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短編
ひどいひと、



 そう、彼女はとてもひどい人だ。
 ひどい。
 とても、ひどい。


 例えば僕が弱音を吐いたとき、彼女はけして励まさない。

「あんたはあたしにそんなつまらない話をしに来たの?」

 鼻で笑って帰ってしまう。僕が彼女の家に居る場合ならば、彼女は僕を家から蹴り出す。


 例えば僕が弱音を吐くのを我慢しているときなら、

「辛気臭い面を見せるんじゃないわよ」

 舌打ちをして、やっぱり帰ってしまう。


 彼女は浮気性な女王様で、一応彼氏を自認しているし彼女もそう認めてくれている僕としては、当然それが気に喰わない。けれど僕が浮気をするなと言えば、

「仕方ないでしょう。あたしは美しいんだから」

 彼女は微笑む。そして彼女の言葉はどうしようもないほどに事実なので、僕にはどうにもできない。


 いっそ。
 いっそ。いっそのこと。顔を焼いてしまおうか。
 僕が頭を抱えて静かに憎悪を燃やすのを、彼女は微笑んで見ている。そしてその顔はやはり美しい。僕の好きな彼女の顔。
 ああ、ああ、そうだ。僕は彼女の顔が好きだ。こんなに美しい女を他に知らない。



「『最高のイイ女は、最高の悪役の素質を持っている』」

 彼女はいつだったか、そう言って笑った。赤い唇の端をきゅっと吊り上げて笑った。

「誰の台詞?」

 それならまさに、彼女は魔女だ。これほど悪役にふさわしい女はなかなか居ないに違いない。
 僕が感心して訊ねると、彼女は高らかに哄笑した。

「あたしのママよ!」



 彼女の浮気性は治らない。僕は彼女の顔を焼けない。それなら別れてしまおうかと、何度も何度も考えて、けれどそれを口にすることはできない。
 彼女は自分を見ない人間に興味が無い。
 別れたら、きっと彼女は僕のことを、きれいさっぱり忘れてしまうんだろう。ほんの少しの思いでさえ、きれいさっぱり。
 彼女は、だから、誰よりも汚点の無い女なのだ。なにしろ、どんな過去だってこの一言で片付ける。

「は?そんなの知らないわよ」

 なんという詐欺師。嘘をついてはいないところが傑作じゃないか。


 取り繕っても最低の女だ。でも魅力的。最低だって理解しながらも僕がのめり込んでいったことが、彼女の魅力を証明している。理解していない初対面の男たちが彼女の足元に跪くのは、もう自然の摂理だ。
 僕はいつまで彼女に振り回されるんだろう。もう解放されたい。この女はひどい!




 そして僕は、どんなにひどいひとだろうと彼女が好きだ。


 目の前で彼女が微笑んでいる。僕は白い身体に手を伸ばし、穏やかな熱に埋もれる。これだけで心の澱が浄化されていく。簡単な男だと言わないで欲しい。仕方が無いんだ、男の摂理なんだ。
 彼女は美しい。彼女の肉体は素晴らしい。彼女は美しい。彼女の周りの世界も美しい。中毒性のある彼女からは、もう逃れられない。ああ、そうだ、彼女はひどい。ひどいから、僕を逃してくれるわけが無い。

 そして今日も、僕は彼女に沈んでいく。





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あきゅろす。
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