GOLD RUSH!
大食い絵本5
「遅いよ二人共さぁ」
「勝手に待っておいて厚かましいことを言うな」
わざわざ閉店まで待っていた倉間の頭を始有さんが叩いた。意外とはっきり言う方だったらしい。この人に文句を言われるようなことはしたことが無いので、知らなかった一面だ。
…基本的に穏やかな始有さんにこの態度を取らせる倉間が異常なのか。
「それより例の本、見せてよ」
右手を差し出して、倉間が言った。
始有さんが無言で紙袋を渡すと、いきいきとした表情で絵本を取り出す。
それを横目に、私は始有さんに頭を下げる。
「じゃあ、私はこれで」
「お疲れ様。気を付けて帰れよ」
「はい、お疲れさまでした」
お決まりの挨拶をして、肩に鞄を掛け直す。
「あ、ちょっと待って小鳥ちゃん」
呼び止められて振り返ると、倉間が此方を向いて絵本を開いていた。
開かれたページは真っ白で、真っ白で、真っ白で――白い。
とっくに日が落ちて空は真っ黒で、街の灯りは鮮やかでも昼間ほどは明るくない筈なのに、その白は影を落とすことなく空間に浮かび上がって見えた。
視界が揺れて、眩暈のように世界が白一色になる。
足元の影を喰い、ずるりと伸びあがった何かが私を捕まえた。笑顔で私の腕を取った倉間に、初めて焦りが込み上げる。
「デートしようか」
油断ならない悪党だと知っていたのに、こいつを前にして気を抜いた私が馬鹿だった。
そもそも私が人外に警戒しなかったのは、結局実害の無い連中としか出会わなかったからだ。
空霧くん、ばっくん、始有さん、倉間、颯姫ちゃん、詩月ちゃん、葉湖さん、魚沼さん、伽村くん。…田中親子は例外だけど、距離感さえ間違えなければ害が無くて、寧ろお人好しばっかりだったから。
警戒すら必要無い、みな子たちと同じ、どうでも良い存在へと格下げしていた心の動きに気付く。
だって、その役割を果たしてくれる人間は既に現れたから。
「こういうのも、恋は盲目って言うのかねー?」
この一瞬で悟った事実にガッカリだ。
がしがしと頭を掻いて溜息を吐く。何だかもう自分の感情が上手く把握出来ない。基本的に知り合った人を“どうでもいい人間”で処理してしまうせいか、外からの刺激に鈍いつくりになってしまった。
「え、早くも吊り橋効果?」
「あんたのことじゃないって」
瞳をきらめかせる倉間の台詞を切り捨てて、腕を振り払う。
「残念。…あー小鳥ちゃん。スマイル崩れてるよ?」
意地悪そうな倉間の笑みに、にっこりと笑顔で返してやった。
「営業時間外だからね」
「営業スマイルしか見せてないって、遠回しに認めたね…」
倉間の顔が引き攣るのを見て溜飲を下げる。どうせ確信している倉間に誤魔化したって仕方が無い。そんなことよりも今、この状況が問題だ。
「吊り橋効果狙ってこんなことしたの?」
「そうそう。面白そうだったし、小鳥ちゃんが惚れてくれれば一石二鳥」
危険な状況に陥った男女が、恋愛のドキドキと命の危険のドキドキを錯覚するという例のアレ。
でもそういうのって、気持ちが冷めるのも早いんじゃなかろうか。“あのときは格好よく見えたのに…”みたいな。いざ我に返って幻滅するというパターンも多そうな気がするがどうなんだろう。
「てゆーか、その後捨てられること知ってて惚れる程アホじゃないから」
「とか言う人程一回好きになるとのめり込むんだよねー。それが面白くて」
「うわー最低」
どん引きだ。今までそのパターンでオトした女が何人居るのだろうか。聞いてみたところで、どうせこの男は覚えていない。
「――じゃなくて。ここどこ」
立眩みが治ったと思ったら、何故私は倉間と一緒に地平線の見える広大な草原に立っているのか。大草原の小さな家とか建っていそうな風景なんだが。
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