花落ちて朽ちず
雨女と晴れ男のこと、其の参
「木崎。」
彼がそう大きくもない声で名前を呼べば、彼女はその黒髪を揺らして振り向いた。
「滝。おはよう。」
「おはよう。」
にこりと笑うと、つられたように緩い笑みを浮かべる。無表情、というわけでは無いが表情の変化の少ない木崎の顔や性格を、滝は気に入っている。
「随分と、機嫌が良い。」
指摘されて、はにかんだ。
「久々に屋外練習が出来たからね。」
そして窓際に揺れているてるてる坊主を見る。
脱力系の顔も、相変わらずしっかり並んでいた。
「効いたね、これ。」
滝の視線の先を確認して、木崎は気だるげな仕草でてるてる坊主に触れる。
「うん、晴れた。」
結露した水滴が染みて、やや湿気ていた。ちり紙製なので、脆いうえに直ぐ湿気る。
「外すの?」
滝が聞くと、木崎は当然のように肯いた。
「もう晴れているからね。」
正論といえば正論だった。
そうか、の一言で引き下がりはしたものの、滝は親友の作品である脱力系てるてる坊主の顔が存外気に入っていたので、少し残念な気持ちで木崎の作業を眺めた。
次に雨が降ったらまた作って貰えば良いのだし、木崎が外すと言うなら諦めよう。気に入っていたとはいえ、そこまで執着していたわけでもないので、あっさりと片頭痛の恩人を見捨てる。
ふと後輩の顔を思い出した。
「そういえば木崎。日村に会った?」
魔力の少ない後輩。まじないというのは、このてるてる坊主のことだろう。実際雲一つ無く晴れたのだから大したものだ。
「ああ、昨日会ったよ。」
「そう。」
やはり日村が言っていたのは彼女で間違い無かったようだと頷いて、滝の胸の中にふつりと疑問が湧いてきた。
自分は今までの実績を知っているから信じたけれど、なかなか心を開いてくれないあの無愛想な後輩が、あっさり彼女を信じたのは何故だろう。
「彼が何か言っていた?」
不審げに眉をひそめた木崎に、滝は笑う。
「美人だってさ。」
疑問については何も口にしなかった。日村の心の内は日村に聞くべきだからだ。日村自身が己の心情を正確に理解しているかは別の問題だが、少なくとも木崎に聞いても疑問は晴れないだろう。
「へぇ、それは嬉しいな。」
あまり興味の無さそうな木崎の様子に苦笑して、滝は授業の準備を始めた。
あの後輩は女生徒に人気があると聞いていたが、容色が優れているだけで彼女の関心を引く事はできないらしい。
そういえば彼女は“光城学園一イイ男”と言っても過言ではない風紀委員長とも相性が悪かったなと思い出し、滝はさもありなんと頷いた。
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