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短編
類は友を呼び、朱に交われば赤くなる

 本屋をぶらついていたら友人に会って、そのまま近場のファミリーレストランに入った。それなりに懐も暖かく、ちょうど昼時だったので、僕はチキンカレーのAセット(スープとサラダとドリンクバー付き)を頼んだ。
 友人というのは、元来女嫌いの僕の唯一の女友達で、なかなかお目にかかれないレベルの美少女だった。外見だけでなく、性格と言動を除く殆どが完璧に限りなく近い少女だ。中学卒業以来、会うのはかなり久しぶり。
 彼女は明太子クリームのパスタAセットを注文すると席を立ち、ドリンクバーからオレンジジュースと紅茶を持ってきて、紅茶の方を僕の目の前に押しやる。こういうのは男がやるべきなんだろうけど、彼女は毎回飲むものが変わって僕は毎回紅茶だから、聞く手間が掛からないという理由で彼女が率先してドリンクバーに向かうことが多い。そういうところは紳士的というより寧ろ合理優先の、そっけない性格の表れだった。

「あんた化粧水とか変えた? やたらと肌艶良くなってるように見えるんだけど」

 お冷やを飲み干してから紅茶に口を付ける僕の視線の先、肌だけでなく髪も艶を増しているし、爪も綺麗に整えられている。元々美人だったけど、全体的に洗練されたような。
 少しずつの変化だったからか学校では気付かなかったが、外で会うとよく分かる。何せ、休日はジャージ派だった彼女がミントグリーンのワンピースとレースの透かしが入ったカーディガンを身に付けているのだ。どんなに鈍い男だって気付きもする。
 自分にあまり興味が無い、気を使わない彼女の身に何があったのか。どんな心境の変化か。彼氏が出来てこれからデートとかなら、今こうして僕と昼食を摂っている筈がないが、突然のイメチェンの立役者は、もしかして男か。興味津々に尋ねると、彼女は小さく溜め息を吐いた。

「相変わらず目端が利く」

 ひどく不機嫌なように見せ掛けたそれが、ちょっとした照れ隠しだということを、僕はよく知っていた。恐怖や悲しみという負の感情の全てを、苛立ちとしてしか発散できないタイプなのだ。そこだけ見れば子どもみたいな奴なのだとも言える。

「それだけ変われば、誰だって気付くだろ」

 観察すれば違いが分かるから、彼女に出会ってから最初の半年は、その感情の見極めに費やしたものだ。懐かしい。
 チッ、と彼女は小さく舌打ちをした。足元がゆらゆらしているから、これも照れ隠しだ。

「変えたっつーか変えさせられた。最近仲良くなった人が居るんだけど、その人友だち少ないみたいで」

 友だち。と、明言しているからには、お互い恋愛感情は無いらしい。言い方が歳上っぽいけど、高校の先輩とかだろうか。そういえばこいつ、歳上には比較的弱くなるし。

「干渉してくる系? あんた意外と押しに弱いからな。実際肌キレイんなったし、合ってるみたいだから良いけど」
「干渉ってか、いろいろくれる。なんか悪いわ」

 ぼやく彼女は、それが純粋な好意だと分かってしまうからこそ困っているんだろう。事有る毎にブリザードを発していた頃を思えば、かなり微笑ましかった。

「貰えるもんは貰っとけば?」

 そもそも貢がれ体質の彼女が、貢がれて困惑しているということは、彼女も相手を友人だと思えているってことだ。洞察力の高い彼女が警戒を解く相手なら、そのプレゼントに下心は無いのだろう。下心が有ったとしても、それは彼女ともっと仲良くなりたいとかその程度の、純粋と言って良い類いのものである筈だ。警戒心の強いツンドラ系女子にここまで心を開かせるとは素晴らしい、と相手に感心する。こいつもう、僕以外の友だち一生出来ないんじゃないかって不安だったから、良かった。僕は嬉しい。

「でもさぁ」

 と、彼女は眉間にシワを寄せる。何か不安なことが有るらしい。僕は手に持っていた紅茶のカップを置いて、本格的に聞く態勢に入る。彼女からの相談事なんて、物凄く貴重だ。

「友だちってこういうもんだっけ?私も友だち少ないから、適切な距離感が分かんないわ。どこまでセーフ?」

 そうだろうなぁ、と納得した。ただの友だちは僕だけだもんなぁ。友人が少なすぎるおかげで純粋というか、ギャップ萌えの権化みたいな奴になっちゃったし。普段はプライドの高い彼女に本気で甘えられて落ちない奴は、ゲイなんじゃなかろうか。僕みたいな。
 で、友人としてどこまでがセーフかと聞かれると、僕の基準は外面的じゃなくて内面的なものになるんだけど。セックス込みの友だちでセフレってのも居るし。取り敢えず。

「こいつとセックスしたいと思ったら恋、セックスしてもしなくても良いって程度なら友情のうち」

 即物的だけど分かりやすくて、僕自身はこの判断基準を気に入っている。
 彼女はオレンジジュースを啜りながら頷く。眉間のシワが消えて、どことなく安心した様子だ。

「はぁ、じゃあ友情のうちか」
「後から恋になる可能性も有るけど、まぁ友だち増えて良かったんじゃん?」

 これで一件落着だな、とソファーに背を預けた瞬間、彼女が薄く笑う。ぞくりとくるような色香が滲んだが、まぁ彼女にはよくあることだ。彼女の友人が少ない理由は、この妙な色香も要因の一つだったりする。彼女が一人好きである以上に、周囲が牽制しあってるんだよな。

「でも私、お前と友だちのつもりでいるんだけど」
「僕もだけど何?」
「セックスは出来ないよね」
「あんたはともかく僕がね。女相手じゃ勃起しねーし」

 揶揄うような笑みにけらけらと笑い声を上げた。真性だもんよ、僕。

「でもあれだ。シなきゃ死ぬって言われたら頑張るよ、友だちだし」
「そりゃどーも。無いけど」
「僕も極力やりたくないから、無い方が助かる」

 素っ気ない物言いに嫌気が滲んでも、本気で嫌がってるわけじゃないことが分かる。なつかない猫のような女の子だけれど、友人として認識されている僕にはこれでもなついているのだ。

 ああ、これで女の子じゃなければ完璧なのに。やせ我慢ばかりで、ストレスに弱くて、プライドが高すぎて弱味を晒せなくて、いつも苛々したふりで体調不良を誤魔化して、ツンドラ系毒舌で容赦なく他人を罵倒して、でも理不尽なことを強要はしなくて、洞察力が高くて、他人の体調不良には一番に気付く。照れ屋で猫舌で臆病で根は優しくて、手先は器用だし頭も良いのに生き方は不器用で、実は嫉妬深くて、一度自分の懐に入れたものはとことん大切にする。……これで女の子じゃなかったら完璧なのに! しかも小悪魔素養アリの猫系とかストライク。口が悪いのもご愛嬌。ほんと、なんでこいつ女なんだろう。僕、不機嫌な美人って大好物なんだよな。
 今更ながら再認識した友人のスペックの惜しさに歯噛みしていると、彼女は僕に冷えきった視線を向けていた。何を考えていたのか、だいたいバレているらしい。

「で、話戻すけど」
「あっ、どうぞどうぞ」

 話ってあれか。新しい友だちがブルジョワジー全開すぎてヤバイっていう。聞きます、聞きますとも。

「その人って散財家っぽくて。遊びに行こうって言われて玄関出たら運転手付きの高級車が家の前に停まってて居たたまれないし、服だの靴だの鞄だのアクセサリーだの高級店でばんばん買ってくれちゃうし。私だって高校入ってバイトはしてるし、全部奢って貰うのは流石に気が引ける。そりゃあの人に比べたら雀の涙だろうけど、払えるぶんは払うのにさぁ」
「んっ?」

 僕は凍り付く。後ろのテーブル席のおばさま方も静まり返った。聞こえていたらしい。

「ご飯食べに行くとメニュー表読めないようなフレンチだったり料亭だったりするし、食後の散歩しようって言って何故かクルージングになるし」

 それってもしかして……いや、もう少し聞こう。

「金持ちの遊びってマジで心が磨り減るんだけど。断ろうとすると『唯一の楽しみなのに』って凄い勢いでしょげて私が悪いみたいになるし、それでも断ると今度は睨んで威圧してくるし、まぁ威圧は腹立つから私も睨み返すわけだけど、最終的には泣き落としだからね。マンション幾つか持ってるから部屋使って良いよとか鍵握らされそうになったのは、流石に愛人じゃないんだからと思って回避したけど」

 …………。

「おい」
「え?」

 僕はとうとう我慢出来ずに口を挟んだ。だって、どう考えても!

「それってえん、」
「あ、電話きた。悪い、ちょっと出るよ」
「お、おう」

 最後まで言い切れなかった。
 まぁ僕の早とちりという可能性も無きにしもあらずだし、いきなり援交だなんて直接的な単語を出さない方が良いよな、うん。却って良かったかもしれない。
 割と必死に動揺を抑えようとしている僕を尻目に、彼女は電話に出た。

「はい。……はい、本人ですけど、他に誰だっていうんですか。……あー、今出先なんで……いや、大丈夫です。そう簡単に嫌いになんかならないから、あんたはもーちょっと自信持てって何度言わせる気ですか。……いえ。で、何かありました?……十九日なら空いてます。あんまり高いとこは止めてくださいよ、私は庶民ですから…………そういう問題じゃ無くて。はぁ、もう、分かりました。待ってますね。お誘いありがとうございます。はいはい、じゃあまた」

 彼女は物凄く大雑把な敬語で喋り、じゃあまた、の一言で通話を切った。今の彼女の言動だけで、相手の態度がおおよそ把握できた気がする。何か向こうが彼女のこと凄い好きっぽいけど、本当に友情なんだろうなぁあああ。
 取り敢えず婉曲に、相手について探りを入れてみる。

「今のが友だち? 何で敬語?」
「歳上だし」
「どんくらい上?」
「二十八歳だから、十一歳差」

 計算速いな、単純な引き算だけど……とか言っている場合じゃなくて。


「通報物件じゃねーか!」


 僕はテーブルを叩いて叫ぶ。店内だから小声で。後ろの席のおばさま方から「もっと言ってあげて!」「男の子頑張って!」と、これまた小声の応援を貰った。ありがとうございます、頑張ります!

「やっぱそれ援交だろどう考えても! 少なくともマトモな友だち付き合いじゃねーよ! 相手男だろ!」
「未成年には手を出さない主義だって」
「信じたの!? いや、信じるにしても、二十歳になったら喰われる可能性有るし!」
「……あー」

 気付いて無かったのかこいつ。なんでそういうところで天然を発揮するの。普段は引くほど鋭い癖に。
 なんだか力が抜けてしまって、上がりかけていた腰をソファーに戻す。

「このオマヌケさんが。その男とは早く手を切りなさい」
「……」

 不機嫌になった。
 しまった、彼女に命令文は逆効果だ。
 僕は諭すように、なるべく穏やかな口調で言う。

「あのねぇ、僕はあんたの身の安全の為に言ってんだよ?」

 彼女は、「それは分かってる」と深く溜め息を吐いた。

「分かってるならなんで、」
「あの人、ぼっち拗らせすぎてて昔の自分を思い出すんだよ」

 彼女は物凄く嫌そうに舌打ちした。その理由を口にすることに抵抗が有ったのだろう。昔の自分を思い出すから放っておけないなんて、堂々と口にするには利己的すぎる傲慢な心理だ。しかも彼女の場合、助けてあげたいというよりもウジウジしてて鬱陶しいからという気持ちの方が大きいだろう。
 けれど昔の彼女を思い出した僕は「うっ」と息を詰まらせた。
 今もその気があるけど、中学時代の彼女は素で一匹狼というか、自分から一人になりたがるタイプだった。彼女の新しい友だちとやらは友だちが欲しくて堪らなかったのに一人で、二十八歳になるまで友人の一人も居なかったのだ 。
 こ、孤独すぎて同情しか出来ない……。

「一人ご飯が侘しいからってサプリとカロリーメイトばっか食べてて」
「ああああ」

「趣味も無くて……遊びに誘ってくれる友だちが居ないから変化の無い毎日……」
「うわぁあああ」

「遣ることが無さすぎて勉強してた結果、優等生だと誤解され、邪魔しないようにって周囲の気遣いからぼっち加速」
「ひょえええええ」

「社会人になっても家柄が良すぎるのと優秀すぎるので遠巻きにされ、やっぱり仕事しか遣ることが無くて、なまじっか出来る人だから今度は尊敬からの遠巻きにされ」
「寂しいぃいいいい」

「そこで出来た唯一の友だちに見放されたら、死ぬんじゃね?」

 彼女は真顔だった。
 僕は半泣きだった。

「酷すぎる……。昔のあんたを思い出すと、有り得ないとは口が裂けても言えない……寧ろ懐かしい……」

 女嫌いの癖に、ぼっちな彼女を放っておけなかったお人好しホモの僕が、それ以上強硬に反対できる筈が無い。

「少なくとも本人、援交のつもりは無いらしい」

 わざわざ援交という単語を口にしたのは、彼女も薄々援交っぽいと思っていたからだろう。服・宝石・家といえば金持ちが愛人に贈る三大プレゼントなのだし、気付かない方が不自然か。

「初めての友だちにはしゃいでるのか」
「たぶん」
「捨てられたら死活問題だから尽くし系か」
「たぶん」
「……もう、いっそ責任取って、最後まで面倒見てやりなよ」

 応援してもらったのに、すみません、おばさま方。僕は彼女を止められない。
 僕は投げ遣りにソファーの背凭れに身体を預けて、彼女は小さく微笑んで伝票を手に取ると立ち上がった。

「分かってる。お前は私を見捨てなかったし、私もそうするよ」

 不覚にも、顔が熱くなった。
 あんた結構僕の影響受けてたんだね。しかもそれを自分で認めてくれてるんだね。つまり、僕と友だちになれて良かったって思ってくれてるってことだよね。
 うわー、嬉しい。滅多に無いからデレの威力が半端ない!

 衝撃から抜けたのは、店を出た後だった。

「あ、お金払う。いくらだった?」
「相談料ってことにしとく」

 シャンパンゴールドのヒールをかつかつと鳴らしながら、彼女は去っていった。背中に長い黒髪が揺れ、人混みに紛れて見えなくなる。
 外見の女子力が上がるのに比例して、イケメン力も上がってる気がするんだけど、これもパトロンじゃねーや、えっと、新しい友人の影響なの?

 僕は彼女と友人になってから何度も惜しんでいる事実と同じ理由で、久々に肩を落とした。

 畜生、かっこいいな。なんで女なんだよ……。





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