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短編
君は魔女・中

 公園の裏の林で花を植えていると、どこからかぐすん、ぐすん、と子どもが洟を啜りあげては小さく嗚咽を漏らす声がする。いっそ声高に泣き喚くのであれば無視したが、どうにもアピール力に欠ける泣き声に興味をそそられた。
 幼い子供というのは、もっと周囲に対して主張するように泣くものではないのか?
 親切心などでは無い、ただの好奇心で、私はその子どもの姿を探した。

「きみ、どうして泣いているの?」

 見つけた子どもは、ジャングルジムと紫陽花の植え込みの陰にしゃがみこんで泣いていた。随分と整った容姿をしているおかげで性別の区別が付きにくいが、私の勘では男の子だ。
 紫陽花の垣根の上から顔を出して覗き込む私を見て、子どもはびくりと身体を竦ませる。

「ああ、これだと話しにくいね。少し待ってくれ」

 言うが早いか、私は紫陽花の垣根を回って、公園の入り口から彼の元へ向かった。手には花の苗とスコップの入ったビニール袋がある。歩く度にがさがさ鳴るそれが若干邪魔で、置いてくれば良かったと後悔した。

「で?」

 と、私は子どもを見詰めた。子どもは目を白黒させて此方を見る。

「……しらないひとには、ついていっちゃだめだって、おかあさんが」

 至極まっとうな台詞を吐いた子どもに、私は首を傾げた。

「ついて来いなんて言ってない」

 その言葉を受けて、暫くの間何かを物凄く考え込んでいるのが見てとれる、難しい顔をしていた子どもが、やたらと重々しく頷いた。

「いってない、ですね」

 考えた結果がそれか。私は目の前の子どもに対して“警戒心の薄い子どもだな”と思いながら、ビニール袋を足元に置いた。少し赤くなった手を擦りながら、ジャングルジムに寄りかかる。

「うん。私はきみに聞きたいことがあるだけだよ。最初に言ったけど」
「さいしょ」

 どうやら忘れているらしい子どもに、微笑みかける。先程から思っていたが、どうやらあまり頭が良いとは言えないようだ。けれどそれで私の疑問が解きやすくなるのだから、寧ろ都合は良い。

「『きみ、どうして泣いているの?』」



***

 ――あ。

「最悪だ」

 夢から覚めた私は、すぐさま壁に頭突きをかました。しかし夢の内容を忘れることは出来なかった。なんたることだ、前途ある少年の開かなくてもいい扉をこじ開けてしまったなんて。まぁ十年以上も前のこと、とっくに時効だろう。それにあれだ。似合っているなら問題ない。親御さんには申し訳ないような気がしなくもないが、知らん。私は責任なんぞ持たない。だって魔女だもん。
 けれど、約束は果たさなくてはならない。彼は約束を果たしたのだから、嫌な予感がするから逃げたいが、今度は私の番だ。嫌な予感がするが、仕方ないのだ。ああ、でも嫌な予感がする。ああああ。

「テンちゃん、なんか凄い音が聞こえたけど大丈夫ー?」

 コンコン、と部屋のドアがノックされた後、リチカの声がする。私が壁に頭突きをした音を聞きつけたのだろう。

「大丈夫じゃない。デコが痛い!」

 唸るように応じて、立ち上がり、ドアを開く。ごいんと音がした。何かにぶつかって跳ね返って来たドアが私の額にぶつかった。二回目の、ごいん。折角立ち上がったのに、ずるずると膝立ちになる。
 …ふざけるな! このドア特注の樫材(物凄く硬い)なんだぞ! 頭が痛い!
 今度はゆっくり開けたドアの向こうに、額を押さえたリチカが蹲っていた。お前が障害物か。だが痛み分けなので許す。

「…氷嚢を出そうか」

 涙目の上目づかいで私を見上げながら言ったリチカに、私は同じく涙目で返した。

「保冷材で良いんじゃないか」

 確かアイスの保冷剤が幾つか冷蔵庫に入れっぱなしになっていた筈。それを出して、いそいそとハンドタオルで包み、額に当てる。夢から覚めてから混乱しっぱなしだったのが、ドアに額をぶつけた衝撃で少し冷静になれた気がする。

「あー、冷たい」

 先程までの私はどう考えてもおかしかったが、すっかり忘れていた黒歴史がいきなり目の前に現れたら誰だって混乱するだろう。意味の無い言い訳を心の中でしつつ、リチカに淹れさせたプーアル茶を啜る。我が家では基本的に中国茶しか出ない。美味い烏龍茶を飲む為に、二人して中国で資格を取った程度には中国茶好きだ。
 知り合いの若い淫魔には、「一緒に暮らしてて何も無いのって逆に不健全よね」と言われるが、リチカも私も気になったことはとことん追求したくなる性質で、お互い他のものに嵌っている限り、特に性欲の発散は必要無いのである。リチカなんかはモテルからというか一緒に暮らしている相手と性交渉を持ったら、それもう同居じゃなくて同棲になるからね。無理。同棲っていう響きが無理。なんか如何わしい。というか私、猫畜生と身体の関係持ちたくない(これが一番の本音かもしれない)。

「あっ、うにゃっ」

 悲鳴が聞こえたのでリチカの方を見ると、タオルから落ちた保冷材が手の甲に落ちて驚いたらしい。

「悲鳴があざとい、腹立つ」

 そもそも自分より可愛い反応する男とか、無いわ。あざとすぎる。

「テンちゃんいつにもまして理不尽だけど、そんなに夢見悪かったの…?」
「最悪。腹立つ。腹減った」

 我ながら荒んだ口調で吐き捨てて、額に乗せたタオルを下ろした。空腹の所為で苛々するのもある気がする。

「…オープンサンドでいい?」
「もちろん!」
「んじゃ、お茶淹れてて」
「イエッサー!」

 冷蔵庫を開けて朝食を作りに掛かる。時間からいってブランチか。千切ったレタス、スライスした玉葱とトマト、焼いたベーコンにマッシュルーム、チーズ入りのスクランブルエッグと、トーストを用意する。昨日の夕飯のジャーマンポテトの残りもレンジに入れて温める。好きなように盛って食べるスタイルはリチカのお気に入りだ。
 すちゃっと席について両手を合わせて「いっただっきまーす」したリチカは、レタスとジャーマンポテトとスクランブルエッグをトーストに乗せて齧り付いた。私は玉葱、トマト、ベーコンにマッシュルームを乗せる。知人が収穫したと言って送って来た玉葱は、生でも甘味が有って美味しい。

「そんでさーテンちゃん。店長のこと思い出せたのー?」
「ちゅどーん」
「気軽に爆発させるのやめて!?」

 斜め後ろで起きた爆竹程度の小爆発にびくんと震えたリチカが涙目で訴えるが、知るかそんなの。お前がいちいち地雷を踏みぬくのが悪い。

「リチカ、耳」
「うあっ」

 変化が解け掛けていたのを指摘してやると、直ぐに元に戻る。

「…で、その反応。思い出したんだね」
「ああ。昔よく会ってたトモエってチビだろうと」
「おー。店長の名前、巴だよ」

 うわ、やっぱりそうか。溜息を堪えつつ、肉厚なベーコンとトマトを噛み切る。

 ――ぼくのかおが、おんなのこみたいだって。

 しくしくと、それこそ女の子のような泣き方をしていた子どもの顔を思い出す。よくもまぁくだらないことを嘆くものだと、そしてこの子どもの周囲もくだらないことを気にするものだと、あの時は思ったし、今でもそう思うが。
 まさか、あの返答から彼が女装に目覚めるなんてな。

「ところで店長のチビだった頃を知ってるって、テンちゃん、今何歳なの?」
「最近よく抉れそうなピンヒールを買ったんだが、リチカには見せたかな?」
「ごめんなさい」

 ――それはきみが美しいってことだろう。やりようによっては、いくらでも見返してやれるよ。





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あきゅろす。
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