短編
一人と独りの幸福(※ほのぼのホラー)
宝くじを当てた。
どこから話が漏れたのか、媚びるように態度の急変した上司と彼女。図々しく集ってくるいけ好かない同僚。
だから、金が有るのに任せて会社を辞めてみた。
彼女と別れて会社を辞めて、広めだけど格安なアパートの一室に引っ越した。部屋は明るくて住み心地が良さそうで、スーパーと駅が近い。なのに格安。しかも安いのはこの部屋だけだそうで、もしかして幽霊が出るとか。…怖い幽霊じゃないと良いなぁ…。
一人と独りの幸福
一日目。
テーブルの上にメモが置いてあった。あからさまな血文字だった。
内容は、
『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』
以下略。数えたら、四百四十四回『死ね』と書いてあった。芸が細かい。字は上手い。
それにしてもキッチンが凄く綺麗だ。今まで料理なんてしたことないけど、挑戦してみよう。
前の人が使っていたらしい鍋やフライパンはそのまま使わせてもらおう。勿体無いし。
でもレシピブックは必要だから、それだけ買いに本屋に向かうことにした。
戻ってくると、鍵が開かなくなっていた。困った。ちょっと泣いた。
――人間関係に絶望しているのに自分の部屋にまで絶望しそうだよ!
…鍵が開いた。
幽霊さん、根は悪い人じゃ無いらしい。というか間違いなくお人好しだ。怖い幽霊さんじゃなさそうで安心した。
そこで考えてみた。幽霊なら金なんて必要無いだろうし、いきなり態度が変わったり図々しく奢りを強要してくることも無いだろうと。
………。
素晴らしいよ幽霊さん…!
是非とも仲良くなって欲しいのだけれど、どうしたら良いだろう。考えたらお腹が鳴った。さっきは泣いたし、知らない間に体力を使っていたようだ。
「お腹減った…」
考えても思い付かないので、取り敢えず夕飯を作ることにした。レシピブック見ながら材料も買ってきた自分を褒めたい。
でも俺、料理なんて初めてなわけで、レシピを見ても解らない単語が有ったりして。
途中までは順調だったのになぁ、困ったなぁ。
「んー…」
こんくらい?と首を傾げながら塩の袋に手を突っ込んでみる。と、ダイニングのテーブルが揺れた。何だろう。
塩の袋を持ったまま様子を見に向かうと、あの白いメモ用紙に荒々しい文字でこう綴られていた。
『違う、それは一掴みだ!少々はもっと少ない!その分量なら小さじ三分の一で充分!!!』
へぇ、そうなんだ。助かった。しょっぱすぎるオムレツになるところだった。
幽霊さん、この辺に居るのかな。お礼言っとこう。
「有難うございました。出来ればまた間違えてたら教えていただけると嬉しいです。お願いします」
何もない空間に頭を下げてみる。と、上から白い紙が降ってきた。相変わらず綺麗に書体の整った血文字だ。
『焦げる』
「あ。……教えてくれて有難うございます!」
火ぃ止めて無かった!!!
二日目。
昨晩何とか炊きあげた米の残りにキムチを乗っけて食べながら、味噌汁が恋しいと呟いた朝。
テーブルの上に、買っといた方が良い食材や調味料のリストが置いてあった。やっぱり血文字。
帰りに買おうと決めて、そのリストをポケットに突っ込んで仕事に向かった。
新しい職場はちょっと怪しいところで、俺は曰く付きっぽい怪しげな物体たちの管理を言い渡されている。
意外に給料は良いから文句は無い。けどこれ、会社の関係じゃ無くて社長が趣味で収集しているらしい。だから俺の給料も、社長のポケットマネーから出ている。
何者ですか社長。そして何の会社なんですか此処。
「ただいまー」
疲れた。社長含め、あの職場の人間はキャラが濃すぎる。
家に帰っても返事は無い。けど、テーブルの上には新たなメモ用紙が置いてあった。
味噌汁の作り方が、俺でも理解できるくらい親切丁寧に書いてあった。
「すっげぇ!有り難うございます!」
血文字なのに、物凄く和む。なんかもう俺、幽霊さんのこと大好きかもしんない。
……はっ!ホラーマニアの社長に、幽霊さんのことだけはバレないようにしなければ…!
こんな素敵な幽霊さんを社長の餌食にするわけにはいかない!
決意を新たに握り締めたメモ用紙。しかしこの幽霊さん、ほんとに達筆だ。亡くなった方とは思えない程に力強くて格好いい字を書く。
「生前は書道家でいらっしゃったとか…?」
まじまじとメモ用紙を眺めながら、ソファに向かう。あのふっかふかは幽霊さんと並んで俺の癒やしだ。
座ってテレビを見始めて、ぴらりと膝の上に落ちたメモ用紙。
『ぶっぶー』
…はずれか。というか幽霊さん、言い方が可愛いな。意外とお茶目か。今までの感じから男の人だろうとは感じていたけど、なんかときめいた。
『婆さんが書道教室開いてた』
「あー成る程」
確かに、居るよそういう奴。小学校んときのクラスメートだった芝ちゃんがそのパターンだ。
しかし当然ながら、幽霊さんにもご家族がいらっしゃったんだなぁ…。死後でもこんなに親切なんだから、きっとご家族の教育が良かったんだろうし…会ってみたい、かも。
頼んだって無理な話だろうから、言わないけど。
『時間』
…?何が言いたい…あ。時計を見ると、そろそろ夕飯作り始めないといけない時間だった。本当に親切な幽霊さんだなぁ。
俺の目に狂いは無かった。部屋が格安なのは幽霊さんのおかげ、何とかまともに夕飯食えるのも幽霊さんのおかげ。幽霊さんってば俺の幸運の神様だよ。
三日目。
卵焼きくらいなら、初めから作れる。それから、ピーマンとベーコンの炒めもの、プチトマト、ポテトサラダ、ウインナー。幽霊さんの指示で、彩りの良いお弁当が完成した。
ガタンッ!
「あ、はい、なんか違うのね。…ほんとだ、これ油じゃなくて酢じゃん。うわー俺アホだ」
幽霊さんは料理に関してはスパルタだった。ちょっと間違えたらポルターガイスト現象起こすんだもの。食器棚ガタガタ揺らすのは良いけど、電子レンジをバチバチいわせるのは止めて欲しかったかな。
しかし簡単なものしか入れてないのに、かなり料理上手に見えるのが凄い。彩りって大事だ。茶色ばっかのお弁当ってテンション下がるもんね。昼休みが楽しみ。
「行ってきます」
言っても答える声は無いけど、彼は言葉をくれる。
またこのドアを開いたら、きっと『おかえり』のメモがテーブルの上に有るんだろう。
響く声、足音、ひとつだけ。
けれど見えなくとももうひとつ、帰る部屋に在る確かな存在を思えば、頬が緩んだ。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!