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短編
能面男×清楚系女子



 今日も能面みたいにぬぼーっとした無表情な男の顔を眺めながら、私は学食のA定食の味噌汁を啜る。味噌汁の実(何で味噌汁の具は実って呼ぶんだろ)は豆腐となめこと油揚げ。
 正面の男は、妙に真剣にきつねうどんを啜っている。華はないけど地味に小綺麗な顔だ。そこに表情を乗せるだけでぞっとするほど艶っぽくなるのを、私は知っている。それはもう、いやというほど。

「…笑えばモテそうなのに」

 味噌汁のお椀の中にこもった呟きを、彼はしっかりと聞き取ったらしい。死んだ魚のような目をこちらに向けてきた。

「アンタがそれ言うの、詐欺師」
「私は犯罪者じゃない」

 間髪入れず否定する。目の前の男は油揚げを箸で摘み、かぶりつく。

「けひょうしへるろべふひんらろ詐欺師」
「食べながら喋らないの。詐欺師のとこだけ発音が明瞭なのがちょっと腹立つよ。あと女の子が化粧で化けるのは当然です」
「よく言ってること解ったな」

 化粧してると別人だろ詐欺師、ね。

「なんとなく」

 ニュアンスでというか。会話の流れでというか。

「つーかアンタは、学校と外でキャラまで違うし」
「みんなそんなものだよ」

 対外的にはある程度は自分を作ってる子の方が多いよ。例えば教師の前と友だちの前じゃキャラ違って当然だし。友だちと家族とも違うし。
 男の人でも多少はそういうところ有ると思うけど、女子は男以上に自分を作るのが上手いだけ。意識しなくてもキャラ切り替わる程度には。

「…解ってても騙されるのが男だよな」

 死んだ魚の目のままで言われ、うん、と頷く。私はサバの麹焼きをほぐす作業に取り掛かる。

「そうでなきゃ困るんだよ、女の子がね」

 そう答えた私の顔を、彼は熱心に見つめてくる。何か琴線に触れたらしい。取り敢えずサバをほぐす作業を継続しつつ言葉を待っていると、やはり無表情で言われた。

「…明日、出掛けるか」

 特に断る理由は無い。

「うん」

 因みに私、学校では清楚系、私服はロックである。
 そして彼は、何故か学校では笑わない。だからゲーセンで仲良くなった青年の正体に、私はつい最近まで気付かなかったのだ。彼も私が声を掛けるまで同一人物だと気付いていなかった、というか正体バラしても暫く疑われた。

「楽しみだな」

 到底そうは見えない無表情で言う彼に、私も顔だけは穏やかに微笑んで頷いた。

「フルメイクで行くね」



 翌日、フルメイクの私と表情豊かな彼は、カラオケに行くらしい同級生の女子グループと擦れ違ったが、誰一人として私たちには気付かなかった。

「…聞いた? さっきの」

 彼女たちが見えなくなってから、顔を見合わせる。

「同級生とも知らずにな。良かったじゃん。美人だってよ」
「そっちこそ滝見さんのタイプらしいじゃん。色っぽいとさ」

 にやにや笑う顔は、事実、無駄に色気を放っているが。体格も意外としっかりしてるし。

「俺、色っぽい?」
「色気ヤバいねー。どっちかってーと私はギャップ萌えを感じるけど」
「ああ、それは解る。俺もアンタはギャップ萌えな感じ」

 それは良かった。どうやら私たちは同じように相手を思っているらしい。
 彼ほどの色気は無いけれど、彼に合わせて、同じように笑って見せた。

「マンネリの心配が無いなら嬉しいわ」

 何しろギャップ萌えだ。周囲の反応を楽しんで、良い意味で期待を裏切られ続けて、振り回すのも振り回されるのも心地良い。

「俺の台詞だろ、詐欺師」

 また失礼な台詞を言われた。詐欺師じゃないと何度言わせるのか。

「女なんてこんなもんだってば」

 苦笑混じりの返答に、彼は「恐いな」とふざける。

「でも嫌いじゃない。寧ろ好きだ」

 言ったのが彼でなければ、被虐嗜好か生粋の女好きのどちらかだと思っていただろうが、好きと言われたのは嬉しい。自分の生き方を好意的に認められて。女の舞台裏を見て引かないなんて希少価値だ。面白い。

「変わってるね」

 笑った私に彼は頷く。

「うん。だから騙してな。出来るだけ長く」

 昨日の学食から引きずっている話題。女は騙す生き物だ、と。相手に好意が有れば有るほど。
 向けられた瞳は壮絶に色っぽく、私はうっかりやられてしまった。これはもう女として、あの手この手で騙しきるしか無いだろう。

「そんなことする必要も無く、好きなのに」

 さて、舞台裏を知る相手を騙すにはどうするべきか――簡単なこと。気を許した相手だからこそ、引きずり込める泥沼がある。
 空気のような安心感と帰る場所を、私は彼にだけは提供する用意が有るのだ。





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