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花落ちて朽ちず
雨女と晴れ男のこと、其の伍



 あの不器用で可愛くない、けれど可愛い後輩に、雨女のことを歪みの向こう側の存在だと教えた。
 間違ったことは言っていないが、自分がそれを言うのは間違っていたのかもしれない。そもそも自分は、この世界には存在しない筈の人間なのだから。

「木崎!」

 ぼんやりと物思いに沈んでいた木崎は、耳に馴染んだ親友の声に顔を上げる。

「滝。」

 彼は木崎にとって、“木崎蛍子”を知らない初めての友だちだった。
 初めて鳥籠の端から雲海を見下ろした日から、木崎は幾度もそこに通った。そうしていつからか、育ちの良さそうな可愛らしい子どもが木崎の横に並んで下界を見下ろすようになった。生まれ育った世界に心を飛ばす木崎は、暫く彼に気付かなかったが、ある日ふと隣に座る少年の存在に気付いた。
 木崎の視線に少年はにこりと笑い、「此処からの景色が好きなの?」と訊ねてきた。
 木崎は否定した。嫌いだと。すると少年は、不思議そうに瞬いて、「嫌いなのに毎日来てるの?」と首を傾げ、「変なの。」と笑った。言葉の割に、少年の声色からは全く否定的なニュアンスを感じなかった。変なの、と言いながら、それが悪いこととは思っていない。
 それだけのことが、彼女にとってどれほどの救いとなったことだろう。彼女は己が緑の木々に生い茂った葉の中の病んだひとひらだと知っていたから、病葉と知って尚それを尊しとするひとがいる事実だけで舞い上がるほど喜んだ。

 今日もよく晴れた。窓の向こう、ところどころ虹色の光る蒼天を見上げ眩しげに目を細める。そういえば自分も昔は雨女と呼ばれていたのだけれど、この世界に来てからその称号は自然消滅したようだ。滝が晴れ男だからか、と考えて僅かに口元が緩む。それほど迄に共に居るのだと実感して照れくさい。
 大多数の人が日常的に和装を纏う世界に違和感を覚えながらも、笑顔に満たない些細な仕草、独特の遣り方で、彼女は世界を確かめている。例えば、机の縁をなぞる指先の感覚とか、触れた膚の温度とか、友人の柔らかい声や眼差しとか。

「うーん、やっぱり寂しいな。」

 窓と木崎を見比べた彼は、残念そうに呟いた。その言葉を受け、自分の席から立ち上がった彼女がガラリと窓を開け放つ。

「でも、今日は風が気持ちいいよ。」

 滝にとっては絶好の部活動日和だろう、と。真顔で滝を見た彼女の髪が、風でさらりと揺れた。その風は滝の、やや長めの前髪も攫って逃げていく。
 顔に掛かった髪を払いのけて、確かに良い日だと彼も納得する。

「そうだね。……ねぇ木崎。次の雨には、また作ろうよ。」
「それはいいね、きっと気分が晴れる。」

 木崎が静かに目を細めた。
 てるてる坊主は目印だった。正確には、首に結んでやった髪紐だが。
 雨女が運命を探す一方で、運命もまた雨女を探していた。だから少しだけ、彼らが互いを見つけやすくなるように手助けをしたのだ。“歪み”に影響されやすい親友が本格的な体調不良を訴え出す前に、彼女らには静かに立ち去って欲しかった。
 それだけのことだったので、滝がてるてる坊主を気に入るというのは予想外だった。あんなもので喜ぶなら幾らでも作る。異質な魔力を持つ木崎が作ると呪術的な意味を持つヒトガタとなり得るので、早々に処分しなければならないが。

「そういえば最近新しい傘を買ったのだけれど、お披露目の機会がなくなってしまったな。」
「へぇ、どんなだい?」
「白地に青い花葡萄の図柄の唐傘をね。」

 思い出したような木崎の言葉に、滝は柔らかく笑った。

「それじゃあやっぱり、次の雨が楽しみだ。」

 雨は好きではないけれど、今なら好きになれそうだ。
 上機嫌な滝に、自然と木崎の口元にも微笑が浮かんでくる。

(ああ、やっぱりそうだ。)

 彼女は改めて納得する。
 この親友が居るからこそ、自分は未だ歪まず世界に留まっていられるのだ。





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