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短編
ド器用くんと帰国子女

 南条沙和には、最近気になることがある。それは隣の席の千歳賢のことだ。
 六歳から十一歳まで英国に滞在していた帰国子女である南条は、英語の授業に限ってノートだけ取って聞き流していることが多い。だから英語教師が説明に突入して暇になり、なんとなしに教室を見渡したとき、隣の席の男子の忙しない両手の動きに気付いたのである。
 千歳は、黒板と教師を見ながら右手でノートを取り、左手で折り紙をしていた。
 南条はこの男子生徒の器用さに感心し、何を折っているのかと軽い気持ちで確認した。ちょうど完成間近だったようで、殆ど形が作られた後だったので、それが何なのか一目で理解することが出来た。折り紙が黄緑色をしているのも、本物に忠実で解りやすかったのかもしれない。

 そこには、立体的なカメレオンが、四足と長い尾を支えにして立っていた。

 帰国子女とはいえ、南条とて日本人。幼稚園で覚えた紙鉄砲とやっこと折鶴くらいなら作れる。その程度のものでも、海外で折り紙を見せると反応が良く、友人作りの切っ掛けとしては大いに役立ったものである。然しカメレオンは無理だ。設計図も無しに授業の片手間(しかも本当に片手)でこんなものを作るとは、この少年、南条の第一印象を遥かに上回って器用である。
 南条は驚愕し、英語の授業が終わるまでに何度も千歳の手元に視線を送った。南条が気付いて直ぐにカメレオンは完成したが、千歳は左手が手持ちぶさたなのか、授業終了までに新たにペガサス(やはり立体)を完成させていた。
 千歳は授業が終わるとカメレオンとペガサスをノートに乗せてゴミ箱の前に行き、消しゴムのカスと一緒にゴミ箱に捨てた。己の作品に執着しないタイプなのか、はたまた大した出来では無いと思っているのか、何の躊躇いも無かった。見守っていた南条はちょっとした喪失感を味わった。
 因みに、この四月から彼等が通っている麗明高校の各教室に置かれるゴミ箱は、蓋が回転して閉まるタイプである。つまり千歳の作品を目撃したのは、作り手である神崎自身を除けば、南条だけだった。南条は唯一の目撃者になったことを喜ぶべきか、途中から板書を写し損ねているノートに絶望するべきか迷った。麗明高校の授業の進度は早いのだ。

 それから、南条は千歳のことが――より正確に言えば千歳の手元が――気になるようになった。千歳が一番よくしているのは折り紙だったが、あるときは手品師顔負けの指さばきでコインを生き物のように動かしてみたり、鮮やかな紐を編んでストラップを作ってみたり(後で調べたところアジアンノットという紐細工らしい)と器用に動く。授業の退屈さも吹き飛ぶ名人芸である。しかし授業中に彼が作り上げたものは、例外無くゴミ箱行きになる。容赦なく捨てられる。
 今日は折り紙の気分なのか、千歳のノートの横には色とりどりの薔薇の花がぽこぽこと転がっていた。しかも全て折り方が違うので、薔薇の折り方は何種類有るのかと南条は疑問に思った。そして、この少年は何通りの折り紙設計図を覚えているのかと。
 一限目で完成した薔薇は六輪だった。
 いつものように席を立とうとする千歳に、南条は声を掛ける。

「千歳くん、質問なんだけど」
「珍しいね、解んないとこあった?」

 千歳が目を丸くするのは、南条がそつのない優等生だからだ。友人に勉強を教える姿は教室で多々見るが、逆はあまり無い。

「薔薇の折り方って、何種類有るの?」

 千歳は南条の顔と自分のノートの上の薔薇を交互に見て、首を傾げた。

「俺が知ってるのは、平面の簡単なやつ含めて八種類だけど……南条、折り紙に興味なんてあったの?」
「いや、千歳くんがいつも横で意味不明なクオリティのもの作ってるから気になって」
「気付いてたんだ」
「そりゃ気付くよ。一個欲しいと思ってた」
「こんな雑なの人にあげないし」
「雑なの?!」

 南条は慄きつつ千歳の折った紙の薔薇を見る。本物の薔薇のように、美しく花弁が重なっている。少なくとも南条には作れない。然しこの美しい薔薇たちは授業の片手間に、本当に片手で折られたもので、そんなものを本気の作品と呼べる筈がない。つまり千歳は本心からこの薔薇たちを雑で適当な手遊びだと思っているのだ。wonderful……と南条は呟いた。

「今まで気付かれたこと無いんだけどな」
「そうなの? まぁうちの学校なら、そうか……」

 麗明高校は都内難関校ランク堂々の一位に君臨する、超進学校である。集中力が高く切り替えの上手い生徒が多いのが特色と言えば特色なので、休み時間ならまだしも授業中に隣の席に注目する人間なぞ殆ど居ない。南条とて、英語以外の科目では黒板と教師と自分の手元しか見ていない。

「んで、何でいつも授業中に折り紙とか紐細工とかしてんの?」

 南条がこてりと小首を傾げると、千歳は何かを誤魔化すように頬を掻く。

「両手動いてないと落ち着かなくてさ……」

 成る程、と南条は頷いた。そういう人は割と居る。頭の良い人は手遊びが多いという説も有るが、千歳はその典型だろう。

「だからって片手だけで、器用だねぇ」
「そこはほら、慣れだから」
「謙遜しなくて良いのに。千歳くん凄いよ。殆ど手元も見てなかったもん、もうプロフェッショナルだと思う」

 海外生活の影響か、南条は物怖じせずに他人を褒めちぎるタイプである。
 千歳はうろうろと視線を彷徨わせた。家族以外の女子に正面から称賛を受けるというのは、この年頃の草食系男子にとってなかなか無い経験だ。女子が苦手でも人見知りでもない千歳だって、これだけ真っ直ぐに褒められれば動揺する。

「ど、どうも……」

 千歳は己の返答に、思春期丸出しじゃねーかと内心恥じ入りつつ口を噤む。勿論悪い気はしないのだが、他人からの褒め言葉を素直に受け取るには照れが勝る年頃なのだ。
 南条はにこにこと笑いながら、なおも千歳に問い掛けた。

「家とかだと折り紙とアジアンノット以外もやるの?」

 それだけ器用なら他にも何かできるのではと好奇心に瞳を輝かせる南条に、動揺を収めた千歳は小さく頷いて答える。

「あー、編み物はやるよ。これもそう」

 授業で冷房の聞いたパソコン教室を使うこともあるので、冷え性の千歳は年がら年中ブランケットを持ち歩いている。

「買ったやつだと思ってた……」

 南条は目を丸くした。千歳のブランケットはふわふわした灰青の毛糸で編まれたもので、少し大きめなので膝に掛けると脹ら脛のあたりまでカバーしてくれる。売り物と遜色ない完成度で、編み方によるものか、とても柔らかそうだった。

「ああ、売ってるやつは女子向けのデザインのが多いから使いにくくて」

 南条は千歳の言葉に納得する。確かに南条の友人たちは軒並み男子が敬遠しそうなデザインのブランケットを使っていた。ピンクの地に黒いリボン柄、アイボリーの地にテディベア柄、空色の地にビビッドカラーのデフォルメ動物柄、ド派手なカラフルボーダー柄やチェック柄、それからキャラクターもの。自分愛用のリンゴ三個分の白猫がプリントされたブランケットが思い浮かべ、南条は苦笑する。

「確かにああいうの、男子は使いにくいかもねぇ、彼女から借りたとかなら兎も角」
「そうなんだよ。シンプルなの探してもカラバリ少ないし、だからもう自分で作ろうってなってさ」
「それで作れちゃうんだから本当に凄いよね」

 油断したところで再び褒め言葉をくらい、千歳は一瞬南条が自分を好いているのではと錯覚した。

「……褒めすぎじゃない?」
「良いなーと思ったときは言葉にした方が自分も周りもハッピーだもん」
「ああ、そう……」

 どう答えたら良いかと迷った千歳は南条に気付かれないよう溜息を吐き、ゴミ箱へ向かう。いつものように消しゴムの滓と折り紙の薔薇を流し込み、次の授業の支度を始めるの千歳を南条が眺めていたが、十五秒で飽きて自分も授業の支度を始めた。
 支度を終えたタイミングで、今度は千歳から南条に声が掛かる。

「南条さん、髪型いつも違って可愛いよね」

 南条が振り向くと、千歳は真顔で南条を見詰めていた。褒め殺しされたことへの意趣返しである。だがこの後、謙遜されたら更に褒め殺すつもりでいた千歳の思惑とは裏腹に、南条は嬉しそうにはにかんだ。

「ありがと!」

 自然な上目遣い、僅かに紅潮した頬、はにかみ笑顔のトリプルコンボ。
 明確に何がとは言わない。然し間違いなく千歳の惨敗。
 彼は顔を隠すように机に伏せたが、耳が赤く染まっているのは南条からもしっかり見えたので、シャイな男子への気遣いとして灰青色のブランケットを掛けて隠してやった。





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