証拠だとか、あたしが貴方を拒める筈がないと思われていると気付きながらその通りにしか振る舞えないこと、いつ捨てられるかと怯える日々や、どんなに抱き合っても翌日には貴方の背中を見送らなくてはならないことだとかにうんざりしているから。

 こんな私は可哀想だと哀れむ自分に唾吐いて、ハイヒールで踏みつけて嘲ってから前を向くしかない。
 厭な生き方だ。
 でもそうでなければ進めない。そうでなければ進めないのだ。



 午後2時39分。
 お気に入りのブラウスとスカートを身に付け、きっちりと化粧を施す。鏡の前で笑顔の確認。
 午後3時ちょうど。
 貴方の上着の内ポケットから合鍵を抜く。貴方は気付かず帰って行く。あたしは部屋の隅のゴミ箱を蹴飛ばし、爪先の痛みに一筋涙を溢す。



 片付いた部屋に気付かなかった貴方は、あたしの不在にも暫く気付かないだろう。
 あたしを必死に探したりもしないだろう。
 それでいい。別れの挨拶をするほどお行儀の良い関係じゃなかったから。

 足元に転がる昨日までの自分を、振り向かずに進むことが弔いになるだろうか。
 それとも昨日までのあたしなら弔いなんて望まないだろうか。

 人は皆、過去という死骸の上しか進めない。

 嗚呼、厭な生き方だ。





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