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短編
松本さんと私・2


 皆さんこんばんにちは、今日もローテンション、好奇心だけが元気に突っ走ってる私です。因みに現在地は学食。目の前には慶子の顔。

 さて、最近仲良くなった松本さんという美女がいるんだが、私が普段大学で一緒に行動することの多い慶子と松本さんの相性が、ちょっと悪いようだ。まあ慶子が一方的に敵愾心を抱いているわけだが。
 ところでその松本さんはといえば、実は今、私たちと同じく食堂にいる。こちらに気づいていないようで、離れた席でうどんを食していた。流石と言うべきか、どこにいても目立つ人だ。誘蛾灯のごとく群がられている。小悪魔美女の無敵スマイルで群がる男どもを魅了なう。慶子はオムライス用のスプーンを握り締めて般若顔で松本さんをガン睨みなう。それは外でして良い顔じゃ無いぞ。幸いにもストレスで胃が痛いとかいう繊細なタイプじゃない私は、そんなことしてる間にオムライスが冷めてんぞとか呆れてるなう。

「チッ…ちょっと美女だからって調子乗ってんじゃねーぞ」
「何でも良いから早く食べてよ」

 舌打ちとかガラ悪いよ。私はとっくに食べ終わったA定食のお盆を早く片付けたい。あと松本さんはちょっとどころじゃない美女だと思う。面倒だから口には出さないけど。

「あっ、今話しかけたの夏江先輩じゃない?くっそ媚びやがって」
「もてる女も大変なんだよ」

 しまった、つい庇ってしまった。だって松本さん今日もうどん食ってるし、笑顔だけどチラチラ視線をうどんに注いでるから。アレはどう見ても麺が伸びるの気にしてる。媚びてない、迷惑がってる。
 まあ取り敢えず第一波来るので戦闘配備。総員衝撃に備えよー。

「何言ってんの見なさいよあの笑顔どこが大変そうだってのよ」

 いやんやっぱりきた。そんなにスプーン握る手に力を込めて、柄が曲がっちゃうよ。ユリゲラーごっこがしたいのなら学食のスプーンは止めとけ。あと私に噛みつくな。
 僻みもここまでくると最早ギャグにしか見えん。夏江先輩がイケメンだからってテンプレ虐めっ子の女子中学生みたいなこと言って…。あ、これ言ったらガチギレするな。

「話終わったら伸びてるうどん食べなきゃいけないじゃん。冷めたうどんも不味くは無いけど温かい方が良いっしょー」

 見なさいよあの笑顔って、それを見た結果、あれは営業スマイルだと判断したんだが。激情は視界を狭めるという良い例が目の前にあるようだ。ほら、わざと「今何時ですか?」って腕時計で時間読ませて相手から引くように仕向けてる。

「あの悪女がそんな可愛い神経してるもんですか」
「なんともはや」

 慶子さんの仰りように私は白目を剥きそうでござる。そりゃまあ松本さんとは確かにそこそこ神経図太いけど、うどん好きなんだからうどんが伸びるのは嫌だろう。常に七味唐辛子と柚子胡椒を持ち歩き気分によって使い分けるほどにうどんばっかり食ってるし。
 ところで慶子が松本さんを罵る文句がビッチから性悪ときて悪女に変わったんだが、最終的には毒婦だの淫売だの古風で陰険な言い回しになるんだろうか。

「なんともはやってどうしたの」
「時代劇とついったーに嵌まっているでござる」
「へえ、一人称それがしとかやつがれにするのは止めときなさいね」
「怒られたなう」

 真顔で言ってやると慶子は噴き出して、私の額を軽く叩いた。嫉妬にかられなければ割と良い奴なのだ。



「というわけで、松本さんはうどん好き?」
「あはははは!」

 慶子との会話をざっと話した後でそう尋ねたら、松本さんは笑い声を上げた。私が話し掛けると松本さんが笑い出して笑いすぎて噎せるところまでがデフォルトなんだが、何故だろう。毎回毎回出来うる限り簡潔で分かり易い説明を心掛けているのに。

「やだもう、笑いすぎて腹筋割れたらどうしてくれるの」
「何か不都合が?」

 やっぱり噎せて目の際に涙を浮かべた松本さんが、謂れの無い批難を浴びせてくる。体が鍛えられるのも笑うのも良いことではなかろうか。
 不可解な言葉に首を傾げた私に、松本さんは拗ねたように唇を尖らせる。

「可愛く無いじゃない」

 そう言う仕草が既にあざと可愛かった。

「顔は変わらないから大丈夫」
「それもそうね」

 納得したのは自分の顔面偏差値が東大慶応レベルだということを正しく把握しているからか。まあ松本さんが美しくて可愛いというのは客観的に見ても事実なので、自意識過剰だのナルシストだのは言えないな。私が松本さんの容姿に生まれたら、趣味が自分鑑賞になるレベルだし。

「ところでうどん好きだよね?」

 当初の質問に戻れば、松本さんはまだ若干笑いが治まらない震え声のまま答えた。

「そうよ。麺が伸びるのは悲しかったわ」

 震え声のままなので物凄く感傷的に聞こえるが、これは悲しみではなく笑いすぎの後遺症だ。よって通りすがりの男どもが私を睨んでくるのは冤罪である。べつに泣かせてないっつーの。寧ろ楽しい気分にさせてるっぽいよ。美女の心の健康に貢献してるよ。

「梁瀬さんが私を悪女と言うのも悲しいわね。ぶふっ」

 そろそろ笑いが隠せてない松本さん。寧ろ隠す気も無さそうだ。嫉妬され慣れている彼女にとって、慶子のような一直線な悪意なんて可愛いものであるらしい。
 あ、悪女といえば。

「実際のところどうなの?」

 これはただの好奇心。だって目の前に男を取っ替え引っ替えという噂のモテ子さんが居るんだから、聞いておきたいじゃないか。聞いたら答えてくれるんだし。
 松本さんは「悪女っぽい台詞は言ったことある」と思い付いたように笑った。可愛い。

「私の方が貴女より可愛いのはしょうがないじゃない。とか」

 ただの事実ですね分かります。
 松本さんより美人な人がそうそう居るとは思えないし、でも言われた方は相当ムカついただろうな。

「向こうが勝手に貢いでくるのよ。とか」

 言ってみたいわそんな台詞。ていうか松本さんはそんなに貢がれているのか。女王蜂みたいだ。もしくは鳥の求愛。

「勘違いしないで、私が誘ったわけじゃないんだから。とか」

 浮気の居直り系の修羅場か。流石、必ずしも経験する必要のないところで恋愛偏差値を上げていますね。

「一回寝たくらいで彼氏面しないで。とか?」

 おっと、凄いのきたぞ。これぞまごうことなき悪女といった感じの。
 リアルで言うのは松本さんレベルの美女にしか許されない暴言だ。悪女台詞選手権が有ったらたぶん優勝する。拍手しながら「感服いたしたなう」素直な感想を告げる私に、松本さんが再び笑いだしたんだが、何故だろう。

「結構遊んでるんだね」
「運命の人が見付からないからしょうがないのよ」

 笑いが収まった松本さんは完璧な角度で首を傾げた。自分の見せ方をよく心得ていらっしゃる。
 私はぽやっと一瞬彼女に見惚れ、やっぱりこんだけ美しければ性格がどうであれ許せるというか十分お釣りがくるなと思った。性格も割と好きだけど。





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あきゅろす。
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