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花落ちて朽ちず
雨女と晴れ男のこと、其の壱



 国営気象魔術協会の伝言板は、五日前から変わりなく雨を知らせている。
 窓硝子の向こうに煙る雨に風情を覚えたのは初日のみで、連日となれば興醒めだ。

「まったく。参るな。」
「そうだね、こうも続くと。」

 気が滅入る。
 滝冬幸がどことなく不機嫌な友人に同調すると、彼女は溜息を吐く。

「……変わらない奴もいるけど。」

 そのタイミングでちょうど教室の直ぐ外の廊下を全力疾走していった男子生徒がいて、顔を見合わせて少し笑った。よくも和装で走り回れるものだな、と投げ遣りに感心して見せる彼女は木崎蛍子という。育ちが良くても騒がしい奴は居るものだなと、滝は半ば呆れつつ頷いた。
 名門校であるこの光城学園にも、お騒がせな生徒は存在するのである。

 ――あぁ、どこに。

 キィンと耳鳴りがして、滝はこめかみを押さえる。自然と寄せられた眉に、木崎が僅かに首を傾げる。

「どうした?」
「ちょっと頭痛が。大したことないよ。」
「風邪かな。」
「いや、たぶん、ただの片頭痛だ。」

 滝が苦笑すると、彼女は窓の外に視線を投げ掛けた。さやさやと絹糸のような細い雨が降り注いでいる。

「ああ、この天気だしね。」

 言って、取り出した携帯用のちり紙を丸め始める。丸めたそれにまたちり紙を被せ、朱色の髪紐を結んで締めて、どうやらてるてる坊主を作っているらしい。

「ま、気休めだけど。」

 面倒臭そうに取り出した万年筆の替えインクに裁縫箱の針の先を浸し、てるてる坊主に顔を描く。上手いわけでは無いし、明らかに適当に描かれたものと分かるのに、妙に味のある顔つきをしていた。
 なんだか気の抜ける顔立ちをしたてるてる坊主は、窓枠に吊されながらも幸せそうに見える。

「わぁ、木崎さん、それはてるてる坊主?」

 可愛い、と目を輝かせながら寄ってきたのは級友の女子たちだ。可愛いだろうか、と滝は神妙な顔でてるてる坊主の顔を見詰める。彼女らの悪乗りによって、窓枠には白い影が増えていく。

「せっかくだから作れば。」

 滝は彼女に差し出されたちり紙を受け取って、同じようにてるてる坊主を作った。歳が二桁になってからは初めての作業で、懐かしい気分になりながら自分のものも鈴なりの影に加える。木崎に借りた針で顔も描いてみたが、墨が滲んだのはご愛嬌ということにしておこう。

「……あ、頭痛治まった。」
「へぇ。」

 何かに集中すると治ったりするしね。と、口元だけで笑う彼女は、たぶん初めからそれを狙っていたのかもしれない。
 ありがとうと声に出して言うのも無粋な気がして、滝は笑みを返すだけに留める。

「なんだか最近、耳鳴りが多くて。梅雨時だからか仕方ないけどね。」
「大変だな。」
「うん。だから暫くは、てるてる坊主のお世話になろう。」

 滝は悪戯っぽく笑い、木崎は心得たようにちり紙の入った懐を叩く。

「協力するよ。」

 木崎の背後で窓際にずらりと並んだ白い影が、風も無いのにゆらりと揺れた。

「木崎のてるてる坊主は効きそうだな。」
「滝のだって。」
「それじゃあ、気合いを入れて作らないと。」

 途端にそれが儀式めいて見えて、滝は笑う。この二人の場合、毎年国が実施する一斉検査で同年代の平均以上の魔力を持ち合わせている事が発覚しているので、これが儀式なら随分な効力を発揮してくれそうである、
 然し何となく、自分の作るものは木崎の作るてるてる坊主程は効果が無いだろうなと滝は思う。
 木崎は滝の親友だ。彼女はいつも、とても静かに笑う。それが妙に神秘的なときがあって、おまけに彼女の言葉はよく当たる。今もまた、木崎は新しい白片に手を伸ばして笑っている。

「きっと明日は晴れるよ。」

 彼女が言うならそうなのだろう。
 漸くまともな練習が出来そうだと微笑んだ滝は、明日の起床時間を早めに設定することにした。





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あきゅろす。
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